【オトナの社会科見学】シェアは実に約30%!人気“教習車”を手掛けるマツダE&Tってどんな会社?

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「初めて自分でステアリングを握ったクルマは何?」と聞かれれば、多くの人が教習車と答えるはず。

海外で運転免許証を取得したといった特殊な状況を除けば、誰もが一度はお世話になる教習車ですが、近年のシェアナンバー1…というよりも、シェアの実に30%ほどが、マツダ「アクセラ」なのだそうです。

ちなみに、教習車には車両サイズや定員に関する規定こそありますが、各種条件さえ満たせば、車種に決まりはないそうです。教習所側としては、市販車を自社で改造するよりも、自動車メーカーが用意する教習用車両の方が導入しやすい、という事情があるかと思いますが、なぜ“アクセラの独壇場”なのでしょうか? その理由を探るべく、教習車の開発・製造を行っている広島のマツダE&T社を訪ねました。

先日ご紹介した“お手軽”キャンピングカー「CX-5 ポップアップルーフ」の記事でも触れましたが、マツダE&Tは福祉車両や教習車の開発・製造を手掛けるマツダのグループ企業です。同社の事業内容は、大きく分けてふたつ。ひとつは、マツダ車全般の車両開発や各種試験。そしてもうひとつが、特装車の企画・開発・生産です。

アクセラの教習車もマツダE&Tが手掛ける車両のひとつであり、マツダの宇品工場内に位置するE&T社のファクトリーで生産されています。特装車の工場というと、どこか町工場のようなたたずまいを想像しがちですが、さにあらず。E&Tは製造部門だけで6500屬箸い工場を有しており、特装車両の開発に当たっては、マツダ本体の開発部門と共同で行っているそうです。ちなみに、最近、街中でも見掛ける機会が増えている軽自動車の福祉車両は、専用の製造ラインが用意されており、なんと1日当たり12台という結構なペースで製造されています。

さて、話を教習車に戻しましょう。2014年3月に販売がスタートした現行型アクセラの教習車は、一般ユーザー向けに販売されるモデルではありませんが、れっきとしたマツダのカタログモデルとしてラインアップされており、同年6月には、初代からの累計生産台数が1万台を突破したそうです。

これから運転免許証を取得しようという人にとって、教習車はドライビングの原体験となるクルマですから、教習所としてもクルマ選びは慎重に行います。そんな中で、アクセラの教習車がこれほど厚い信頼を得ているのはすごいことだと思いますが、マツダE&Tの工場で実車に触れてみると「なるほど、納得!」と思わされる部分が多数ありました。

ベース車となるアクセラのセダンは、全長4580mm×全幅1795mmというボディサイズからも想像できるとおり、大き過ぎず、小さ過ぎず、街中でも扱いやすいクルマ。アクセラの教習車は、そんなベース車に補助ブレーキや補助ミラーを取り付けただけでなく、アクセラ本体の開発段階から、各種専用装備の装着を前提に設計しているのだそうです。

もちろん「教習生が乗りやすく、正しいドライビングを身につけ、そして、クルマ本来の楽しさを感じて欲しい」というのが、マツダが専用車を開発している最大の意図なのですが、加えて、指導員の使いやすさにも配慮しているとのこと。

例えば、教習車用装備を装着しやすいよう、フロアパネルの一部が専用品に変更されていたり、共用部品も大きな加工を施さず、装備を装着できる設計になっていたりするそうです。指導員席のお馴染み“補助ブレーキ”にしても、素早い操作ができる位置に配置されるのはもちろん、長時間に渡って乗車する指導員が疲労を感じることがないように、フットレストのレイアウトなどが最適化されています。

また、灯火類の作動状態やスピードを表示する“指導員用モニター”も、視認性や操作性にこだわりつつ、ダッシュパネルと一体感のあるデザインとするなど、細部まで手抜きなしのこだわりぶりなのです。

そして、何よりも注目すべきはそのエンジン。現行のアクセラといえば、最新のスカイアクティブテクノロジーを採用したエンジンとトランスミッションを搭載。後者のラインナップも、6速MTまたは6速ATという設定です。でもアクセラの教習車は、輸出向けに継続生産されている従来型の1.6リッターエンジンを搭載しており、トランスミッションの設定も、5速MTと4速ATという組み合わせ。さらに、教習車として扱いやすいよう“アイドリングストップ”機能や“坂道発進アシスト”機能を非装着とし、専用の低速チューニングなどを施しています。

その理由は、最新のテクノロジーに頼ることなく、基本的な運転操作をしっかり身につけてもらうため、というのがまずひとつ。さらに、発進と停止を繰り返し、低速走行が多い教習車の特性を考え、扱いやすさに加えて整備性や耐久性も考慮した結果でもあるのだとか。確かに、最新の6速ATはシームレスで滑らかに変速しますが、教習においては「今は何速?」、「あ、今シフトアップしたな」といった分かりやすさも、また重要なのです。

正直いって「そこまでやる!?」というほどの“作り分け”ですが、E&T社とマツダの開発チームの思いはしっかりと教習生にも伝わっているようで、教習所に「免許を取ったらアクセラに乗りたい」との声が寄せられることも、少なくないのだそうです。

アクセラ教習車の例から、E&T社はマツダ本体と緊密に連携しつつ、特装車両の開発・製造を行っていることがお分かりいただけたかと思います。ここからさらに、同社の技術力が発揮された注目モデルを2台、ご紹介しましょう。

まずは「アテンザ」のオープンカー。報道や情報番組などでご覧になったことがある人も多いかもしれませんが、この特別仕立ての1台は、広島東洋カープの優勝パレードや、東京消防庁の出初め式などにも登場したことのあるクルマ。

もちろん、パレード用という特別用途のクルマではありますが、ただ単にルーフを切ったり、貼ったりしてつくられたモデルではありません。例えば、リアシート前方のロールバーは、車両剛性の確保に有効なのはもちろん、後席に乗る人が立ち上がった状態で体を保持する際、手でしっかりとつかめるよう“くぼみ”が設けられているのです。

また、後席のフロア部はかさ上げされているほか、シートの座面も底上げされているので、後席に座る人の顔が沿道からしっかり見えるよう配慮されています。

フロアは、補強バーの採用などに加え、サイドシルに発泡剤を注入するなど、優雅な車体デザインを崩さないよう、できるだけ見えない部分で強度アップを図っています。もちろんパレード用ですから、長距離を走ることも、高速でコーナリングすることもありませんが、市販車と同様、クオリティが追求されていることがうかがえます。

実車を間近で見る機会はさほど多くないと思いますが、テレビ番組やパレードなどでアテンザのオープンカーを見掛けた際には、そのディテールに注目してみてはいかがでしょうか。

さて、E&T社が手掛ける特装車両の中でも、私たちが目にする、また、実物に触れる機会が多いモデルといえば「スロープ式車いす移動車」や「リフトアップシート車」などの福祉車両かもしれません。

現在は、1日当たり12台前後が生産されるE&T社の福祉車両ですが、工場では完成した市販車両をベースに、さまざまな福祉用装置を装着する作業が行われています。

中でも需要が多く、車体加工が必要となる軽自動車「フレア ワゴン」の車いす移動車には、専用のラインが用意されており、その作業工程はさながら、小さな自動車工場のよう。このラインは車両の分解、加工、部品の取り付け、仕上げなどの工程に分かれており、工程ごとに担当者が作業を行います。

注目すべきは、完成車の分解・加工のパート。車両後部の切断には、コンピューター制御のレーザー切断機が導入されていて、とりわけ難しく、手間のかかる車体加工が、正確無比、かつスピーディに行われていきます。

また、新たに装着するスロープ部分やフロア部分、専用のリア車軸などは、工作設備の整った専門の工程で製造されていて、こちらも量産車と変わらない品質が確保されています。

教習車と同様、販売に当たっては、自動車メーカー製の新車という扱いになりますから、高い安全性が求められますし、品質についても一切の妥協は許されないのも事実でしょう。E&T社では、こうした高い要求水準に応えるために、最新の工作機械など設備の充実にも力を注いでいるのです。

マツダE&Tが手掛けるクルマは、教習車、オープンカー、福祉車両……と多種多様。また、運転する人や乗る人、使用される状況も、一般的な市販車とは少々異なります。でも“楽しい”、“心地よい”というベーシックな魅力を備えているのはもちろん、教習車の“乗りやすく分かりやすい”や、福祉車両の“使いやすくて便利”といった、ユーザー本位のモノづくりが追求されている点は、マツダ車にも通じる魅力でしょう。

まさに、マツダE&Tが手掛ける車両は「クルマは単なる道具ではなく、かけがえのない存在である」という、マツダイズムの象徴なのかもしれません。

(文&写真/村田尚之)