女性の結婚率は、35歳を境に急激に下降する。

東京で、まことしやかにささやかれる言葉だ。

他にも、身体の変化、実家の問題、将来への不安と、目を背けたいことが増えてくる年齢でもある。

だがしかし。そんな悲観を抱くことは一切なく、麗しき独身人生を謳歌する女がいた。

恭子、35歳。

彼女が歩けば、男たちは羨望の眼差しで振り返り、女たちは嫉妬する。

恭子は一体、何を考えているのか?

外資系ラグジュアリーブランドで働く部下の周平は、恭子にそっと想いを寄せ、それに気づいてしまった元彼女・瑠璃子は気が気でない。

一方、恭子に敵対心を抱く独身の理奈は、食事会で料理上手をアピールすることに成功し、勝利を確信していた。




「理奈さん。ディレクターと恭子さんの噂って、嘘ですよね?」

『青山 川上庵』でのランチタイム。周平君が珍しくランチに誘ってきたと思ったら、さっきから一方的にずっと恭子の話ばかりしている。

「さあ、そんなの知らないわよ。自分で本人に聞いたら?」

私の冷たい物言いに驚いたのか、周平君はクルミだれせいろ蕎麦を食べる手を止めて、目を丸くしている。

そう、私は朝からずっと機嫌が悪いのだ。

原因は、男友達からの一本のLINE。

-理奈、ごめん!どうしても独身男子がもう一人集められなくて…食事会はリスケでお願いします。

週末に控えていた食事会が、キャンセルになってしまった。

たった一人の独身男を見つけるのは、男同士ですら、そんなにも難しいことなのだろうか。

-本当は、理奈にピッタリの、独身の友達がいるんだけど、商社勤務で今インドに駐在中なんだ。数年で帰国するから必ず紹介するよ!

言い訳のようなLINEに、気持ちがますます落ち込んでいく。

商社勤務のお友達は確かに魅力的だけれど、そんな時間はない。インドから帰国する数年を待っているうちに、私も同じだけ、歳を取ってしまう。

がっかりして肩を落とした。

35歳の婚活は、想像していた以上に過酷である。

次だ、次に行こう。


先日食事会で出会った弁護士からの連絡に浮かれる理奈


彼と結婚できれば、35で人生大逆転


ランチを終え、デスクに戻った。気持ちを切り替えて、FacebookやLINEの友人一覧の中に食事会候補となる人物がいないか、目を皿のようにして探す。

スマホとにらめっこをしていると、突然、LINEのメッセージが届いた。

「あっ、あの弁護士さん…!!」

思わず声が上ずった。

先日の丸の内での食事会以来、彼からの連絡は細々と続いている。

まだデートの約束には漕ぎつけていないが、ここはなんとしてでも、彼との関係を一歩前進させたい。

彼と結婚すれば、人生大逆転。これまで先に結婚した誰もが、間違いなくアッと驚き悔しがるだろう。35まで引っ張ったからこそ、私はそういう結婚をしたいのだ。




彼からのLINEは、ファミリーセールについての話だった。彼は私の会社のブランドの大ファンで、ファミリーセールに興味があるらしい。

上機嫌で返信を送る。

-それでは、セールの招待状、お送りしますね!

これをきっかけになんとか食事に持ち込めないものか。化粧室で崩れたメイクを直しながら、必死であれこれ策を練るのだった。

「理奈。お疲れ様」

鏡を見上げると、背後には恭子が立っていた。

「恭子…」

瑠里子たちの悪口を聞いてしまった一件以来、恭子と二人きりで話すことをなんとなく避けている。

でも、今の私が恭子に対して恐れることは何もない。

すっかり強気になって、先日の食事会のことを切り出した。

「恭子、あの後、誰かと連絡とったりしてる?」

返事は、聞くまでもない。あのとき、男たち全員の、彼女を完全に敬遠する態度をこの目で見たのだから。

ところが恭子の口から飛び出したのは、予想だにしない言葉だった。

「うん、先週末、食事に誘われて行ってきた。覚えてる?一番奥の席に座ってた、背の高い人」

それは…私のタイプの、あの弁護士のことだ。

「ちょっと待って、恭子、あの人のこと狙ってたの?」

食い入るような目で尋ねる私を見て、恭子はけらけらと笑った。

「狙ってたって…そんな大げさなものじゃないでしょ。たかが一度食事に行くぐらい、よくあることよ」

その、たかが一回を実現するのに、私は苦戦しているのに…。

それにしてもあの男、私にはファミセの問い合わせしかよこさないくせに、恭子にはちゃっかり食事の誘いをしていたとは。

どいつもこいつも、恭子、恭子、恭子。

私はこんなにも辛い35歳の現実と闘っているのに、どうして恭子は男たちに囲まれて、余裕しゃくしゃくで人生を楽しんでいるの?

納得のいかない疑問が頭の中をぐるぐると渦巻いていた。



午後からは、オープンしたばかりの新店舗を視察するため、銀座にいた。店にはディレクターや恭子の姿も見える。

その時私は、店内に溢れかえる買い物客の中に、驚くべき人物を発見した。なんと、あの弁護士の男だ。

隣には、20代半ばくらいの、雑誌の読者モデルのような雰囲気の女の子。2人はぴったりと寄り添い、どこからどう見ても恋人同士だ。どうやら最新コレクションのバッグを購入したところのようだ。


弁護士には彼女がいた。ショックを受ける理奈



-彼女がいたのね。ファミセも彼女に貢ぐためだったのか…。

私は動揺のあまり仕事のことはすっかり忘れ、店舗スタッフの後ろにそっと身を隠した。

ところが突然、恭子が人ごみを掻き分けるように、男に向かってつかつかと向かっていった。

そしてにっこりと満面の笑みを浮かべた。

「ご来店、ありがとうございます」

たじろぐ男の様子は気にも留めず、恭子は続ける。

「先日は、ありがとうございました」

すると男は、隣で不思議そうな顔をしている女の子の腕を掴み、逃げるように店から出て行った。


恭子も、無敵のサイボーグではなかった


仕事を終えた私と恭子は、ザ・ペニンシュラ東京内のバー『ピーター』で、カクテルを口にし、一息つく。

「それにしても、あの男には一本取られたわね」

恭子の顔が怒りに満ちている。

「この間食事に行った時に、うちの社販のことを根掘り葉掘り聞いてきて、何か怪しい人だとは思っていたのよ」

いつも冷静な恭子が憤慨している。私は、さっき自分も動揺したことはすっかり忘れて呟いた。

「恭子でも、男の人に負かされることってあるのね…百戦錬磨かと思ってた…」

思わず本音を口にすると、恭子は呆れたように私を見た。

「理奈って私のこと、苦労も努力も知らない人間だと思ってる?この歳になったら、私だって色々あるに決まってるでしょ」

その言葉に、初めて恭子への親近感を抱いた。

「実は恭子のこと、無敵のサイボーグみたいに思ってた!」

私は興奮して続ける。

「でもね、さっきお店であの男を撃退した恭子は、サイボーグじゃなくて、まるでジャンヌダルクみたいだった!堂々としていてかっこよかったよ」

恭子はそれを聞いて、楽しそうに笑い声をあげた。

こんな風に2人で、心から笑いあったのはいつぶりだろうか。私たちはカクテルをお代わりして、女同士の夜を楽しんだ。

いつもより饒舌な恭子の顔色が変わったのは、彼女がスマホをチェックした直後のことだ。

「恭子、どうかした?誰からLINE?」

急に落ち着かない様子になった恭子に尋ねると、目を泳がせて答えた。

「周平君からLINE。仕事のことで今すぐ話したいことがあるって…」

「あのね、恭子。今何時だと思ってるの?仕事の話なら、明日ミーティングルームで聞いてあげれば十分じゃない?」

私は顔をしかめたが、彼女は首を横に振る。

「でも、様子がいつもと違って変なの…私やっぱり行くね!」

恭子はカバンを掴んで急に立ち上がり、走って店を出て行った。

その場に残された私は、呆れて苦笑する。

やっぱり恭子は、相変わらず仕事熱心だ。部下思いも大変だなあ-。

でも、すぐにハッとした。

-それとも、あの2人、何かあるのかしら…。

ぼんやり考えていると、少し離れた席に座っている、上品にスーツを着こなした男性と目があった。

男性が私に向かって小さく会釈をする。

私だって、まだ捨てたもんじゃない。とびっきりの笑顔を彼に向け、会釈を返すのだった。

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恭子を呼び出した周平の一大決心。一体何を話すのか?