21世紀の幕開けを告げるかのようだった「9・11」アメリカ 同時多発テロ。その後、世界はどう変わったのか――。

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 2001年、4機の旅客機がハイジャックされ、ニューヨークの世界貿易センター、アメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)などが襲われた9・11テロは、21世紀という時代の始まりを象徴するような、鮮烈なインパクトを与えました。

 このテロ事件は間違いなく、世界史を動かしたといっていい出来事でしょう。では、この9・11テロがもたらしたものとは何だったのか。ここでは現代史の流れを振り返りながら、考えてみたいと思います。


旅客機で襲われ、倒壊した世界貿易センター ©iStock.com

 現代史において決定的な年、それは言うまでもなく1945年です。第二次世界大戦が終結したこの年から、戦後世界という大きな歴史の均衡点が生まれます。

 第二次大戦前の世界、それは政治的にはファシズムやナチズムなどを含むナショナリズム、経済的にはブロック経済に象徴される「内向き」の世界でした。各国は自国の権益、言い分を守ることを最優先し、その結果、致命的な衝突を回避できず戦争に至ったのです。

 その反省から、1945年以後、世界はインターナショナリズム(国際主義)、ユニバーサリズム(普遍主義)に軸足を置こうとする時代に入っていきました。国際連合、世界銀行、IMFといった国際機関がつくられ、ヨーロッパではNATO(北大西洋条約機構)、さらにはEEC(欧州経済共同体)、EC(欧州共同体)を経てEU(欧州連合)に至る国家を超えた枠組みが形成されていく。そこには、1979年の米中国交正常化も、中東安定化を目指した1978年のキャンプデービッド合意も含まれます。

 これは同時に、米ソという二大国が拮抗する「冷戦」の時代でもありました。それが、1989年にベルリンの壁が崩壊し、1991年にはついにソ連が崩壊します。この冷戦の終わりからおよそ10年が、まさに「アメリカ一人勝ち」の時代となったのです。

 もはや民主主義、自由主義は永遠の勝利を収めた、これからはグローバリゼーションの時代で、世界はひとつになる。経済的にもディレギュレーション(規制緩和、自由化)を推し進め、効率的なマーケットがすべてを決める時代になる。フランシス・フクヤマのいう「歴史の終わり」、そしてトーマス・フリードマンのいう「フラットな世界」が実現されていくという錯覚が信じられたのが、この時代でした。

 そして、その幻想を打ち砕いたのが9・11テロだったのです。

アメリカの国力は低下したか?

 なぜ9・11テロが起きたのか。そして、その結果、どのような状況が露呈したのか。それを考えるには、冷戦以後の流れをみていく必要があります。

 ここでは大きく4つの視点を取り上げたいと思います。すなわち「アメリカの指導力の低下」、「国際テロ運動の拡大と大衆化」、「排外ナショナリズムの高まり」、そして「中国、ロシアの台頭と挑戦」です。

 まずアメリカから見ていきましょう。近年、アメリカの国力低下を指摘する声は少なくありません。ことに9・11テロ以後、アメリカが世界に示す指導力のようなものは確かに弱まっている。

 しかし、私はアメリカの国力そのものが低下したとは考えていません。経済的にも依然として世界一、天然資源も豊富で、人口的にもバランスが取れている。しかも、世界中で最も優秀な、あるいは野心のある人々が常に流れ込み、最も激しい競争を繰り広げている。そこから生まれる知的エネルギー、技術的ポテンシャルはほかの国にはまるで真似ができません。

 では何が弱まったのか? 私は、低下したのはアメリカの国力ではなく、アメリカの政治指導者がアメリカの力を適切に使う能力だと考えるのです。

 9・11テロは、アメリカにとっては真珠湾攻撃以来の米国本国への攻撃でした。それに対して、アメリカが自衛権を使って戦うのは理解できます。ところが、そこでやりすぎてしまったのです。


ペンタゴン ©iStock.com

 9・11テロからさかのぼること10年、1991年は、ソ連崩壊の年であると同時に湾岸戦争の年でもありました。アメリカはサダム・フセイン率いるイラクを攻撃し、クウェートから撤退させましたが、フセインは大統領の座にとどまった。このとき、ひと思いにフセインを排除すべきだったと考えたグループがいたのです。彼らが、9・11テロを好機とみて、イラクへの不必要な軍事介入をしてしまった。これが2003年に始まるイラク戦争です。不必要で、不十分で、かつ驚くほど準備不足の戦争でした。

 私は2004年1月から在イラク日本大使館にいたのでよくわかるのですが、アメリカには戦後のイラクをどのように再建するかという発想はまったくありませんでした。その結果、イラクは国家として壊れた。

 さらに、2009年からの8年間、オバマ大統領の時代には、今度はやるべきことを何もしなかった。

 オバマ大統領が最初にやった「余計なこと」が米軍のイラクからの撤退です。これによって、イラクに力の真空をつくってしまった。その真空を、南部はイランが埋め、北部は「イスラム国」が埋めたのです。

 さらにシリアにも、もっと早い段階で介入すべきだったのに、化学兵器を使われても何もできなかった。その結果、シリアにも力の真空が生まれ、やはりそこに「イスラム国」が入り込んだのです。

 この16年間にも及ぶアメリカの失敗の最大の原因は、リーダーシップの低下にほかなりません。そして、その起点となったのは、9・11テロへの対応の失敗だったのです。

国際テロの大衆化

 次に目をアラブ側に転じてみましょう。1979年、ソ連のアフガニスタン侵攻が起きると、現地のムスリムたちが抵抗運動を始めます。それをイスラム過激派勢力が支援していくのですが、9・11テロの首謀者であるウサマ・ビンラーディンもその一人でした。それがソ連のアフガン撤退(1989年)後には、反米活動に転じていきます。

 91年、湾岸戦争が起きると、サウジアラビアにも何十万という米軍が駐留します。あろうことか肌もあらわな米軍の女性兵士までが首都を闊歩するという、およそサウジでは考えられない状態が現出していた。それを見て、ビンラーディンたちは、イスラムの聖地が異教徒に蹂躙(じゅうりん)されているという怒りを募(つの)らせていくのです。そしてスーダンを拠点に、世界各地でテロを仕掛けていくのですが、このころはまだ広がりは限定的で、地域的にも中東、アフリカが中心でした。

 そのビンラーディンが90年代後半、拠点をアフガニスタンに移します。ソ連軍撤退によって生じた力の空白を、タリバンとアルカイダが手を結んで埋めたわけです。アメリカはビンラーディンを追い続けますが、うまくいかず、9・11テロが起きたのです。

 9・11テロは、これまでのテロのやり方を大きく変えました。インターネットの利用、ジェット機の操縦など近代技術を駆使し、しかも非常に周到に準備して、ある日、突然決行する。ある意味で洗練された鮮やかな形で、アメリカという最強国家に巨大なダメージを与えた。

 9・11以後のテロリズムには三つの要素があります。一つはアルカイダのような「組織」、二つ目は「イスラム国」がシリアなどに展開したように「領域」を確保する動き、そして三つ目がジハーディズム(聖戦思想)などの「思想」です。このうち、最も重要なのは「思想」です。

 たとえばアルカイダは次々と拠点を潰(つぶ)され、ビンラーディンも殺された。「イスラム国」の拠点となったモスルも奪回された。しかし、組織や拠点を失っても、ジハーディズムという思想は残って、世界中に拡散している。それがいまの状況でしょう。アメリカが必死になって組織や拠点を潰していけばいくほど、イスラム世界に強い反発が生まれ、新たなジハーディストが生まれるという悪循環が起きている。

 さらに厄介なのは、国際テロの大衆化というべき現象が進行していることです。9・11テロの手法をもっと簡易化して、たとえば大都市の目抜き通りを大型トラックが暴走するだけで何十人という犠牲者が出る。大きな組織や、拠点となる領域がなくても可能な大規模テロの手法がすでに確立してしまった。

 では、ジハーディズムという思想を取り締まればいいか、といえば、それはおそらく不可能でしょう。インターネット、1冊の本からでも思想は簡単に入ってくる。

 これに対応するとしたら、社会の抵抗力を高める以外にはないと思います。たとえば欧州のイスラム・コミュニティでジハーディズムが広まるのを防ごうとするのなら、そこに暮らす人びとが安定した生活を送り、一部の過激化した人々の影響が及ばないようにする。そういった取り組みを世界中で行う必要があるでしょう。

 もうひとつ、9・11テロは、アメリカなどの一般の国民に、いわゆるイスラモフォビア(イスラム恐怖症)を植え付けてしまった。なぜ彼らはわれわれアメリカを憎むのだろうという猜疑(さいぎ)心、嫌悪感が、アメリカ国内でのイスラムのイメージを決定的に悪化させた。トランプ大統領のイスラム六カ国を対象にした入国禁止令は、その象徴ではないでしょうか。

 この「排外的ナショナリズムの高まり」は、アメリカにとって厄介な問題です。最初に述べたように、いまのアメリカは世界最大最強の国力を持ちながら、国際社会のリーダーとして機能していない。自由や民主主義や国際的なルールを遵守するといった理念を体現できなくなっているのです。私はアメリカ人に「トランプのようなリーダーが3代続いたら、アメリカは中南米の一国になってしまいますよ」とよく言うのですが、このままアメリカの指導者が混乱から脱することができず、リーダーシップを弱めていけば、冗談では済まなくなる。

 しかも、こうした事態は、アメリカに限らず欧州にも広まっています。先ほど述べた国際テロの大衆化、拡散のなかで、パリ同時テロなどが頻発している。それが経済的な問題とセットになって、排外的ナショナリズムの台頭を阻(はば)めなくなっているのが現状でしょう。

テロを利用した中国

 最後に、「中国、ロシアの台頭と挑戦」を見ていきましょう。一見、9・11テロと中国はあまり関係ないように見えますが、実は中国は9・11テロを見事に利用したのです。

 2001年前半まで、当時のブッシュ政権は中国の台頭を非常に懸念していました。経済面はもちろん、中国の軍事的な膨張に対する警戒を強め、米中関係を見直さなくてはならないという動きがあったのです。しかし、テロが起きると、中国は「テロとの戦いに参加する」という姿勢を表明し、まずアメリカに恩を売って、アメリカからの対中圧力を逸(そ)らそうとした。そして、自国内の新疆(しんきょう)ウイグル自治区に対する弾圧を正当化するわけです。

 実は、この手法はいまも生きています。中国の貿易黒字を問題にするトランプ政権は、習近平にとって頭痛の種だと思いますが、北朝鮮への制裁に協力する姿勢を示すことで、圧力を逸らそうとしている。ついでに南シナ海問題もどこかに行ってしまった。テロ対策を隠れ蓑にして対米協調を演出し、その陰で自分の権益確保を狙う。これは中国だけではなく、ロシアも同様です。9・11テロのときにはチェチェン問題を正当化できたし、現在はシリア問題をうまく利用している。

 いずれにしても私たちは1945年以降目指してきた、国際的な均衡を見失った状態で漂流しているといえるでしょう。いかにしてそこに立ち戻り、秩序を再構成できるか。それを考える上でも、テロとは何だったのか、きちんと理解することは不可欠だと思います。


アメリカ同時多発テロを報じる新聞 ©iStock.com

みやけ くにひこ 1953年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省へ。日米安全保障条約課長、在中国公使、在イラク公使などを歴任。著書に『トランプ大統領とダークサイドの逆襲』(時事通信出版局)、『日本の敵』(文春新書)など。

(宮家 邦彦)