北朝鮮がICBM発射実験や核実験を強行したら、米軍が北朝鮮を攻撃すると断言する「専門家」たちも目立ったが・・・。KCNA提供(写真:ロイター)

米朝のチキンレースで、ドナルド・トランプ米大統領は金正恩朝鮮労働党委員長に負けたといえる。北朝鮮が2度にわたる7月の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射に続き、9月3日に過去最大規模となる6度目の核実験強行を許してしまった。

トランプ大統領はこれまで武力行使をちらつかせながら、軍事、外交の両面で「最大限の圧力」をかけてきたが、北朝鮮の核ミサイル開発を一向に阻止できずにいる。むしろ、トランプ大統領が圧力をかければかけるほど、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は挑発や威嚇をエスカレートさせている。

4月には米国が北朝鮮を攻撃するXデーはいつか、といった「米国主戦論」が日米のメディアを中心に盛んになった。北朝鮮がICBM発射実験や核実験を強行したら、それはXデーになると断言する「専門家」たちも目立った。しかし、北朝鮮が2度もICBM発射実験に成功し、過去最大規模の核実験を強行しても、米国は何も手出しができずに終わった。

北朝鮮は弾道ミサイルの発射実験を繰り返す

金正恩委員長は、小型化された核弾頭を搭載し、ニューヨークやワシントンといった米国東部に打撃を与えるICBMの実戦配備を急いでいる。それを実現するまで弾道ミサイルの発射実験を繰り返していくとみられる。現に、北朝鮮の国営メディア、朝鮮中央通信(KCNA)は8月30日、日本上空を通過した中距離弾道ミサイル「火星12」の29日の発射実験を受け、「太平洋を今後の標的として、さらなる弾道ロケット発射演習を実施する」と予告している。北朝鮮は現在、米国との交渉で平和条約や不可侵条約といった「体制保証の約束」を得るよりもむしろ、米中枢部を直撃できる核弾頭搭載のICBMを先に完成させた方が米国との交渉で優位になり、体制の保証に役立つと考えているのだ。

トランプ大統領は、そうした北朝鮮の強硬路線に今後も直面せざるを得ない。トランプ政権は北朝鮮への軍事攻撃の可能性を残しているのか。そもそもトランプ政権のレッドライン(越えてはならない一線)はあるのか。それがあるとしたら、どこになるのか。本稿では、この論点について深掘りしていきたい。

北朝鮮への先制攻撃の可能性が大きく取りざたされた4月中旬、当時のショーン・スパイサー米大統領報道官は「レッドラインについて明確に示す考えはない」と述べた。レッドラインを下手に公表し、北朝鮮がそれを越える行動を起こした時のリスクを考慮したためとみられる。実際、トランプ政権が北によるICBM発射実験や核実験を公にレッドラインとして示していたならば、トランプ大統領の威信失墜をはじめ、今よりもさらに深刻なダメージを受けていただろう。

米国のレッドラインを考えるうえで興味深いトランプ政権高官へのインタビューがあった。米中央情報局(CIA)のマイク・ポンペオ長官は8月13日、米テレビCBSの番組で、トランプ政権がレッドラインを設けたかどうかを問われると、「この政権は、実行する準備もできていないようなレッドラインを設けないことで立派に仕事をこなしている」と述べた。つまり、実行できる限りのレッドラインしか設けないということだ。

そのうえで、ポンペオ長官は次のように述べた。

「米国を危険にさらす」との表現がキーワード

「(大統領が)これまで明確にしてきたのは、金正恩のようなならず者の指導者が米国に完全に届き、米国と世界を危険にさらすような弾頭搭載の弾道ミサイルを保有することが認められないということだ」

「私たちは金正恩に、核弾頭搭載のICBMで米国を危険にさらす能力を保有させることはできない。この使命こそが、大統領が自らの国家安全保障チームに与えたものだ。ミサイル防衛に加え、これこそが大統領が自らのチームに課した」

外交問題を専門とするオンラインマガジン「ザ・ディプロマット」編集者のアンキット・パンダ氏は、上記の米国に「完全に」届くとの表現をレッドラインに入れた背景には、この番組の前月7月に発射された北朝鮮のICBM2発の射程が米国全域にはいまだ至っていないというCIA当局の分析をふまえたものだと指摘している。

さらに「米国を危険にさらす」との表現がキーワードだとし、米国のレッドラインは、既に実現をしてしまった金正恩委員長によるICBM保有から、米国を危険にさらせないようミサイル防衛で守ることにおそらくはシフトしたと指摘している。つまり、北朝鮮を核保有国として認め、ミサイル防衛に注力をせざるを得なくなるとの見方だ。

しかし、米国がこの北朝鮮相手のレッドラインを実行するには、これまでに400億ドル以上を費やしてきた米国独自の弾道ミサイル防衛(BMD)の地上配備型ミッドコース防衛(GMD)システムに多額の追加費用が必要となる、とパンダ氏は指摘。「しかし、北朝鮮相手に悲惨な戦争を始めるよりは、こちらの方が望ましく、安くつくことになるだろう」と結論づけている。

一方、元米国家安全保障会議アジア上級部長で、現在は米戦略国際問題研究所(CSIS)の上級副所長を務めるマイケル・グリーン氏は筆者の取材に対し、「トランプ大統領は、後ろ盾となる準備のないまま、レッドラインを示すことはできない」と述べた。

グリーン氏はレッドラインそのものや、具体的な「準備」の内容を示さなかったが、例えば、軍事作戦を行ううえでのインテリジェンス不足があるだろう。米国がかりに北朝鮮の核ミサイル施設を除去するためにサージカルアタック(局部攻撃)を行おうとしても、北朝鮮は数千個のトンネルを持っており、同国の核施設がある場所を正確に見つけるための情報が完全に得られていない。

米軍は核ミサイル施設のほか、非武装地帯(DMZ)近くに重点配備されている長射程火砲の全てを一気に破壊できなければ、韓国総人口の約半分の2500万人が住んでいるソウル首都圏が北の報復攻撃を受け、まさに北朝鮮が主張するように「火の海」になりかねない。

日本は「ノドン」の集中砲火を浴びかねない

さらに、北朝鮮を攻撃するならば、北の反撃にさらされる韓国と日本の両国の事前承認が得られなければならない。日本は朝鮮有事では後方支援基地としての役割を果たすため、日本のほぼ全土を射程に収める弾道ミサイル「ノドン」の集中砲火を浴びかねない。

北朝鮮はノドン約200発を保有し、核弾頭を搭載することも可能とみられている。経済産業研究所の研究員などを務めたマイケル・ユー氏は、2003年の著書『ウォー・シミュレイション 北朝鮮が暴発する日』の中で、東京・永田町付近に北朝鮮の核ミサイルが着弾した場合の死者は42万人、さらに後爆風や放射能による2次被害者は合計81万人と試算した。

また、米国は北朝鮮攻撃をめぐっては、中露の賛同、あるいは少なくとも黙認の同意を得られていなければ、国連安全保障理事会でのお墨付きも得られず、攻撃の正当性をめぐって国際社会や米議会からの批判を浴びかねない。中国の暗黙の同意がなければ、中国は中朝友好協力相互援助条約に基づき、朝鮮戦争の時のように参戦してくる可能性が高い。1961年締結の同条約には、「どちらか一方が他国に攻撃された場合、もう一方は自動的に他方を助ける」という「自動参戦条項」が盛り込まれている。

また、米政府はこれまで在韓米国人約20万人に対する非戦闘員退避活動 (NEO)の発令はおろか、韓国への渡航について警告などは出していない。米国の北朝鮮攻撃が本気ならば、今すぐにでも退避勧告を出すはずだ。ただし、米国がいざ退避勧告をだせば、北朝鮮がそれを軍事攻撃の前触れと受け止めて、逆に先制攻撃に走りかねないリスクも浮上する。

このほか、米国が北朝鮮攻撃に本気ならば、ブラックアウト(報道管制) や米海軍空母機動部隊の朝鮮半島周辺への集結、さらには三沢、横田、嘉手納の各米空軍基地への戦闘機の集結なども欠かせない。しかし、こうした事態は今春以降、一向に起きていない。

「圧力と対話」が唯一の進むべき道

ジェラルド・カーチス米コロンビア大学名誉教授は筆者の取材に対し、「私たちは核兵器を保有した北朝鮮を受け入れ、同国の核ミサイル計画の凍結や抑制について話さなくてはいけない。圧力と対話が唯一の進むべき道だ。これはうまくいかないかもしれないが、他に策が何もありえないことは確実だ」と述べた。

筆者が東京特派員を務めるIHSジェーンズ・ディフェンス・ウィークリーでは、北朝鮮が8月29日の火星12が地上に与える危険と政治的影響を低減するために、北海道の襟裳岬の上空をわずかに通過する形で発射、日本の領土を越える時間をできるだけ少なくしたとみている。北朝鮮は今後も同じような飛翔コースを利用する可能性が高い。

米国は自国の領土や日韓といった同盟国が攻撃を受けて、個別的、集団的自衛権を発動しない限り、北朝鮮と戦争をするつもりはない。北朝鮮も米国からの先制攻撃を受けない限り、実際に日本や韓国、米国などを攻撃する意思はない。「水爆実験」の成功を受け、平壌では祝賀行事が大々的に行われている。北朝鮮にとって米本土を狙う核ミサイル開発は、カリスマ性に欠ける34歳の若き独裁者の権威付け、実績作り、箔付けが現在のところ主眼になっていると筆者はみている。