―私、年内に婚約するー

都心で煌びやかな生活を送る麻里・28歳は、ある日突然、こんな決意を固めた。

というのも、麻里は気づいてしまったのだ。

“女は30歳過ぎてからが魅力的?年齢を重ねるほど、色気が増す?”

女の市場価値を冷静に受け止めれば、20代で結婚した方が絶対お得に決まっている。

掲げた目標は“今年中にプロポーズされる”こと。ヤバい元彼に3年間も費やした麻里は本気の婚活を決意したが、優良物件の外銀男や広告マンとのデートがうまく行かず、元彼と会ってしまう。




「...麻里ちゃん、コレ、ずっと欲しがってたでしょ?」

サトシが取り出したカルティエの箱の中には、ダイヤ付きのピンクゴールドのベニュワールの時計が、上品におさまっていた。

『珀狼』のカウンター席の薄暗い照明をうけて、それはまさに目が眩むような輝きを放っている。

「うそ......どうして......」

これまでもサトシは、ケンカや浮気のたびに、こうしてお詫びのプレゼントをサプライズで用意することがあった。

しかし、せいぜい30万くらいのブランドバッグやアクセサリーの類である。イヤらしい話ではあるが、この時計は金額的に10倍くらいするだろう。これまでの誕生日プレゼントのレベルも超えている。

「これ、麻里ちゃんにすごく似合うと思うよ。ねぇ、付けてみてよ」

「いや、でも......私たち、別れたのよ?こんな高価なもの、受け取れないわ」

麻里は小さく呟くように抵抗しながらも、ダイヤの輝きから目を逸らすことができない。

「だから...これで許してよ。俺が君を大好きなの知ってるでしょ。別れるなんて、考えられないよ」

サトシは猫なで声で言うと、戸惑う麻里の左手首をとり、素早く時計をはめた。

「ほら、超可愛いじゃん」

麻里は思わず息を飲む。

サトシの言う通り、その美しい時計は、自分の華奢な手首に大層よく似合った。


物欲を満たされ、麻里の心は揺れてしまう...?


恋人という肩書の、自分専属の港区おじさん


時計を付けた瞬間から、麻里の強張った心は、みるみるうちに柔らかくほぐれていった。

「麻里ちゃんみたいに可愛くて贅沢の似合う子には、俺みたいな男が合うんだよ。ねぇ、そう思うでしょ?」

―贅沢の似合う子...。

たしかに麻里は、これまでの人生で贅沢をし過ぎたかもしれないと思う。

学生時代から20代半ばまで、周囲の男たちにチヤホヤされてきたのはもちろんだが、サトシと付き合うようになってからは、彼は一応恋人という肩書の、麻里専属の港区おじさんと言っても過言ではなかった。

一人単価数万円のレストランでの食事に、ビジネスクラスでの海外旅行。欲しい物はねだればだいたい買って貰えたし、実はクレジットカードも与えられていた。

サトシが麻里の性格や趣向を熟知し、誰より甘やかしてくれる存在であることは間違いない。

しかしその反面、彼はバツイチで、イイ歳して感情的で浮気癖があり、しかも二人の間にはケンカが絶えなかった。

要は、結婚相手として、非常にリスキーな男であるのだ。

三年もの年月の中で、麻里はその致命的な欠点に徐々に嫌気がさし、サトシと離れる決意を固めたはずだった。

―でも...。サトシの言う通り、私には、やっぱりこういう男が合うのかな...。

「易きに流れる」と思うと胸に引っかかりは残るが、「強がりをやめる」と思えば、それはそれで筋が通っている気はする。

そもそも、きっと“完璧”な男などいない。

この数ヵ月、がらりと趣向を変えて“堅実”っぽい相手を本気で探したにも関わらず、結果は散々なのだから。

「やっぱり麻里ちゃんは、最高に可愛いよね。でも、もしかして少し疲れてる?オリーブスパでも寄って帰ろうか?」

無言で思案していると、サトシはまたしても麻里の好物を差し出す。

三年間自分を甘やかした彼は、多少の欠点はあれど、自分の心のツボを的確に押さえた男であると、つくづく感心せざるを得なかった。




120分たっぷりとトリートメントされた身体は、羽のように軽い。

西麻布ペントハウスのオリーブスパから出てタクシーに乗り込んだときには、麻里はすっかり上機嫌になっいた。

「麻里ちゃん、もう十番の家なんて解約して、六本木に一緒に住めばいいのに」

「うーん、そうね...それもいいかも」

二人はいつの間にか、以前のようにイチャイチャと腕や手を絡ませながら、サトシの六本木の高級低層マンションのエントランスをくぐる。

―元彼と戻るなんて、ちょっとダサいけど...。まぁ、改めてサトシの良さが分かったし...。

麻里は自分に言い訳するように思案に暮れながら、彼の部屋に一歩踏み入れた。

―...ん?

しかしその瞬間、麻里は明らかな違和感を持った。


久しぶりの元彼宅で、麻里が見たものとは...?!


絶対に外れない、女の勘


「なんか...家の香り、変わった?」

玄関先で気づいたのは、部屋の香りだった。

以前は麻里の好みで部屋中にジョーマローンのリードディフューザーを置いていたが、今日のサトシの部屋は、もっともっと甘ったるい匂いがする。

「えっ...別に、変えてないけど...」

たしかにディフューザーは、そのままの状態で飾られたままだ。

「......」

しかし女の勘は止まらない。麻里はその正体を探るべく、バスルームに直進した。

「麻里ちゃん!ちょっと待って!!」

背後から突進してくるサトシを振り払い、バスルームに入ると内側から鍵をかける。

麻里は無心で、洗面台の棚や引き出しをすべて開けた。

化粧水、クリーム、メイク落とし、色付きのコンタクトレンズ、コテ。そこには、あらゆる女性用品があった。そして、甘ったるい香りの正体は、ヴィクトリアズシークレットのボディクリームに違いない。

―私より若い女だわ...。

しかも、どう見ても一時的なものではない。明らかに、この部屋に定期的に通う用途として置かれているものだ。

「ねぇ、誤解しないでよ。開けてよー!!」

ドアの外では、サトシが子供のように叫んでいる。

「サトシ、これ誰のなの?」

バスルームのドアを開けると、彼は額に汗を浮かべて顔を引き攣らせていた。麻里はやり場のない怒りを感じながらも、なぜか頭は冷静だ。




「......だって、麻里ちゃんとはしばらく会ってなかったし」

「だから、誰のだって聞いてるのよ」

「し......知らない人が、置いてったんだよ......」

男の咄嗟の言い訳というのは、どうしてこうも馬鹿げているのか。これほど分かりやすい嘘をつくなら、最初から素直に真実を話せばいい。

「いいから教えなさいよ。誰?もう付き合ってる人がいるの?」

「......麻里ちゃんが戻ってきてくれるなら、アキちゃんとは別れるよ。本当だよ。だから許して」

―アキちゃんて、誰よ...?

途方もない脱力感が、麻里の全身を包む。

いや、自分はとっくの昔に分かっていたのだ。

半同棲でもしているのか知らないが、付き合っている恋人がいながら、元カノに高価なプレゼントを用意し、復縁を迫る男。

そして、進行形の恋人の痕跡を消しもせずに、部屋へ元カノを招く男。そう、それがこのサトシだ。

―私って、本当に馬鹿......。

「...私、やっぱり、サトシとはやり直せない。そろそろちゃんと結婚を考えられる人と、真面目な付き合いがしたいの」

「へっ、結婚...?」

「そう!私、もう28歳なのよ。だから、サトシみたいな男とグダグダしてる暇なんてないの!!」

感情に任せて叫ぶと、サトシは少しずつ後ずさりながら、半笑いで答えた。

「...そ、そっかぁ...、俺はもう結婚はしないし、じゃあ、残念だけど身を引くよ...」

自分で彼を突き放しておきながら、麻里はそのセリフに、想像以上に傷ついた。

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婚活が楽でないことを、やっと気づき始めた麻里。次の行動は...?!