『この国の息苦しさの正体 感情支配社会を生き抜く』(和田秀樹/朝日新聞出版)

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 日本が息苦しい。芸能人の不倫や失言を、さも重大犯罪のように批判して社会的制裁を望む人たちがいる。一方で、そんな人たちも職場ではリストラに怯えながら自分を殺して過ごしているのだ。「転落への恐怖」は日本人の特徴だといわれるが、ますます顕著になっていると認めざるをえない。

 どうして日本には嫌な空気が漂うようになったのか。精神科医であり、映画監督としても活躍する和田秀樹は『この国の息苦しさの正体 感情支配社会を生き抜く』(朝日新聞出版)で、現代日本の「息苦しさ」を分析する。負の感情にとらわれ、身動きがとれなくなっている人は、本書から前向きに生きるヒントを得られるだろう。

 著者は現代の日本を「感情支配社会」と形容する。たとえば、築地市場移転問題にまつわる報道だ。7月の都議会選では大きな論点となり、明確な方針を示していないとして小池百合子氏率いる「都民ファーストの会」が批判にさらされた。しかし、むしろ現時点で「白黒」をつけようとする姿勢こそ著者は疑問を呈する。市場の今後を左右する問題に対して、十分な検証が行われていない段階から「白黒」をつけられるものではない。このように、人々がすぐ結論を求め、断定的な意見に飛びつきたがるのは日本が「感情的」になっているからだと著者は説く。

 感情に支配された社会では、冷静な判断ができず、目先の利益優先で長期的な損失を招きやすい。「あと30分でお金を振り込まないと家族の将来が終わる」と脅す「振り込め詐欺」のたとえは的確だといえるだろう。また、森友学園事件などの不正疑惑が浮上している安倍政権の支持率があまり下がっていないのも「現状維持バイアス」がかかっているからだと著者は述べる。すでに損失が生まれている状況では、人はさらなる損失を恐れて変化を怖がる。経済の停滞が続き、豊かさで韓国や中国に追い抜かれ始めているからこそ、日本人は他の選択肢を考えられなくなっているのである。

 感情支配社会を構成する要素として、著者は「自己愛不足」「不安感」「高齢化」の3つを挙げる。日本社会への「自己愛」が不足しているからこそ、日本人はヘイトスピーチや生活保護受給者叩きを行って自己愛を満たそうとする。「不安感」があるからこそ、判断力が低下し、非効率的な方法を採用してしまう。国内の情勢が不安定なのに、国外の恐怖を過大評価して防衛費を増やしている現政府は典型的な例だろう。そして、「高齢化」が進み、若者らしい柔軟で論理的な思考力が失われているから、ネガティブな報道に国民が洗脳されていくのだ。

 もちろん、「感情的」になること自体は悪ではない。しかし、感情にまかせて重大な決定を下してしまうと、大きく後悔することになりがちだ。著者は「感情にとらわれると勘定ができない」という言葉で読者を諭す。

 マスメディアもまた、「感情増幅装置」になっていると本書は警鐘を鳴らしている。スポンサーの意向を尊重するしかないマスメディアは、どんどん画一的な報道しかなされなくなっている。そのため、世論に対して異を唱えるコメンテーターやキャスターは採用されにくい。現代のように日本中が感情的になり、他者を攻撃している時代だからこそ冷静に対策を伝授できる人間が求められているのに、テレビに出ているのは世論と同調する人間ばかりだ。メディアにあおられ、ますます「感情支配社会」は強化されていく。

「感情支配社会」で生き抜くために、本書の最終章では感情をコントロールする術が述べられていく。感情を操作するのが難しいなら、まず行動から変えていこうと実践的に解説されていくので、現代人の参考になるだろう。不安が多い時代ではあるが、まずは冷静にさまざまな選択肢と向き合いながら毎日を過ごすのが大切だ。「こうするしかない」と自分を追い込まず、心に余裕を持てば、「感情支配社会」に押しつぶされない生き方が見えてくる。

文=石塚就一