ウエンツ瑛士が語る、映画『禅と骨』で得た新たな価値観 「はじめての“格好良さ”に出会えた」

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 2006年公開の映画『ヨコハマメリー』で文化庁記録映画部門優秀賞など高い評価を得た中村高寛監督が8年の歳月を費やして完成させた映画『禅と骨』。本作は、日系アメリカ人ヘンリ・ミトワの波乱に満ちた生涯を、ドラマパート、アニメーションを交えながら映しだした“ドキュメンタリー”映画だ。

 この度、リアルサウンド映画部では、ドラマパートで若き日のヘンリ・ミトワを演じたウエンツ瑛士にインタビューを行った。横浜でアメリカ人の父と、新橋の芸者だった母の間に生まれ、戦時中は敵性外国人として日系人強制収容所で過ごしたミトワを一体どう演じたのか。本作への出演の経緯から、演じたミトワへの思い、自身の出自に関するパーソナルな一面まで、たっぷりと語ってもらった。

■「中村監督の執念が残像として映像に焼き付いている」

--完成した本作を観たときの感想は?

ウエンツ瑛士(以下、ウエンツ):出演している立場ではありますが、こんなにも“魂”が映し出されていることに驚きました。ヘンリ・ミトワという傑物の人生、そしてヘンリさんにカメラを向けた中村監督の執念が残像として映像に焼き付いている。こんな映画、なかなかないと思いますし、出演できたことを改めてうれしく思いました。

--ウエンツさんのイメージとして、バラエティ番組などで活躍されているコミカルな姿が思い浮かぶ人は多いと思います。それだけに、本作に出演されているという情報を知ったときは驚きがありました。出演はどのような経緯で?

ウエンツ:中村監督から「ヘンリさんに似てるんです。だから出演して下さい!」と熱いオファーをいただきました。で、「ドラマパートを入れようと思います」と。でも説明だけではよく分からなかったんです(笑)。ドキュメンタリー映画なのにドラマパート?って感じで。でも、映画の内容や細かいことはおいておいて、中村監督の情熱がとにかくすごかった。「今、この作品を撮らなきゃいけない」という気持ちがすごく伝わってきました。この熱い魂に乗らないわけにはいかないなと。撮影現場でも、スタッフさん全員が中村監督の思いを共有していて、すごく良い現場に参加させてもらえたなと喜びがありました。

--ヘンリ・ミトワさんは、日系アメリカ人として生まれ、1940年に渡米、戦時中は敵性外国人として強制収容所で過ごしながら、1961年に日本に帰国。その後は、茶道・陶芸・文筆とマルチに才能を発揮し、京都嵐山・天龍寺の禅僧として過ごす……波乱に満ちた生涯を送った方ですが、そんな方を演じることへのプレッシャーは?

ウエンツ:お話をいただくまでは存じていなかったのですが、本当にすごい方ですよね。でも、ドラマパートを撮影するときは、監督から「ヘンリさんになって下さい」というよりも、意識をしないで素のままでもいいと言って下さいました。日本で生まれ育ちながらも、父親はアメリカ人という境遇は似ているわけだから、演じることをしなくても、通ずるものがあるはずだからと。たぶん、顔が似ているということは、同じ考え方や生き方をしている部分があるだろう、というのもあったと思います。もちろん、ヘンリさんと僕では生きている時代が違いますが、僕とヘンリさんに共通性をみたから中村監督も起用してくれたのかなと。最初のラッシュを観た時、こんなすごい人の若い頃を演じてたんだなあと思いました(笑)。中村監督が捉えたヘンリさんの姿を観ていると、たまに人としての形を成してないんじゃないか、という瞬間がありました。魂だけが独り歩きしているような。かと思えば、その魂がガーッと燃え上がるような感覚もある。人間としての芯の強さがこんなにも見える方は初めてでした。ヘンリさんの生きた時代がそうさせたのか、そうでないと生きられない運命だったのか…どんどん知りたくなる、とても魅力的な方だと思います。

--ヘンリさんが青年時代を過ごした時代は第二次世界大戦の真っ只中です。“外国人”という意識が他国に比べてどうしても強い日本の中で、彼がどう生きていったのか、その生き様を観ていると、戦争というものを改めて考えさせられました。

ウエンツ:ヘンリさんは、アメリカ人と日本人のふたつの血を持って生まれたことに対する負い目のようなものは持っていませんよね。アメリカ人、日本人といった国籍での区別はまったくなくて、常に“人”として生きている。

--中村監督がウエンツさんを若かりし頃のヘンリさんに指名したのも、ふたつの血という共通点を持っている点があったと思います。ウエンツさん自身も、演じる中で改めて出自を考えることはありましたか。

ウエンツ:外見は外国人に見える、でも喋る言葉は日本語。戦時中の方々はいろんな苦しい思いもされたと思います。今の時代に、ふたつの血を持っている僕が当たり前のように暮らせる。それはヘンリさんたちが過ごしたあの時代があったからなんだ、ということを改めて作品を通して思いました。

■「31年生きてきた中で、初めての“格好良い”を味わいました」

--ドラマパートでは、余貴美子さん、永瀬正敏さんと共演していますが、現場ではいかがでしたか。

ウエンツ:僕はそんなに映画作品に出演しているわけではないですし、これまでいわゆる“単館系”作品には出演したことがありませんでした。余さん、永瀬さんから、そういった作品の中での佇まい、一緒に映画を作っていくという感覚を学ばせていただいた気がします。本当に貴重な経験でした。

--ヘンリさんはなんでもこなす方でした。ヘンリさんのバイタリティと、マルチに活躍するウエンツさんとも共通性があるのかなと感じました。

ウエンツ:ヘンリさんはなんでも挑戦して行動している一方で、“捨ててきた”方でもあるのかなと。それをどっちなんだろう?と考えながら完成した作品を観ていました。興味が移っていく感じは一緒なのかも。僕も一貫していない部分はどうなのかなと思いつつも、いろんなことをやらせていただけることは本当に有り難いです。間違いなく、どの仕事もほかの仕事に繋がっているので。もっともっとやりたいこともいっぱいあります。

--ウエンツさん自身はハーフという出自で、自らの“居場所”というものを考えたりしたことは?

ウエンツ:思ったことがないですね。今の仕事をしていなければ思ったかもしれません。父方の祖父母も誰も会ったことがないので。ただ、ふと思い立って祖父母の故郷であるドイツに一人旅をしたことがあるんです。それまでも海外旅行をしたことはありましたが、あくまで“旅行”だったんです。でも、ドイツだけはものすごく居心地がよくて、ずっとここにいられるってこういうことなのかなという気持ちを初めて味わったんです。思い返すとなぜドイツに行こうかと決めた理由もわからなかったぐらいで。それまで自分の出自というものをほとんど考えていなかったのですが、そのときは感じざるをえませんでした。異国のはずなのに故郷の感覚がある。記憶でもなんでもないのに。ただ、悲しい気持ちは全然なく、僕はラッキーだと思いました。

--この映画に出演してどうでしたか。

ウエンツ:自分が31年生きてきた中で、初めての“格好良い”を味わいました。題材となったヘンリ・ミトワという人間の生き様、本作を手掛けた中村監督をはじめとしたスタッフの方々の男気、そしてそんな方々に作っていただいたこれまでとは全く違う自分。これまで自分の周りにあった格好良い、自分自身が思う格好良い、ではない新しい価値観を教えていただきました。はじめての“格好良さ”に出会える作品になっていると思います。

(取材・文=石井達也)