8月25日(金)より全国公開中の『エル ELLE』。ここには、日本人にはにわかには信じられないパリマダムの“日常茶飯事”が忠実に描かれています(写真:©2015 SBS PRODUCTIONS - SBS FILMS- TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION - FRANCE 2 CINÉMA - ENTRE CHIEN ET LOUP)

“あのテーブルの若い男、さっきからこっちをチラチラ見ているの。きっと私に気があるに違いないわ”
――マリアンヌ69歳

今、日本でも話題になっているフランスのサスペンス映画『エル ELLE』(2016年)を見てきました。監督は、『氷の微笑』『ロボコップ』のポール・バーホーベン氏、主演は『ピアニスト』のイザベル・ユペール。

ちなみに、タイトルのELLEとは、英語でShe、日本語なら「彼女」という意味です。映画のキャッチフレーズにある「極上エロティックサスペンス」に興味をそそられたのか、館内は老若男女のカップルで満席でした。

ストーリーは、ゲーム会社のCEOを務めるミシェルが、一人暮らしの自宅で覆面の男に襲われるところから始まります。その後も続く、自分の生活リズムを把握しているかのような不審な出来事に、ミシェル自ら犯人を捜し始める――、というもの。フランス映画にしては、難解な哲学もなくわかりやすいストーリーです。

ヒロインを演じるのは64歳のイザベル・ユペール

ヒロインのミシェルを演じるイザベル・ユペールは、御年64歳。CEOとして社会的に自立している強く美しい女性を好演しています。フェースラインもボディもたるみはなく、とても還暦を過ぎているようには見えません。コーカサス人種ですと、エイジングはアジアより早く進みがちなものですが、目ジワもエロティック、さすが女優さんです。なお、この年代で襲われるというのも、フランスならではかもしれません。女性の魅力は――性的なものを含めて――年齢とはまったく関係ないのです。

ここで描かれているのは、パリのマダムのりのままな“生態系”なのです。

私が、執筆活動のフィールドを専門である美容分野からフランス人のライフスタイルへと転換したきっかけは、“パリマダ”こと『パリのマダムに生涯恋愛現役の秘訣を学ぶ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン社刊)の出版でした。その頃、読者からこんなふうに尋ねられたことを思い出します。

「恋愛に年齢がまったく関係ないなんて。実際は違うんじゃないの?」

「お一人さまは肩身が狭い、全方位カップル文化って、ホントのことなの??」

「あのお話は日本の女性をあおるために、誇張して書いてあるんでしょ? だって、あんな女の人たちが、そんじょそこらにいるなんて考えられないわ!」

そんな疑問をお持ちの方、「百聞は一見に如(し)かず」です。この映画をご覧ください。私が“パリマダ”で描いた世界観が、あまりにそのまんま再現されているのです。

はすっぱな言葉の投げ合いやブラックな会話の内容以上に、“まんま”であるのは猥雑(わいざつ)で濃密な空気感です。ギトギトした鴨の脂と安っぽいワイン、あるいはパルファムと体臭の入り交じったにおい。空気というよりは澱(おり)のようなものかもしれません。

なお、エロティックという惹句(じゃっく)に抱いたいくばくかの期待は、少しくガッカリさせられました。カラミはあっさりした食後感で、“プレーだよな”と思わせて、そこがまたフランス映画のあいまい表現かとも考えさせられます。日本の映画の場合は、“濡れ場”の表現そのままの、じっとり湿った表現がされますが、そんなものがきれいサッパリないドライなフランスなのであります。

恋愛感情を抱き、性的な関係を持つのに、世の中の常識やモラルが入り込むすき間はありません。性的嗜好も、登場人物たち皆が少しずつ壊れ屈折している“変態さん”。閉じられた世界における大人同士の合意のもと、法に触れなければ何でもアリ、と言わんばかりの駆け引きが繰り広げられます。

パリマダムの残酷な弱肉強食の世界

いくつになっても性愛現役。友人・隣人のパートナーまで誘惑する、節操ない恋愛観。元彼、元夫、セフレ、関係者各位が入り乱れ、一堂に会するパーティ。映画は、そんなパリマダたちの残酷無慈悲な弱肉強食の世界を、淡々と描きます。


以前の記事で、最近では、性的少数者を意味するLGBTにQ(自分がよくわからないQuestioning(クエスチョニング)と、個性的な人を意味するQueer(クィア)を合わせた概念)が加わった「LGBTQ」という呼び名が出てきて、これで「人類オールQ」と述べたことがあります(日本人はなぜ「男脳・女脳」に固執するのか)。この映画を見ると、“個性的”とは何なのかがわからなくなってきます。これこそがパリマダ世界の“オーディナリィ”なのです。

そういう意味でも、ヒロインのドラマティックな生い立ちと衝撃のラストを除けば、この映画で描かれているのはフランスにおけるパリマダの日常茶飯事。ヒロインに感情移入することもなく、かといって社会的に自立しているがゆえに嫌悪感もない。少しノワールでエレガント。そしてセンシュアルなフレンチフィルムでした。