フランス革命も「小麦価格の高騰」が背景にあった。歴史的な暴動には 必ずインフレで食えなくなった庶民の悲痛な叫びがある(『民衆を導く自由の女神』ウジェーヌ・ドラクロワ 写真:TopFoto/アフロ)

混迷を深める世界。日本はどうなるのか。『逆説の日本史』の人気作家・井沢元彦氏と経済アナリストの中原圭介氏が「日本の進むべき道」を探る。
後編はインフレと暴動や革命の関係について。歴史の節目に起きた暴動や革命では、食料価格の高騰が背景にあった。はたして「インフレ=善、デフレ=悪」という今の図式は、本当に正しいのだろうか。

前編:「専門バカ」になると真実が見えなくなる

革命や動乱の源には、インフレがある


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中原:歴史的に見ると、革命や動乱というのは、デフレのときにはまったく起きていません。すべてインフレのときに起こっているんです。18世紀のフランス革命もそう、20世紀の天安門事件もそう、21世紀の「アラブの春」もそうです。

つまるところ、物価が勢いよく上がり続けると、庶民が生活苦に陥ってしまうというわけです。逆にいえば、よほどのインフレが起きないかぎり、革命や動乱なんて起きないんです。

井沢:庶民というのは、基本的に相当イヤなことがあっても、たいてい我慢します。下手に政府に逆らったら、殺されるかもしれないから。その人たちが最後の最後で立ち上がるのは、やっぱり飢えなんです。歴史教科書もテレビや新聞も、そこらへんのことをちゃんと伝えていないですよね。

中原:そうですね。たとえば「アラブの春」のきっかけは、小麦価格の高騰でした。2000年以降、原油をはじめあらゆる資源の価格が高騰を続け、その影響を受けて、小麦など穀物の価格までも大幅に上がってしまった。小麦の価格が高騰することで主食のパンの価格も高騰し、庶民は食べていくのが大変になったんです。

そこで、チュニジアのある若者が生活に困って露店を開いていたら、警察に嫌がらせを受けて退去させられた。若者は「もう食っていけない」と抗議の焼身自殺をする。それがSNSで一気に拡散し、独裁政権を倒せという運動につながり、さらにエジプトなど周辺国にも波及していったわけです。民主化を歓迎した欧米メディアが「アラブの春」と名付けたものの、その後の治安の悪化や紛争によって多くの人々が亡くなっていることを考えると、「春」という言葉はふさわしくない。「アラブの冬」と言ったほうが正しいのではないでしょうか。

井沢:フランス革命にしても、それまでのフランス社会というのは、確かに聖職者(僧侶)や貴族が威張っている社会でしたが、それが反乱の直接の原因ではなかった。しかし飢えるとなると、もう立ち上がるしかない。革命前夜は火山の爆発で天候不順が続き、小麦が取れなかったという話もあります。

マリー・アントワネットが「パンがないならケーキを食べればいいのに」と言ったという有名な話がありますね。それだけ民衆は食えていなかったということです。でもあれは、うそなんです。だって、宮廷の中での発言を誰が外部に漏らしたのか。肉声を聞ける人なんて、ごくわずかしかいないんです。そういう周辺の人が、こんな話をバラすわけがない。ということは、どう考えても、左翼が宣伝のためにでっち上げたんです。確かに聞くだけでムカッとするけど(笑)。その意味では、本当にうまいコピーです。

天安門事件もナチスの台頭も幕末もインフレが原因


井沢元彦氏「フランス革命の時、マリー・アントワネットが『パンがないならケーキを食べればいいのに』と言ったという有名な話がありますが、あれはうそ。それだけ民衆は食えていなかったということ。あの言葉はどう考えても、左翼が宣伝のためにでっち上げたもの。確かに聞くだけでムカッとするけど(笑)、その意味では本当にうまいコピーだった」(写真:PHP提供)

中原:中国共産党が歴史上なかったことにしようとしている天安門事件も、その原因は穀物の高騰にありました。確かに「民主化運動」という面はありましたが、それはあくまで一面にすぎません。中国は当時、物価上昇率が20%前後もあり、食料の値段が上がりすぎたために、国民が食べられなくなっていたんです。

あるいは、第1次世界大戦後のドイツでナチスがあれだけ勢力を伸ばしたのも、戦後の賠償金も一つの要因ですが、やはり激しいインフレの影響がもっと大きい。こんなに生活が苦しいなら、いっそ社会をゼロからつくり直してほしいと。そこまで追い込まれていたから、ナチスの主張が人々の心に響いたんじゃないですか。

井沢:あまり取り上げられませんが、日本の幕末にも、物価がメチャクチャ上がっているんです。原因ははっきりしていて、幕府が為替レートというか金銀の国内交換比率を、「金1=銀4」と設定していたためです。これは織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の時代、世界と貿易していた頃の比率ですが、鎖国したのでそのまま動かさなかったのです。

ところがその間、海外ではメキシコ銀山の発見などがあって銀の価値が暴落し、「金1=銀16」くらいの比率になっていた。その状態で開国したため、外国人が日本に安い銀を持ち込んで金をどんどん持ち出すことになったのです。

井沢:幕末の日本というと、貧乏だったというイメージがあります。確かに欧米に比べれば、馬車もないし、電灯もない。でも金の保有高でいえば、日本はもしかしたら世界一だったかもしれないんです。そこに日本人の誰かが気づいていれば、当時の日本は世界から何でも買えたんじゃないかな。

しかし気づくことはなく、幕末の日本は本当に貧乏になった。基軸通貨の金が大量流出したことで、すごいインフレになったんです。そうすると、誰もが食えない。食えないから、今の体制を倒してしまおうと。これが倒幕運動に火をつけたわけです。

「デフレは悪」は大間違い


「デフレが経済に悪いとは一概には言えない。2015年のイギリスは、ポンド高や原油安によってデフレが進行したが、GDP成長率は実質2.2%でドイツやフランスを大きく上回った。ポンド高や原油安で国民の実質所得が上がり、消費が増えたことを表している」(撮影:今井康一)

中原:逆に、デフレが経済に悪いとは一概には言えません。たとえば2015年のイギリスは、ポンド高や原油安によってデフレが進行しましたが、GDP成長率は実質で2.2%でした。これはドイツの同1.7%やフランスの同1.2%を大きく上回っていました。つまりポンド高や原油安によって国民の実質的な所得が上がり、消費が増えたことを表しているんです。

あくまでインフレやデフレは好況や不況という経済現象の結果であって、好況や不況の原因にはならないんです。経済学の世界では、原因と結果の転倒した見方をそろそろ改めるべきではないでしょうか。

井沢:なるほど。確かにインフレといっても、全員が困るわけではない。幕末の場合も、農民はコメを持っているから、インフレでモノは買えなくなるにしても、食うには困らない。町人は、たとえば手間賃なんかを値上げする。すぐには追いつかないけど、物価が3倍になったのならば、手間賃を3倍にしてもらうということは不可能ではない。ところが、武士はコメで給料をもらっているのに、そのコメがメチャクチャ値下がりしたわけだから、もう本当にやっていけなくなった。

だから「ええじゃないか」というのは、発端はもちろん伊勢神宮のお札をまくという宗教的暴動のようなものかもしれませんが、私は「もうこれじゃあ、とても食っていけねえ」という幕府の経済失政に対する怒りだと思うんです。

日本でもフランスでも言えることですが、インテリが「このままではわが国はダメになる」と言っただけでは、絶対に国は変わりません。庶民が「食えなくなった」と実感すると、国は変わるのです。そういう意味では、徳川幕府の政策が明治維新を起こしたと言ってもいいと思います。

中原:多くの経済学者が間違っているなと思うのは、まさにそういう庶民の貧困に対する見方です。本来なら、その国の制度や人々の価値観、生活スタイルによって、それぞれ違う見方をしなければいけないはずです。でも経済学者というのは不思議で、世界的に統一した指標で見たがるんですね。たとえば最近、日本の相対的貧困率の高さがよく話題になります。これは国民を所得(等価可処分所得)の高い順に並べて、その中央値の半分に満たない人の割合を言います。

アメリカを見れば「インフレ=善」とはとても言えない


この指標で見ると、日本は先進国中でアメリカに次いで2番目にひどいという話になる。夫婦2人・子ども2人の4人家族ならば、世帯の年収が300万円程度だと相対的貧困と見なされるのです。しかし、日本でも物価の安い地域で暮らせば、300万円でそこそこの生活はできるはずですよね。

でも、アメリカで同じ4人家族で300万円、仮に1ドル=110円として約2万7000ドルの収入があったとして、日本と同じ生活水準を保てるかといえば、それは無理です。アメリカは日本と比べて物価がとても高いですから。

これまでデフレが続いてきた日本は、ほかの先進国と比べて圧倒的にモノが安いんです。アメリカだけではありません。たとえば今、フランスで軽い朝食を食べたとしても、場所にもよりますが日本円で1500〜2000円は取られてしまいますよ。要はインフレかデフレかは人々の生活水準には関係なく、実質的にどちらが豊かなのかという視点が大事だということです。

そういった視点をまったく考慮せずに、経済学者も日本政府も欧米の価値基準にならって「デフレは悪だ」と決め付けてきたわけです。インフレの国アメリカで国民の3人に1人が貧困層および貧困層予備軍であるという実態を見ていると、「インフレ=善」とはとても言えませんね。だから私は、国民生活がよい方向にいくのであれば、インフレでもデフレでもどっちでもいいんです。

井沢:ちなみに明治維新後、新政府が進める廃藩置県に対し、喜んで差し出す藩主がけっこういたんです。差し出せば「県知事」のような地位を得て給料をもらえるから。しかも、これまでの部下も全員リストラできる(笑)。自分だけ再雇用されるという、すごくおいしい話だったんです。

一方、クビになって路頭に迷ったはずの武士たちも、萩の乱や西南戦争などを除いてほとんど反乱を起こしていません。それは、新政府が武士の地位をうまく消去していったからだと思います。

そのきっかけになったのが廃刀令です。それから四民平等を唱えて士農工商の身分差をなくし、断髪令で見掛けも平等にする。そのうえで公務員も自由に採用し、農民や町民も兵役に就かせた。こうして徐々に武士の実質的特権というものをなくしていったわけです。「士族」という言葉だけは残しましたが。

乱を起こしたのは、勝ち組となったはずの西国諸藩の武士たちです。幕府を倒していい地位に就けると思ったら、それは幹部クラスだけで下層の武士は役職に就けず、しかも徴兵制度などによって武士という特権も剝奪され、不満が高まったからです。薩長の上層武士で新政府の役職に就けた者などについては、逆に優遇されて特権が残された。だから不満を持つ武士が西郷隆盛の下に集まり、蜂起して西南戦争を起こすに至ったわけです。