「ふぁあああ、自由だあああ!」
 思わずそう叫ぶほど、日常から解き放たれた気分でチャリを走らせる。
 その現場は、南米イグアスの滝でもなく、世界遺産登録寸前の富士山でもなく、時刻表にない線路のまわり!!
 ラン鉄の桃源郷は、すぐ近くに在る。
 新・金・貨・物・線・だ!
 しんかねかもつせん。総武線の新小岩(新小岩信号場)と、常磐線の金町の間を結ぶ単線の線路で、貨物列車しか通らないからか、時刻表には載っていないシークレットルートだ。
 そこは東京の下町。新宿渋谷といったトレンド発信エリアからレールが伸びる、京王小田急東急のようなオサレ〜な雰囲気は、当然、ナシ。
 この新金貨物線の沿線をBMX(チャリ)で走り、線路脇で生きる人々の暮らしを全身で体感するってワケだ。
 この日は、アホ過ぎる条件を自分に突きつける。スマホを連れて行かない。つまり、電話もメールも地図も検索もできない状況に自分を放置する!
 これが意外と楽しかったり。新金貨物線は、東京スカイツリーのすぐ東側を走っているから、線路から離れて路地裏に迷い込んでも、ツリーのテッペンを見ながら走れば、なんとなく方角がつかめるってワケだ。
 新小岩からチャリを走らせ、まず足を止めたのが、新中川の鉄橋。15時過ぎ。茨城・鹿島の臨海地区のモノを隅田川貨物駅まで運ぶ、列車番号96レという貨物列車を、ひたすら待つ。
 新中川の鉄橋のほとりでは、古老が釣り糸をたらす。浮きが動く気配はまったくなく、水面と時間だけがゆっくりと流れ去っていく…。と、そこへ、キターーーーーッ、96レ。けん引するロクゴ(EF65形電気機関車)の姿にグッときて、再びチャリを転がす。
 貨物列車が過ぎたあとの新金貨物線のレールは、まるで廃線。
 レールの上を猫が上手に歩き、地元中学校の野球部員が西日に向かって線路端を走り、近所のお婆ちゃん同士が踏切脇で井戸端会議…。
 学校のチャイムが鳴る。16時か。レールから漂うアブラの匂いと、皐月のころ咲くマダガスカルジャスミンの香りが交互にやってきて、なぜか脱力。
「この懐かしくて自由な感覚は何?」
 チャリを走らせて、気がついた。小さいころ、オレが育った地の空気と、重なってるんじゃないか、と。
 大宮操車場という、国鉄の一大ヤードのそばで生まれ育ち、すぐ近くに鉄道員の姿があって、電機の足音と汽笛が響いて、鉄アブラの匂いがした。
 自由に線路のまわりを走り回っていた、あのころが急に思い浮かんだ。
 路地裏を走っていると、どこかの台所からか、カレーの匂い。またも脱力していると、新金貨物線のよりも幅の広いレールに出くわした。電柱の住所に「柴又」の文字。そうか、これは京成のルーツ、京成金町線の線路だ。
 帝釈天詣でで賑わう柴又を横目に、金町へとチャリを走らせると、こんどは、耐えがたき焼き鳥のケムリ。ここでココロ折れたら最後。ガマンだ!
 かつて製紙工場の引き込み線が存在した北口へと向かうと、再開発前の広大な原っぱに、赤レンガ倉庫の残骸。こうした光景に、慣れてしまっている自分がいる。大操が消えたころの大宮界隈も、こんな時期があったなあ、と。
 国鉄の線路沿いには、大手民鉄が醸す路線ブランドとはまた違った味がある。包容力というか、甘えられるというか…。いや、あのころ母さんがつくってくれたカレーの匂いを想起させる、ごくごく普通にあった家族の団らんの残り香が、漂っていた。
 帰り道、江戸時代に存在した「曳舟」の名残をぼんやり眺めていたとき。
「ハッ、あれれ!! スマホがねえ!?」
 このオレ、おバカ過ぎる。スマホを家に置いてきたことをすっかり忘れるほど、ラン鉄に夢中だったようで…。

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2013年6月号に掲載された第13回の内容です。

鉄道チャンネルニュースでは【ラン鉄】と題し、毎週 月曜日と木曜日の朝に連載します。

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