覗けば深い女のトンネルとは? 第39回「コンプレックスは持ちよう、プライドは見せよう」

 

少女マンガをはじめ、女性向けの作品では、トラウマを抱えていたりコンプレックスを持っている男性が人気です。人は、社会で生きる痛みを知らずに大成すると、どうしても弱者を見下しがちです。一部の女性の間では「高学歴で高収入の男性は、女をバカにしていて嫌いだ」という意見があります。

 

だけど、どんなに大成していても、それがコンプレックス故の結果なら、いい気になることはなさそうです。女性よりも一般的に共感力が高くないと言われる男性ですが、痛みの経験があれば、女に寄り添うことができるのかもしれません。

 

というわけで今回は、トルコの語学学校のクラスメートだったセイフくんの話を。

 

和久井は3年ほど前、イスタンブルのトルコ語学校に1か月間通ってました。そこで偶然隣の席になったのがセイフくんです。

 

彼が教室に入ってきた瞬間、アジア系の顔立ちをしていたので「ウゲ、日本人かな」と思ってガックリしました。だって、語学学校で日本人とつるんでいたら勉強にならないじゃないですか。近くに寄るな、しっしっ! と思っていました。

 

しかし彼は、和久井の隣の席を選んで座ったのです。思わず舌打ちする和久井。だけどすぐに彼はフランス人であることがわかり、安堵しました。

 

そして安堵どころかセイフくんの隣席である幸福感を、和久井は授業中に満喫することになるのです。

 

セイフくんは、和久井が鉛筆を落とすと、サッと拾ってくれます。

 

和久井が授業後に理解できなかったところを先生に聞いていると、その様子をじっと見つめています。

 

クラスの先生はトルコ人で、英語がそれほど堪能ではありませんでした(もちろん日本語はゼロ)。彼女が説明に困ると、スッとセイフくんが解説してくれるんです。そしてそれがわかりやすい。

 

この、困ったときに困ったところをピンポイントで助けてくれるセンスの良さ!

 

こういうのって、ちょっとでも出しゃばったらダメなんです。先生の手前もありますね。出しゃばりすぎたら、彼女の顔をつぶすことにもなりかねません。

 

それに「俺すごいだろ?」みたいな気持ちが見えたら台無しです。

 

彼はきっと、「この人は何を困っているんだろう? どうすればいいのかな?」ってことを考えてくれていたのでしょう。ここ、めっちゃポイントです! 彼は「和久井の困っていることを想像して」助けてくれるんです。

 

和久井を落とそうなどという野卑たことは考えずに、また眼中にない女はスルー、なんて即物的なこともせずに、優しく手を差し伸べてくれるんです。雨のなかの捨て犬をかわいがる少女マンガのヒーローみたい……!

 

彼の控えめな姿勢は、出生に秘密がありそうでした。

 

お母さんが韓国人で、お父さんがフランス人のセイフくんは、アルジェリアで生まれたそうです。顔立ちはアジア人そのものでした。彼は自分を「何ものでもない」と言っていました。アルジェリアではもちろん現地の人間には見られない。フランスに行ってもフランス人には見られない。かといって韓国語も話せない。

 

どこへ行っても自分の居場所がないという、彼の孤独にがぜん妄想が膨らみました。「私が、あなたの孤独を癒してあげる……!」と、セイフくんの彼女が思ったかどうかは知りません。

 

残念ながら彼ほどのいい男を世の女性が放っておくわけがなく、トルコ人の彼女と同棲中とのこと。彼女と深くコミュニケーションを図るためにトルコ語を習いにきていたんですね。そういう真摯な姿勢もまた萌えです。

 

日本に帰ってから1年後、Facebookが「今日はセイフくんの誕生日です」と知らせてきたので、メッセージを送ってみました。

 

すると「ありがとう。僕は彼女と結婚して、いまはニューヨークにいます」といういらない情報がきました。でもこの一途な感じも素敵です。その思いが自分に向いていたらどれほど幸せだったでしょうか。

 

コンプレックスは持ちよう、プライドは見せようです。自分の持つコンプレックスは、いいほうに活用して共感力を高め、心優しく気遣いのできる人になりたいものです。