3000万円とも言われたりしていますが、実際のところ、必要と考える老後資金の額はいったいいくらなのでしょうか?

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老後資金に3000万円必要と考える人が多い

京都中央信用金庫が2015年8月に来店した30〜70歳代の1254人に行った「豊かな人生を考える」アンケート調査によると、必要と考える老後資金の額は3187万円(前年より107万円増)でした。男性は女性より20%程度多い3520万円と考えています。

【「必要額」に対する年齢別の回答】( )は2014年
・平均 3187万円(3080万円)
・男性 3520万円(3434万円)
・女性 2977万円(2870万円)

世代別の金額は次の通りです。

・40歳代 3408万円(3096万円)
・50歳代 3317万円(3428万円)
・60歳代 3312万円(3155万円)
・70歳代 2766万円(2331万円)

60%弱が老後の準備をしている

豊かな老後に向けて40歳代は54.5%、50歳代は59.9%、60歳代は63.3%が準備を進めており、その内容はトップが預貯金、それに健康・体力づくりと趣味が続きます。30歳代も54.3%が預貯金を行っており、京都という堅実な地域性の表れなのでしょうか。

年金や預貯金で生活費を賄っている

このアンケートから浮かび上がる退職者の現状は次の通りです。

・家族構成:夫婦で暮らしている55%(前年比5.1%増)、子供と同居27.8%(同3.7%減)

・生活費:24万円/月(前年より1万円増)

・生活費を賄う原資:年金50%(前年比0.2%増)、預貯金35.5%(同0.6%減)

65〜85歳の必要額は約1900万円

では、退職後の生活費として公的年金以外に必要とする金額を、「家計調査報告(家計収支編)―平成27年平均速報結果の概況―」の高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)の家計収支をもとに計算してみましょう。

・収入 21万3379円(うち社会保障給付19万4874円)
・消費支出 24万3864円
・非消費支出 3万1842円
・収入-支出 ▲6万2326円

社会保障給付=公的年金等とすると、毎月の公的年金では不足する金額は「社会保障給付-消費支出-非消費支出=19万4874万円-24万3864円-3万1842円=▲8万832円です。65歳リタイア後20年間に必要な生活資金は約1940万円、25年では約2425万円になります。

●老後期間20年(65歳〜85歳の期間)
8万832円×12カ月×20年=1939万9680円

●老後期間25年(65歳〜90歳の期間)
8万832円×12カ月×25年=2424万9600円

同じ家計調査をもとに、単身無職世帯(60歳以上の単身無職世帯)と高齢無職世帯(総世帯)(世帯主が60歳以上の無職世帯)の老後20年間に必要とする金額を計算すると、単身無職世帯は1300万円程度、高齢無職世帯(総世帯)は2400万円程度になりました。

●単身者
・社会保障給付 10万4832円
・消費支出 14万3826円
・非消費支出 1万2548円
・不足分 ▲5万1542円
→老後期間20年 1237万80円
→老後期間25年 1546万2600円

●高齢無職世帯
・社会保障給付 17万7970円
・消費支出 24万7815円
・非消費支出 3万830円
・不足分 ▲10万675円
→老後期間20年 2416万2000円
→老後期間25年 3020万2500円

一般に「老後に必要な資金は3000万円」といわれていますが、上記と比べると老後20年では1000万円程度違います。

老後資金3000万円と「改正高年齢者雇用安定法」

これまでの計算は、日常をつつがなく生活するための資金です。日常生活費以外に、住宅のリフォームや医療・介護費用、子どもへの援助資金、葬儀費用などの資金も必要です。それらを含めた金額が一般に言う「必要な老後資金は3000万円」なのです。ただし、この一人歩きしている「老後資金3000万円」は60歳定年退職を想定した数字です。

原則65歳までの継続雇用を企業に義務づけた「改正高年齢者雇用安定法」の施行からほぼ1年が経過した2014年6月1日、定年退職到達者の継続雇用は81.4%に達しました。2014年5月、政府の経済財政諮問会議(議長・安倍首相)の有識者会議「選択する未来」委員会の提言「新生産年齢人口――70歳までを働く人、労働力と考える」の影響もあるのでしょうか、2014年の雇用者数は60〜64歳447万人、65歳以上414万人。「老後は65歳、いえ70歳以降」と言ってもいい状況です。

リタイア年齢が遅くなるということは、「老後期間が短くなる=必要な老後資金額が減る」ということです。将来は一生涯現役となり、「老後資金」という言葉はなくなるのかも知れません。

(文:大沼 恵美子)