ドイツで愛される内田の新天地は世界一ファンの想いを汲むクラブ

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文 高杉桂馬
写真 ペア・カッシュ(Per Kasch)

 ちょうど3年前の8月末のことであった。古豪ニュルンベルクを迎えたホームゲームで、1人退場者を出し0-2で前半終了。嫌なムードに包まれ迎えた後半、63分にもう1人が退場し、絶望的な流れのまま3点目を奪われチームは崩壊寸前――。

 ところが、負の連鎖に反比例するようにウニオンファンの声量は増していく。78分、ついに4点目が突き刺さったその瞬間、ウニオナー(ウニオンファンの愛称)たちの怒涛のチャントはピークに達する。失点のたびに大きくなる声圧、スタジアム中に響き渡る情熱的サポートに目頭が熱くなった。圧倒的な大敗に感動を覚えたのは、これが初めてのことだった。スタジアムの近くで育った生粋のウニオナー、友人のマルクスはこう言い切った。「俺たちは自チームの選手にブーイングはしないんだ。試合途中でウニオナーが帰ることはない」

内田の境遇と重なる愛称「Eisern」

 ウニオンは東ドイツ時代、東ベルリンを代表するクラブとして社会主義独裁政権に抵抗する反体制派の寄りどころとなった。ところが、東西ドイツ統一後には「昇格できないウニオン」という宿命を背負ってしまう。3部で優勝したにもかかわらず財政問題、経営難を理由にドイツサッカー連盟(DFB)から何度も2部ライセンス発給を拒まれたのである。

 たび重なる経営破たんの危機。それを乗り越えることができたのは、ファンによるボランティア活動があったからであった。ゆえにウニオナーは、自分たちが“クラブそのものだ”という自負を抱いている。

 このように長い苦境を乗り越えてきた歴史から、クラブは「Eisern Union」(アイザン・ウニオン=鉄のウニオン)と呼ばれており、この愛称は東ベルリン出身の歌手ニナ・ハーゲンが歌うクラブアンセム名にもなっている。不屈な、強靭なというイメージを想起させる「Eisern」という言葉は、ケガによる長期離脱というサッカー人生最大の危機に苦しみ、復活を期す内田篤人の境遇にも重なるところがあるだろう。

 それからもう一つ、クラブを象徴する曲に「Eisernet Lied」(不屈の歌)がある。スタジアムではクラブアンセムの前に流れ、これを聴いたウニオナーたちは戦闘態勢に入る。カリスマ的スタジアムアナウンサーで広報部長のクリスティアン・アルバイトが自ら参加する地元バンド「Sporti」の曲であり、その歌詞にある一節「Kein Gold, kein Silber, aber eisern Blut」(金も、銀もないが、鉄のように強靭な血が流れている)が、祖父母、両親、息子や娘と受け継がれてきたウニオン魂を表現している。

 昨シーズン、イギリスのメディア『Copa90』から「世界で最もファンの意向が反映されているクラブ」に選出されたように、ファンとの一体感において右に出るクラブはない、といっても過言ではないのだ。

 ウニオンは、もともと労働者階級のクラブであった。今なおその伝統を大切にしており、低所得者がスタジアムに来られなくなるような行き過ぎた商業化への対決姿勢を貫いている。

 その最たる例として、プロクラブとしては例外的にスタジアム・ネーミング・ライツを導入せず、100年続く聖地「アルテ・フェルステライ」(ドイツ語で「旧林務官駐在所」の意)の名を守り通している。また、スタンドはメイン以外の3面がすべて立ち見席という、今となっては珍しい古風な構造になっている。今春、ブンデス1部昇格をにらみ発表されたスタジアムの拡張案では、拡張後は収容人員3万7000人のうち実に2万9000人が立ち見席となる。これはドルトムントの本拠ベストファーレン・シュタディオン(ジグナル・イドゥナ・パルク)の2万5000人を上回り、欧州最大の立ち見席スタジアムとなる。立ち見席にこだわるのは伝統を重んじるのはもちろんのこと、座席に比べリーズナブルな立ち見席をあえて増やすことで、欧州トップリーグで加速するチケット代高騰へのレジスタンス(抵抗)の意志を示しているである。

ファンはスタジアム名の由来となった雑木林を通りスタジアムへ向かう

右手奥に見えるメインスタンド以外すべて立ち見席の客席は壮観

クラブのマスコット「リッター・コイレ」

 近年、セキュリティの観点から他国同様ドイツでもスタジアムでの火薬/花火類使用に対する取り締まりが強化されてきている。DFBから罰金・罰則が課されるためクラブとウルトラスとの間に軋轢(あつれき)が生じているところもあるのだが、ウニオンではそうした衝突は起こっていない。事前にウルトラスが募金を集め、その罰金に充てるという暗黙の了解があるのだ。2013年夏、新スタジアム完成を祝い開催されたセルティックとの親善試合における“花火ショー”は、ドイツサッカー史上に残る芸術作品となった。ファンが「geil」(=凄い、ヤバいという意味の俗語)をこれほどまでに連呼し、エクスタシーに浸っている情景は見たことがない。

https://www.youtube.com/watch?v=F15cIS9hEjY
セルティック戦での“花火ショー”の様子

 ドイツ統一以降、ウニオンに限らず旧東ドイツのクラブは経済力の差で西側のクラブに圧倒されてきた。実際、統一後の1部リーグ優勝クラブがすべて旧西側のクラブであるばかりか、08-09のエネルギー・コットブスを最後に1部に“東ドイツクラブ”がゼロ(RBライプツィヒは地理上は旧東ドイツ地域に属するが、創設はドイツ統一後の2009年のため東ドイツクラブではない)という状況が続いている。

 昨シーズン、ウニオンは2部で一時首位に躍り出て久々の旧東ドイツクラブ昇格へ期待が高まったものの、終盤に踏ん張り切れず昇格を逃した。ワールドカップやCLなど大舞台にも立った内田の豊富な経験は、チームのプレッシャー克服にピッチ内外で大きな力となってくれるに違いない。4バックの右SB、あるいは3バックの右ウイングバックとして守備はもちろん、攻撃的な役割も期待される。

 内田の電撃移籍後、私自身はまだスタジアムに足を運べていないのだが、ホームでの第4節で彼が初めて姿を現すと「ウッシー」が連呼され、温かく迎えられたと友人のライクから聞いた。10年以上もウニオンのシーズンチケットを持つライクは冒頭で紹介したマルクス同様クラブメンバーであり、ボランティアとして新スタジアム建設(2008〜2009年)に参加した根っからのウニオナー。そんな彼が「今まで皆無だった日本人女性が数多く来ていて驚いた」というから、内田効果がさっそくうかがえる。「ドイツ人や近隣のヨーロッパ人のみの今のチームに日本人が加わるのは、マスコット的存在という意味でも興味深い。活躍次第では、マトゥシュカ(ウニオンで9季プレーしたレジェンド)みたいになれるかも」と歓迎している様子だった。

ファンとタッチを交わしながらピッチに入る内田。第5節デュッセルドルフ戦で初出場を果たし、新天地での第一歩を刻んだ(Photo: Bongarts/Getty Images)

 苦難の歴史を歩んできた旧東ドイツクラブの中で最も成功しているクラブの一つであるウニオンは、コミュニティ形成、社会統合というサッカーの持つ社会的役割を前面に打ち出している。サッカーが社会に根づくドイツ全土を見渡しても、これほどまでに異端児であり続けるクラブは他にない。

 そんな、自らをクラブそのものと自負するほど深い愛情を注ぐファンを持つクラブで、シャルケで異例のお別れセレモニーが開かれるほど愛された“ウッシー”がどう受け入れられていくのか。長らくウニオンを追い続けてきた者として、非常に楽しみである。