ブースト型原爆とみられる核弾頭の模型を前に、笑顔を浮かべる金正恩(右から3人目)(写真=EPA=時事)

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核兵器に弾道ミサイル、海からの補給を阻む新型対艦ミサイル……。朝鮮半島での武力衝突も見越し、北朝鮮は自分が有利に戦える武器と土俵を着実に整えつつある。イラクやシリアがそうだったように「空爆」だけでは戦争は終わらない。日米韓は、捨て身で向かってくる北朝鮮に対抗できるのか――。

■国連の追加制裁も金正恩には無意味

9月2日の北朝鮮の核実験を受けて、国連安全保障理事会では緊急会合が招集された。アメリカは安保理の新たな追加制裁決議で、金正恩が折れるのを待っているようだ。しかし、金正恩は体制の安全が保証されない限り、姿勢を変えることはないだろう。

北朝鮮の動きを分析すると、そこからは暴走とは程遠い、むしろ緻密に計算された脅しのステップを見てとることができる。脅しの技術、すなわち核兵器とその運搬手段の完成を目指し、北朝鮮は一歩一歩、着実に賭け金を積み重ねている。確かに綱渡りの危険なギャンブルではあるが、北朝鮮という国家、いや金正恩の命運がかかったものだけに、全体の動きは実に慎重に注意深く進められている。

世界最強のアメリカ軍といえども、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を100%迎撃可能な手段は持っていない。仮に、北朝鮮が現在保有する火星12号や火星14号よりもさらに射程が長く、かつ多弾頭化されたICBMが完成に至れば、アメリカは危機の瀬戸際に立つことになる。もっとも、火星12号や14号のロケットエンジンは、元はウクライナから流出した技術といえわれ、北朝鮮の技術力ではこれ以上の拡大発展は容易ではないだろう。となれば、射程6000kmを超える弾道ミサイルの戦力化には困難が伴うだろうから、北朝鮮は手持ちのカードの強化に力を入れていくはずだ。

■ミサイルはなぜ北海道上空を横切ったか

8月29日、北朝鮮は火星12号と見られる中距離弾道ミサイルを発射。北海道を横切るコースを飛翔して襟裳岬の東方約1000kmの海上へと落下させた。この発射は飛翔距離の短さから失敗であったと考えられるが、北朝鮮が外交カードの強化を目指す考え方がよく見てとれる。

北朝鮮は火星12号を「グアム攻撃用戦略兵器」と位置づけている。北朝鮮から長距離ロケットを発射する場合、距離を稼ぐことを優先するなら、地球の自転を利用して真東に打ち出すのが有利だ。だが日本の本州を横切るコースで発射すると、制御不能となった場合にグアムやハワイの方向にそれる可能性があり、そうなるとアメリカに間違ったメッセージを送ってしまうリスクがある。

また北寄りに発射した場合は、無事に飛翔してもロシアの領空を通過するし、無事でない場合はロシア領内のどこかに落下する危険性がある。そのような事故が起きれば、北朝鮮の技術的な宗主国であるロシアの後ろ盾を失いかねない。結果、8月29日の火星12号発射は極めて限られた「狭い回廊」を飛ばすこと専念したと見られる。

8月29日に打ち上げられたミサイルは、おそらく弾頭を想定した開発中の再突入体を搭載し、その重量も最大ペイロードになるよう設定したものと思われる。その状態で、最も効率的な軌道で発射したときの飛行状態や射程をモニターし、加えて弾頭部の再突入テストも試みたのだろう。

また、青森県津軽郡の航空自衛隊車力分屯地には、アメリカ陸軍が運用する終末高高度防衛ミサイル(THAAD)用のXバンドレーダーが設置されている。その目と鼻の先を横切ることで、外交カードのひとつである火星12号の存在と完成度の高さを誇示し、併せて日米側の防衛体制の情報収集も行ったのだろう。

■通常戦力より核戦力の充実を優先

北朝鮮の一連の動きには、アメリカと対峙するなかでいかに自国に有利な形を作るかという意図が見え隠れする。アメリカには、仮に地上戦に突入したとしても勝てる自信がある。いら立ちが沸点に達した北朝鮮が先に38度線を越えれば、むしろ真珠湾と同じ構図で、アメリカ側が戦いの主導権を握れると考えている。片や北朝鮮は、そうはさせまいと通常戦力での戦いを避けるべく、戦略兵器の完成を急ぐ。

9月3日の核実験は、まさにそうしたシナリオの1ページといえる。推定される核出力は、防衛省の当初予想によれば70ktという微妙な数字で、もし爆縮型の核分裂爆弾であれば理論上の最大値には達しているが、サイズ的には乗用車ほどにもなり、とても弾道ミサイルに搭載できるような代物ではない(9月6日、包括的核実験禁止条約機関は今回の核実験による地震のマグニチュードを当初発表より上方修正。これを受けて防衛省も、爆発規模の推定値を160ktに引き上げた)。

ところが、核実験に先立って研究施設を訪れた金正恩の前には、説明用とおぼしき核弾頭の模型が置かれていた。その模型は、構造的には現代の核弾頭で広く用いられるブースト型原爆(核分裂を起爆に用い、それによって発生した小規模な核融合反応によって核分裂を促進させる)を示しており、それが本当に完成の域に達していたとすれば、弾道ミサイルに搭載できる可能性は一気に高まる。原料となるプルトニウムの節約を図りつつ小型化とのバランスを試みたとすると、核出力の規模にも説得力がある。これに弾頭の再突入技術が伴えば、アメリカを脅すための兵器が完成することになる。

■中国に学んだ? アメリカへの対抗戦略

こうした北朝鮮のステップは、かつての政治的宗主国である中国が長らく行ってきたことに似通っている。中国は通常戦力の近代化を捨ててまで核戦力の整備を行い、それが完成してから軍の近代化に着手した。その結果として海軍力を拡大し、アメリカやその同盟国が大陸沿岸に接近するのを阻止する戦略を進めるようになった。

北朝鮮が中国の手口を真似ているとおぼしき事例は他にもある。中でも注目すべきものが、2017年5月29日に発射した、対艦弾道ミサイルとされる新型ミサイルだ。

中国は、実用化された唯一の対艦弾道ミサイルとしてDF-21Dを保有する。有事の際、米空母機動部隊に向けて発射されたDF-21Dは約1700kmを飛翔、弾頭部はアクティブレーダーホーミングによって目標へと誘導される。恐ろしいのは、この弾頭を高高度で破砕させることによって、目標艦隊の上空に超高速の破片をまき散らせるという点だ。現在の戦闘艦はレーダーを始めセンサー類の存在が非常に重要で、その機能を失うことは五感を遮断されるに等しく、射撃管制も困難になって、いわば丸腰の状態となる。実際に、米海軍はDF-21Dの登場以降、各艦艇の間隔を広く空ける運用を行っており、これは対艦弾道ミサイルに対抗するためのシフトだと考えていいだろう。

北朝鮮の対艦弾道ミサイルはこれの小型版と考えてよく、実運用に至れば、アメリカや韓国の艦艇が朝鮮半島沿岸部に接近するのをためらわせる効果がある。加えて北朝鮮は以前から短距離の対艦ミサイルの装備化を進めており、潜水艦を使った機雷敷設と併せて、多層化された対艦シフトを作りつつあるようだ。5月29日の発射実験では、ほんの数日前まで米空母が行動していた海域に向けて撃ち込んだという話もあり、ある筋の情報によれば、対抗措置として爆装した艦載機が直ちに米空母より発艦、38度線に向けて急接近する示威行動もあったという。

■「第二次朝鮮戦争」北朝鮮はこう攻める

この先、大規模な紛争が勃発、北朝鮮が先に南進を開始したと想定した場合は、開戦と同時に釜山への集中的な短距離弾道ミサイル攻撃が行われ、同じく韓国の首都ソウルへの集中砲火が行われる可能性が高い。併せて韓国軍に浸透したスパイによるクーデターも発生すれば、意外と短期間のうちに半島全土が制圧されるかもしれない。

この状態で停戦交渉が発議され、その席で北朝鮮側から核拡散防止条約(NPT)への加盟や民主的な選挙制度の導入などが提案されれば、アメリカとしては非常に分が悪い。当然、中国とロシアはその提案を全力で支持するだろう。

■自衛隊や日本のインフラへのテロも

「前回」の朝鮮戦争時(1950年〜)の経験を顧みれば、北朝鮮の失敗は、国連軍の釜山橋頭堡をあと一歩でつぶせなかったこと、加えて北朝鮮軍の背後の補給線を断った仁川(インチョン)上陸作戦を国連軍に許してしまったことだ。

北朝鮮の現在の兵器開発は、そうした負の経験をフィードバックしたものであり、アメリカ軍を始めとした国連軍がそれに対して有効な手だてを取れるかは、決して楽観できない。イラクやシリアを見れば分かるように、空爆だけでは戦争の終結には至らず、かといって対艦ミサイルの脅威によって艦艇部隊の沿岸への接近が困難な状態では、国連軍側の兵力への効率的な後方支援も難しくなるからだ。補給線の破壊の一環として、自衛隊やわが国の公共インフラに大規模なテロ攻撃が行われる可能性も非常に高い。

このまま経済制裁の度合いを深めていった場合、資金難に陥った北朝鮮が、「核の横流し」という最悪の行為に走る可能性もある。ここまで北朝鮮の核戦力が成長してしまった以上、対抗する側が先手を取って、弾道ミサイルの発射機すべてを一瞬にして葬る作戦を取れなければ勝機はない。「斬首作戦」などと、世迷いごとを言っている場合ではなくなってきたのだ。

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芦川 淳(あしかわ・じゅん)
1967年生まれ。拓殖大学卒。雑誌編集者を経て、1995年より自衛隊を専門に追う防衛ジャーナリストとして活動。旧防衛庁のPR誌セキュリタリアンの専属ライターを務めたほか、多くの軍事誌や一般誌に記事を執筆。自衛隊をテーマにしたムック本制作にも携わる。部隊訓練など現場に密着した取材スタイルを好み、北は稚内から南は石垣島まで、これまでに訪れた自衛隊施設は200カ所を突破、海外の訓練にも足を伸ばす。著書に『自衛隊と戦争 変わる日本の防衛組織』(宝島社新書)『陸上自衛隊員になる本』(講談社)など。

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(防衛ジャーナリスト 芦川 淳 写真=EPA=時事)