東京には、都合の良い勘違いをしている女が多い。

麻布十番で会員制サロンを開いている麗子のもとにも、毎週のように勘違い女が現れる。

麗子は毎週日曜日になると、その週に出会った女たちを振り返るのを趣味としている。

先週は、芸能人気取りが見苦しいカナを紹介した。

さて、今週麗子を驚かせた女とは?




<今週の勘違い女>
名前:高田美奈子
年齢:34歳
職業:ソーシャルメディア関連


「ほぼ」完璧な人生


美人で聡明、仕事も出来れば礼儀正しい。

一見しただけでは非の打ち所のないように見えるこんな女性でも、ボタンを一つ掛け違えてしまえば、人生の歯車が狂ってしまうこともある。

今年34歳になるという高田美奈子は、会員制リラクゼーションサロン「angelle(アンジュール)」にオープン当初から通ってくれている上質な顧客だ。

そして、客の中でも群を抜いて美しい。

モデルやタレントといった、美しさを生業に利用していない客の中ではダントツの美貌を誇る。

化粧の良く映える、そう大きくはないが品のある奥二重の目元。行儀の良い形の鼻と、美奈子を年齢よりもずっと若く見せている上向きの唇。

派手、と形容されてしまう雰囲気の一歩手前の華やかな容姿。

セラピストの陽子などは堂々と「美奈子ファン」を宣言しているほどだ。

職場は丸の内にあるソーシャルメディアを運営する外資系企業で、英語も堪能。

麗子らサービス業の人間に対しても常に礼儀正しく、遅刻や突然のキャンセルといった迷惑行為も一切ない。

しかし、そんな完璧に見える美奈子にも欠点があった。

その欠点とはー。

ある「特定の女たち」を毛嫌いするあまりの、辛辣な言葉の数々である。


美奈子が忌み嫌う、「特定の女たち」とは?


「正当な努力」してないでしょ、あの人たち。


ー美奈子の初めての施術日ー

「もう、肩と腰がバキバキなんです…。」

職場で責任のあるポジションを任されている美奈子は、肩や腰の痛みを訴え、初めて麗子のサロンを訪れた。

洗練されたファッションに華やかな美貌。

落ち着いた雰囲気を醸し出す美女に、麗子は「なんと優雅な人だろう」という第一印象を持ったほどだ。

だが、施術室に入り大きなため息をつくと、美奈子は人格が変わったようなキツい物言いで「特定の女たち」の愚痴をこぼし始めた。

美奈子が忌み嫌うのは、受付や派遣で事務をしているような、いわゆる「ゆるふわ」と形容されそうな女たち。

職場には、高給取りの美奈子の同僚や部下狙いの「ゆるふわ」たちが掃いて捨てるほどいる。

そんな彼女達の「男性に媚びた生き方」がどうしても目に余るというのだ。




「あの子達、夫探しにうちの会社に来てるもんだから、まぁー媚びること媚びること。おかげで男たちがみんなつけあがっちゃって困るのよね。いますぐにでも全員辞めてほしいわ。」

美奈子は、まるで女優がセリフを喋るように淀みなく彼女たちをこき下ろす。

麗子自身も誰かの庇護の元で生きていきたい、と思うようなタイプではないが、しかしそこまで自分と違う生き方の女性たちを目の敵にする必要はないのではないか。

そんな風に思わず感じてしまうほど、美奈子の言葉は容赦がない。

「ファッションも、なんかみんな判を押したように似たような雰囲気なの。二の腕が太いのに平気でノースリーブ着てきたり、センスも客観性も皆無っていうか。」

…美奈子の彼女たちに対する憎悪は、相当のものだろう。

しかし、これほどの美女でしかも仕事ができる女が、ただ単に目障りだからといってその辺の平凡な女達に対しここまで激しい対抗心を燃やす理由は、一体何なのであろうか。

ただの嫌悪感だけでは説明できない何かがあったのではないかと、麗子は邪推する。

そして、麗子の予想通り、美奈子がそういう女たちを嫌うのには、もっと深い理由があったのだ。


美奈子の深い嫌悪の理由とは


個人的な恨みを忘れられない


忙しく、まともな昼にありつけなかった麗子は、空腹に誘われるまま『ビストロチック』で遅めのディナーをとることにした。




こうしたビストロは、雰囲気が良いのに気取らず、女が一人で訪れてもあまり違和感がない。

ポルチーニとトリュフのクリームソースがかかったスフレオムレツをオーダーし終えた麗子は、ふと常連の美奈子の異様なまでの憎悪の根源について思いを馳せてみた。

美奈子は初めての来店ですっかりサロンを気に入ってくれ、日を空けずに店にやってきては愚痴をこぼしてゆく。

そのうちに、家族のこと、二股をかけられ別れた恋人のこと、ままならない恋愛事情についてなども吐露していくようになったのだ。

曰く、美奈子には年子の妹がいるという。

美貌にも頭脳にも恵まれた美奈子とは違い、妹は不器量で成績も振るわず、幼い頃はそんな妹に勉強を教えるなどして必死に世話してきたそうだ。

だが、高校に上がる頃から、少しずつ様子が変わる。

そう目立つ容姿でもなく取り立てて魅力があるわけでもない妹が、異様にモテ始めたというのだ。

不運なことに、同じ高校に通う姉妹の男のタイプはいつも同じだった。

頼り甲斐がある、リーダー気質。育ちの良さはあるものの、ある程度の野心家。

しかし、そうした男たちは皆、美しく聡明なはずの美奈子ではなく、不器量で何をやらせてもパッとしない妹を選んだ。

美奈子の妹は、まさに「ゆるふわ」と呼ぶに相応しい容姿であり、いとも簡単に男性に媚びることができる女なのだという。

そうして33歳になった今では、開業医の夫を持つ2児の母となって、働かずとも何不自由ない生活を送っているそうだ。

必死に努力して大学を卒業し、独学で英語を覚え必死に稼いでいる自分よりもいい暮らしをしているのも、気に食わないらしい。

美奈子からすれば、妹は「正当な努力もせずに」開業医の夫と豊かな暮らしを手に入れた、ズルい女なのだ。

そんな風に妹や「ゆるふわ」な女たちのことを手厳しく罵倒する美奈子の話を聞いていると、麗子はなぜだか「悔しい」という気持ちを覚えずにはいられない。

美奈子ほどの美しく才能もある女が、妹への嫉妬に囚われるあまり、せっかくの幸せのチャンスを逃しているように見えてならないからだ。

自分の恋愛や人生が上手くいかない理由を他人のせいにしているようでは、絶対に幸せは訪れない。

美奈子は、「自分を見初めない男たちに見る目がない」といつもしきりに語っている。

彼女の美貌や仕事上での業績を見れば、それもあながち納得できない話ではない。

だが、過去の苦い記憶に苦しめられるあまりに、妹と同じタイプの会社の女性たちを忌み嫌い、彼女たちが自分の不幸の原因の一端を担っているかのような口ぶりには全く同感できない。

一刻も早く、目を覚ましてほしいと思う。

「自分の不幸を他人のせいにしている方が、楽なのかな…。」

麗子は、聡明な女をも狂わせる嫉妬心という化け物の恐ろしさを、再認識したのであった。

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対抗心が強すぎる女