昨年8月末、観測史上初めて東北太平洋沿岸に上陸した台風10号の豪雨災害から1年。

 岩手県内で最大の被害が出た岩泉町の住宅再建は、まだら模様だ。急ピッチで進む全壊家屋の解体現場と修理して被災者が住み続ける家屋が隣り合わせに混在し、被災地を対照的に塗り分けているからだ。(石田征広)

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 川の氾濫で被害を受けた岩泉町門日影名目利(かどひかげなめり)で9月初旬、全壊家屋の解体作業が盛んに進められていた。町は復興を加速させるため町内の全壊家屋170戸を町費で解体する計画で、今年7月初めに解体業者と125戸分の契約を結んだ。全壊家屋の解体が急ピッチなのはこのためだった。

 ◆全壊判定受けても…

 周囲に目を配ると、窓にレースのカーテン、物干しに洗濯物、玄関脇には乗用車と生活感漂う住宅が解体現場と隣り合わせにある。斜め向かいの80代と70代の夫婦は自宅が全壊判定を受けたものの、不自由な仮設住宅暮らしを嫌い、浸水を免れた2階で暮らしながら1階を修理して、住み続けていると説明してくれた。

 岩泉町の被災者は自宅が全壊判定を受けても修理して住み続けるケースが目立つ。町によると、被災家屋を修理して住み続けているのは134世帯。その半数近い62世帯は全壊判定を受けている。町内の住宅の全壊判定は452棟、このうち約14%が被災した家屋を修理して住み続ける道を選んだということになる。

 小本川と清水川の合流点で起きた氾濫で高さ約2メートルの濁流が押し寄せた岩泉地区。自宅が全壊判定を受けた元消防職員の中村豊さん(64)も、80代と70代の夫婦同様に、浸水を免れた自宅2階で暮らしながら被災した1階を修理、昨年末に台風前の元の生活を取り戻すことができた。

 ◆「ここを離れない」

 岩泉町は9割を森林が占める本州一広い町。自然環境が厳しい寒冷地で、点在する集落は災害で孤立することもしばしば。我慢強い住民たちは助け合いながら暮らしてきた。住宅を修理して住み続ける被災者は異口同音にこういう。「ここを離れたくない」

 中村さんも「仮設も考えた。しかし、1カ月の避難所生活で7キロも激痩せ。それで浸水しなかった自宅2階に戻りました。幸い家の土台や基礎に被害はなく、自宅に残ることに決めた。全壊判定を受けた回りの多くの家も残ってますから、このコミュニティーを離れるつもりはありません」と言い切った。

 全壊判定を受けた自宅を修理する場合、被災者生活再建支援制度に基づき国から全壊の基礎支援金100万円と補修の加算支援金100万円、町独自の100万円の計300万円が支給される。ところが、中村さんとその周辺の被災住宅の修理費用は床板や壁板の交換、流失した家財道具や電化製品などを含めると平均で1千万円前後。地域への愛着の強さがうかがえる。

 一方、自宅を失った被災者を収容する仮設住宅は、新たに170戸が整備された。県は地域のコミュニティーを壊さないよう被災地近くの8カ所に分散して整備、寒冷地のため基礎を従来の木の杭(くい)からコンクリート製にするなど配慮した。ただ、仮設住宅は使用長期化と機能追加などで高騰、1戸当たり単価は補修維持費や撤去、用地を元に戻す経費を含めると800万円を下らないという。

 被災者が復興に立ち向かえるようにするには仮設住宅は不可欠だ。一方で、復興にはコミュニティーの維持が大切だ。480万円かけて被災した1階を応急修理したという80代と70代の夫婦は「まだまだお金がかかる。お金が足りないが、年だから…」と表情を曇らせた。

 専門家の間でも自宅を修理して住み続ける被災者により手厚い支援の必要性を指摘する声もある。まだら模様の住宅再建は被災者支援の在り方を改めて考えさせられた。