永井秀樹「ヴェルディ再建」への道(4)
〜あの夜、彼が伝えたかったこと(後編)

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試合ではカズ、ラモス氏との連係からゴールを決めた永井秀樹

強かった頃のヴェルディ
その空気感を伝えたかった

 8月14日、西が丘サッカー場。永井秀樹(東京ヴェルディユース監督兼GM補佐)の引退試合、『VERDY LEGENDS』vs『J LEGENDS』が行なわれた。

 試合前のロッカールーム。永井は、『VERDY LEGENDS』の一員に加えたヴェルディの若手、澤井直人(22歳)と井上潮音(20歳)を部屋に招き入れた。永井が現役だった昨季まで、練習後の自主トレーニング”永井塾”で面倒を見ていた有望株でもある。

「強かった頃のヴェルディの選手は、『こうやって試合に集中していくのか』『こういう雰囲気だから、強かったのか』という空気感を、これからのヴェルディを担う若手に伝えたかった。これは、実際に肌で味わって、経験しないとわからないことだから」

 ロッカールームでは、すでに試合前のミーティングが行なわれていた。ホワイトボードの前では監督を務める松木安太郎氏が、カズ(三浦知良)や武田修宏氏、北澤豪氏ら「黄金時代」を築いたそうそうたるメンバーにゲームプランを説明していた。そんな中、エースナンバー「10番」のユニフォームを着たラモス瑠偉氏は、松木監督に遠慮なく意見をぶつける。

 最初は同窓会的な雰囲気で和やかだったロッカールームも、試合開始が近づくにつれて、張り詰めた緊張感が漂い始めていた。すると……。

「ふざけんじゃないよ!」

 ロッカールーム内で怒号が飛んだ。前座試合(国見OB対帝京OB)にも出場し、本番の前半は『J LEGENDS』のメンバーとして出場する永井が、この場にいないことに気づいたラモス氏が大声で怒鳴り散らしたのだ。

「永井はなぜいない!? 俺たち、最高のプレーを披露するんじゃないのか!」

 澤井と井上は、直立不動のまま動けなくなった。

 公式戦ではなく、あくまでもエキシビションマッチ。しかし、ユニフォームを着て、ファンの前でプレーする以上、最高のプレーを披露する――それが、ラモス氏の信念である。60歳、還暦を迎えても、ラモスはラモスだった。

 熱く、激しく、誇り高く、どこまでも真剣にサッカーと向き合う。本物のプロフェッショナルの姿を、若いふたりは目の当たりにした。

「5万人以上の観客の前でプレーするプレッシャーは、経験した者にしかわからない。どんな大会、試合、トレーニングマッチでも、もっと言うと、日々のトレーニングの中でも、プロとしての意識、厳しさがある。若い頃、そういう雰囲気の中で過ごしたことで、自分の中でのプロの基準は高くなったし、おかげでその後、一切妥協を許さなくなった。仲よしこよし集団にいて、チャンピオンチームになれるわけがない」

 そう語る永井。「本当はもっと多くの若い選手たちに、ラモスさん、カズさんをはじめ、『黄金時代』と呼ばれた頃のヴェルディの選手がいるロッカールームの雰囲気を経験させたかった」と残念がった。

 黄金期のヴェルディの”本物の雰囲気”を肌で感じること。当時のメンバーたちと一緒にロッカールームで過ごし、同じピッチレベルで試合を見て、その時間を共有すること。それが、「(若い選手たちの)その後のサッカー人生に多大な影響を与えてくれる」(永井)と確信していたからだ。


『VERDY LEGENDS』のロッカールーム。最初は和やかな雰囲気だったが...

 実は、ヴェルディの未来を創っていくべき若手選手のために、永井は『VERDY LEGENDS』のユニフォームをサプライズで準備していた。しかし残念ながら、澤井と井上、そしてGKの柴崎貴宏以外は参加できなかった。それはこの日、最高の舞台で花道を飾ることのできた永井にとって、唯一の心残りとなった。

 ピッチ脇には、永井が現在指導しているユースで活動する選手たちの姿もあった。永井が言う。

「言葉でいくら説明しても限界がある。『じゃあ、実際に見せたらいい』と思った。自分たちの監督の引退試合だから、ということではなくて、自分が常日頃から伝えている『ヴェルディがどれだけ強かったか』『その強かった時代を、おまえたちの力で取り戻せ』という話の意味を、ユースの選手にも心から感じてほしかった。

 とにかく、ピッチに一番近い場所で、選手たちの声も聞こえる場所で、(黄金時代のヴェルディの雰囲気を)体感してほしかった。お客さんの反応もピッチにいればよく見えるしね。そうして、選手たちはそれぞれ、感じ取ったものがあったと思う。後日、『僕たちで新しいヴェルディを作ってみせます』と言ってきた選手がいたんだけど、それが心底うれしかった」

「ヴェルディらしいサッカー」なんてない
当時のメンバーだからできたこと

 午後6時30分、うっすらと明るさが残る西が丘サッカー場に、試合開始を告げるホイッスルが鳴り響いた。

 試合が始まると、ラモスはピッチ上でも熱かった。真剣に、最高のプレーを披露した。昨年末に脳梗塞で倒れ、今も体調は万全とは言えない。だが、ひとたびピッチに立てば、衰え知らずの華麗な技を次々に繰り出した。

 ラモスに呼応して、カズが動き出しパスを交換する。北澤が縦にドリブルを仕掛ければ、武田はゴール前でチャンスをうかがって、きっちりと得点を決める。まさしく黄金期のヴェルディを彷彿とさせる抜群の距離感、パスワークとリズムとテンポ、絶妙なプレーの連続に、スタンドは大いに沸いた。

「ラモスさんがボールを持てば、どこに動けばいいか。カズさんはどこのポジションを取るか。皆、言葉を交わさなくても自然とできるのが、『黄金時代』のヴェルディ。何も指示されなくても、理想の距離を作れる。トントントンとボールを回せて、理想的なリズムが勝手に完成する。何年経っても、その感覚は変わらない。

『ヴェルディらしいサッカー』ってマスコミは言うけれど、結局、当時のメンバーでなければ、あのサッカーはできない。Jリーグが開幕してからの何年間かだけだよ、いわゆる『ヴェルディらしいサッカー』ができたのは。だから強かったし、チャンピオンチームにもなれた。

 それ以降は、メンバーも変わってしまった。ユニフォームはヴェルディかもしれないけれど、中身は全然違った。『ヴェルディらしいサッカー』なんてない。それを(誰もが)わからないといけない」

 永井とラモス。”師弟関係”による最大の見せ場は、後半16分に訪れた。

 1点を追う『VERDY LEGENDS』は、左サイドにいたカズが中央の北澤にパス。北澤がすぐさまラモスへ預けると、ラモスはゴール前に走り込んだ永井に絶妙な浮き球のパスを送った。流れるような展開からボールを受けた永井は、そのまま右足を綺麗に振り抜いてゴールネットを揺らした。 

「黄金時代」のヴェルディの攻撃がよみがえったかのようだった。このとき、西が丘サッカー場はこの日一番の盛り上がりを見せた。

 ゴールを決めた瞬間、永井の脳裏には昨季のこと、2016年6月8日のFC岐阜戦が頭に浮かんだ。岐阜の監督はラモス。会場は奇しくもこの日と同じ西が丘だった。

「ケガをして開幕に間に合わず、シーズンスタートから3カ月かかって、ようやく途中交代で試合に出場したあの日、実は(この日のゴールシーンと)まったく同じシーンがあった。でも、あのときはパスの出し手はラモスさんではなく、井上潮音だった。潮音のパスは自分のイメージよりも、ほんの少しボールが浮いていてコントロールが難しく、決定機寸前まではいったけど、ゴールを奪うことはできなかった。

 それが今回は、パスの出し手がラモスさん。ラモスさんは自分が一番コントロールしやすい位置、コントロールしやすい強さで、絶妙なボールを出してくれた。『この違いだな』と思って、すごく感慨深かった」

 無論、20歳の井上と、日本代表でも「10番」を背負い、圧倒的なカリスマ性を持ったラモス氏とを比較するのは酷な話だ。だが反面、永井のこの感想は井上に対する期待でもあるのだろう。将来のヴェルディを担う彼が、ラモスからのパスを決めた永井の姿を見て、何かつかんでくれることを願っているに違いない。

 試合終了後のセレモニー。永井は場内を一周して、観戦に訪れたすべての”サッカーファミリー”にお礼の気持ちを伝えた。そして最後に、ヴェルディサポーターの待つスタンド前で足を止めた。

 サポーターから「ひと言、お願いします」と声をかけられると、永井は笑顔で拡声器を受け取ってこう語った。

「今日で、サッカー選手としては卒業しました。ヴェルディを思う気持ちは、みんなと同じです。みんなとともに、このヴェルディを必ず再建して、チャンピオンチームにしましょう」

 少年時代、永井の夢は「W杯に出場して世界の舞台で活躍すること」だった。その夢が叶うことはなかった。しかし、25年という長きにわたって現役を続け、子どもの頃から憧れだった緑のユニフォームを再び着て、最後のときを迎えることができた。そして今、永井は「新生ヴェルディの再構築」という大きな仕事を託され、休むことなく指導者の道を歩み始めている。

 引退試合を終えて、永井と待ち合わせをした赤坂のレストランに向かおうとしたとき、周囲は土砂降りの雨に見舞われた。

『奇跡』という言葉は、簡単に使うべきではない。だが、”永井秀樹”という男は、誰もが難しいと思うような出来事を何度も乗り越えて、四半世紀にもわたってプロサッカー選手として活躍し続けた。

 そう考えると、ヴェルディがJ1に復帰し、いつの日か再びJリーグの王者となる日が来るのではないか。そんな”奇跡”が起こることを期待せずにはいられない。

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