【今週の大人センテンス】「逃げていい」と呼びかける上野動物園のやさしさ

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 巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

第70回 新学期を前に伝えたいメッセージ

「アメリカバクは敵から逃げる時は、一目散に水の中へ飛び込みます/逃げる時に誰かの許可はいりません。脇目も振らず逃げて下さい」by上野動物園[公式]

【センテンスの生い立ち】
 多くの地域の学校で夏休みが終わる直前の8月30日午後、上野動物園[公式]のTwitterアカウントが、「学校に行きたくないと思い悩んでいるみなさんへ」で始まる呼びかけをtweetした。アメリカバクを例にあげながら、逃げる大切さを訴える内容。「もし逃げ場所がなければ、動物園にいらっしゃい」とも。たちまち大きな反響を呼び、ほぼ24時間後の31日15時30分の段階で、約4万2000のリツイートと6万以上の「いいね」を集めている。

3つの大人ポイント

・追いつめられている子どもたちを何とか救おうとしている
・ユーモラスな表現で深刻になり過ぎないようにしている
・子どもだけでなく大人も、動物園の魅力と役割に気づけた

 「18歳以下の子どもの自殺は9月1日がもっとも多い」という悲しいデータは、いいことか悪いことかわかりませんが、広く知られるようになりました。内閣府の調べによると、平成25年までの42年間に自殺した18歳以下の子どもは1万8048人。日付別で調べたところ、9月1日が突出して多く131人でした。さらに、9月2日が94人、9月3日が82人、8月31日も92人と、夏休み明け直後と明ける直前に極めて多くなっています。

 イジメなのか別の理由なのか、ともかく「夏休みが明けて、また学校に行かなければいけない」と思い詰めて、その4日間だけで42年のあいだに399人の子どもが自ら命を絶った――。これは異常な状況です。本人の無念さ、親御さんの悲しみや後悔、周囲のショックはいかばかりか。同じことが繰り返されないようにするためには、どうすればいいのでしょう。

 長いあいだ「学校は行かなければいけない」「行きたくないというのは単なるワガママ」という見方が、疑う余地のない常識であり正義だと考えられてきました。最近になってようやく、「死にたいほどつらいなら学校なんか行かなくてもいい」「SOSを発している子どもを無理に学校に行かせる必要はない」という考え方が広まり始めています。しかし、本人にとっても周囲にとっても「行かない」という決断をするのは、きっと容易ではないでしょう。

 2年前の8月には、鎌倉市図書館の「もうすぐ二学期。学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい。マンガもライトノベルもあるよ。一日いても誰も何も言わないよ。9月から学校へ行くくらいなら死んじゃおうと思ったら、逃げ場所に図書館も思い出してね。」というtweetが話題になりました。この連載でも今年6月に、その後の反響も含めて語った菊池隆館長の言葉を取り上げました。

【今週の大人センテンス】苦しんでいる子供たちのために図書館ができること

 逃げ場所は、図書館だけではありません。8月30日の午後、上野動物園[公式]はアメリカバクの写真付きで、こうtweetしました。

学校に行きたくないと思い悩んでいるみなさんへ
アメリカバクは敵から逃げる時は、一目散に水の中へ飛び込みます
逃げる時に誰かの許可はいりません。脇目も振らず逃げて下さい
もし逃げ場所がなければ、動物園にいらっしゃい。人間社会なんぞに縛られないたくさんの生物があなたを待っていますから

 「逃げる時に誰かの許可はいりません」という言葉は、悩んでいる子どもたちを激しく勇気づけたことでしょう。追いつめられている状況で何より大事なのは、とにかく逃げること。親にどう説明しようかなとか先生に叱られるかなとか、ほかのことは逃げてから考えれば十分です。動物園に逃げて。縛られずに生きているいろんな動物をながめれば、たしかに気持ちが楽になるに違いありません。

 このtweetは多くの共感を呼び、Twitter上にはさまざまな声が寄せられています。「私は、中学生の時イジメに会いました。詳しいことは言えませんが、自殺も考えました。学校に行く必要はないです。逃げてください。誰か助けてと叫んで欲しい!」「真面目に泣きそうになった」「二番煎じでも何でも良い。こーゆー事言われて救われる人がきっと沢山いると思う」などなど。そう、二番煎じでも三番煎じでも、それはむしろ誇るべきこと。いろんなところでいろんな大人が、こういう声を上げることが大切です。

 ちなみにですが、東京都が運営している上野動物園、多摩動物公園、井の頭自然文化園、葛西臨海水族園は、都内在住・在学の中学生は無料、小学生以下は全員無料です。ほかにも名古屋の東山動物園など、中学生以下は無料の動物園・水族館は少なくありません。もちろん大人も「もうダメだ」と思ったら、勇気を振り絞って脇目も振らずに逃げましょう。上野動物園[公式]のtweetにある最初の「学校」は、「会社」や「仕事」に置き換えられます。

 こういう話になると、必ず「簡単に逃げちゃダメだ」「我慢や努力を教えないとダメだ」と言い出す人が現われます(たいていは言いたいだけの外野)。今でも「学校に行かなかったらたいへんなことになる」という強迫観念に縛られている親御さんは少なくありません。「近所や親戚に恥ずかしい」「我が子が登校拒否なんてあり得ない」など、自分の見栄やプライドのために「学校は行くもの」という“正論”にしがみついて、子どもを追い詰めている例も多いと聞きます。大人にとっての学校や仕事もしかり。

 いろんな意見や考え方があるのは当然です。しかし子どもも大人も、今の自分に必要なのは逃げることだと思ったら、誰の許可も賛同もいりません。脇目も振らずに逃げましょう。訳知り顔の外野に言われなくたって、すべき我慢や努力はするはずです。追いつめられての緊急避難と単なるサボリをごっちゃにするような外野の雑音に、耳を貸す必要はありません。無責任な世間様は、わかりやすい“正論”という暴力を振り回す気持ちよさを味わいたいだけで、あなたの人生や将来や今の辛さを考えてくれているわけではありません。

 NHKでも新学期の始まりに向けて、しんどいと思っている子どもたちに向けて「逃げていいんだよ」と呼びかけるキャンペーンを行なっています。「NHK NEWS WEB」には30日夜、「学校へ行きたくないあなたへ」という記事がアップされました。荻上チキさん、ちゅうえいさん、尾木ママさんが体験談やアドバイスを寄せたり、学校以外の「居場所」を紹介したり、相談先の電話番号を載せたりしています。保護者に向けて、専門家が具体的にSOSをどう受け止め、どう対応すればいいかといった話も。

 上野動物園[公式]も、きっと批判や反論は覚悟の上で、勇気を出してtweetしてくれました。その呼びかけを必要としている子どもたちに届くことを祈るのはもちろん、大人は大人で胸に手を当てて、何を守りたいのかよくわからないまま自分を追い詰めていないか、じっくり考えてみましょう。たまには、動物園で日がな一日ボーッとしてみるのもいいですね。

【今週の大人の教訓】
反射的に「そんなの無理」と思うのは自分で自分を縛っているから

文=citrus コラムニスト 石原 壮一郎