結婚してもディープキスできる? 婚外恋愛許可制をめぐる話題作『1122』【渡辺ペコインタビュー】

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婚外恋愛許可制を導入した、結婚7年目の30代セックスレス夫婦、一子と二也を描いたマンガ『1122(いいふうふ)』。はたから見たらおかしな二人、これって夫婦の形としてあり?

 

結婚してもディープキスできる?

 作中にこんなセリフがある。「あんなんさぁ 正気じゃとてもできなくない?」 「同棲してた彼氏とレスになったときセックスよりキッス(濃厚)がダメになった」と主人公・一子の友人が語る場面だ。そして一子自身も、結婚7年目・セックスレスの夫に対し思う。いちばん信頼してる相棒だけど、キッス(濃厚)できるかというとやっぱちがう、と。

「生活になじみがないような気がしちゃうんですよね。セックスは欲情しなくても可能な気がするけど、ディープキスは難しくないですか。セックスに含まれているそれは別として、なんていうか、気持ちがちゃんと高まらないとできないというか。婚姻関係を結んでいる相手と、ちゃんとディープキスし続けてる人どれくらいいるのかな?」

 恋愛中はできていたのに、長く生活をともにし始めたとたんにできなくなる。やはり恋愛と結婚は別、なのだろうか?

「恋愛とか欲情とかって、わりと短いスパンで起きるものだと私は思っていて。加速して盛り上がるぶん、判断力も低下しがち。だけど結婚は生活のベースとなるもので、基本的には多くの人が、長く続けていく前提でするもの。そういう営みを育む行為を、恋愛の延長線で考えるのはややハードルが高いんじゃないかな。恋愛は盛り上がっていれば複雑な言葉を必要としないものだけど、結婚生活では齟齬が起きないよういちいち話し合わなくてはいけないし。相手を好きになったからといって、先もすべてうまくいくわけじゃないという心づもりはしておいた方がいいんじゃないかなって」

 夫が妻を抱かなくなってよそに女をつくったら、別れるのが「ふつう」だ。だけど一子は、夫婦のかたちを続けていくため、不倫を公認する「婚外恋愛許可制」を導入することにした。前作『にこたま』の主人公・温子も、事実婚状態だった晃平が一夜の過ちで他の女性と子供ができてしまっても、別れることを選択しなかった。ペコさんはそんな、世間一般の「ふつう」からは少し逸脱した男女のありようを描き続けている。

「確かに別れてもおかしくない状況ですけど、そうしないのは根底に一緒にいたいという気持ちがあるからだと思うんですよね。もちろん、それが耐え難い苦痛ならば離婚したほうがいいけど、一子たちは関係を維持していくために、今の自分たちでできる試みをすることにした。正しくないかもしれないけれど、婚外恋愛を認めるというのもその一環。一子の場合、彼女のほうが先に当面自分たちにはセックスがなくてもいいやと思ったわけで、性欲も“凪”の状態。二也に対する恋愛感情が今もあるのかはわからないけど、凪である相手に対しても一緒にいたいと願うのはわりとある、というか現実にはそっちのほうが多いんじゃないかという気がする。夫婦であるということは、しがらみとか家族としての情とか複数のパイプでつながるということ。そのひとつが絶たれたからといってきれいに清算することは難しいんじゃないかと思います」

恋愛中でなくても、執着でおかしくなりうる

 夫に恋しているわけじゃない。全部自分も納得して決めたこと。それでも一子は、恋する夫に割り切れないもやつきを抱き始める。それを解消するため、夫が恋人と外泊する夜、一人でAVを観てみたり、久しぶりの旅行で二也に迫ってみたり、迷走を始めてしまう。

「冷静であろうとすればするほどなぜか軌道がずれていく、という状態に私は興味があって。恋愛中もたしかにふだんの自分とは違うおかしな自分になりやすいけど、感情のとらえようによっていかようにも美しくできるというか、恋をしているから仕方ないとか、これはこれで素敵なことなんだってとらえ方ができてしまう。だけど、家族とか夫婦とか、恋愛ではない人間関係においても、こうあるべきという思い込みや相手への執着によって、人はたやすくおかしくなりうるんじゃないかと思うんです。日常に小さなバグが起きて予期せぬ方向へ転がっていってしまう、ということを私は描いていきたいんです。

 一子は、自分がどうしたいかがまだわかっていない。自分も誰かと恋をしたいのか、夫と恋したいのか、セックスしたいのか。明確じゃないから、あさっての方向に努力しちゃう。だけど執着はあるし、この人じゃなきゃって思ってる。二也を手放せないなら、気が済むまで自分で行動するしかないんですよね。孤独な道のりになるだろうけど、長く夫婦生活を続けていれば、話が通じなかったり、憎悪を抱いたり、お互い無関心になったりすることもあるでしょう。二人でいるのに孤独だって感じるケースは、世の中にきっと少なくないはず。婚外恋愛許可制というのが二人の関係を特殊なものに見せているかもしれないけど、案外そうでもないんじゃないかと思います」

 恋愛の幻想が失われたその先で、どう関係を構築していくのか。『1122』でも『にこたま』でも、描かれているのは「“めでたしめでたし”のその先」だ。

「私は感情をあんまり信じていなくて、恋愛もあまりロマンティックなものにしすぎたくない。幻想を見るのは生きていくうえで大事なことだけど、そこを描くよりは、容赦ない事実として存在する肉体を中心に描くことのほうに関心がある。ふわふわした感情を排除していくと逃げ場がなくなっていくし、体にはタイムリミットが存在するから、出産を含めて突きつけられる現実もある。そこにとことん向き合ってみた『にこたま』は描いていて自分でも苦しくなったりしたけれど、それでも、重要とされている感情を踏み越えたその先を考えるのが私は好きなんですよね。それがひどくてつまんない現実でも、感情ひとつで見え方が変わる世界よりも信じられる気がするし、何より私がその景色を知りたい。ドラマティックではなかったとしても、おもしろみを見つけることはできますし」

 

関係を続けていくためには、越えなきゃいけないハードルもある。恋に浮き立つ夫をよそにもがく一子の、「気持ちはわかるけど、努力の方向そっちじゃないよ!」な孤独な戦いを4つご紹介。
 

恋愛や欲情を超えた先でたどりつく愛のかたちとは

 恋愛感情でも欲情でもない。静かで広く、暗くてよく見えないけど、いろんなものを含んだ夜の海に似たその想いを「愛とか呼んじゃうのはあつかましいでしょうか」と独白する一子。ふんわりした感情を美しくコーティングした愛ではなく、現実と密接した想いの向かう先を、一子は探っていく。

「しばらく彼女は迷走を続ける予定ですけど(笑)、セックスや子供という大きなカードが使えないとき、夫婦というひとつの組織を営む二人の構成員がどうなっていくのか、考えていきたいと思っています。二也と恋人・美月はパッションの高まった恋愛状態ですし、その関係は簡単に制御できるものではない。一子と二也は制度化したうえで不倫を認めているけど、美月と彼女の夫はそうではないし、双方が同じバランスで話を進めていけるとは限らないですよね。とくに不倫の場合、通常以上に想いの抑制がきかなかったりするし、思いどおりにドライブできずにひどい目にあうこともあるかもしれない。恋愛で人間がおかしくなっていく様は、二也と美月を通して描いていこうと思っています」

 一見すると、夫だけが都合のいい想いをしているようにも見える二人の関係。だが、別離ではなく関係を維持していくことを望んだのは一子も二也も同じだ。一般道から外れれば外れるほど、それは二人の「一緒にいたい」という切実な思いの裏返しにも見える。

「自分なりの試行錯誤をする人は誠実だな、と私は思っていて。端から見ると珍妙でも、本人はいたって真剣に強く何かを願っているのだろうし、人間が何かに真剣に向き合うときってどこか奇妙になるものではないかな。第三者から非難されるかもしれないけれど、二人だけで培ってきた関係をもとに編み出した解決策なのだから、間違ったとしてもそれは二人にとっての答えになると思う。二人がどんな景色を目にして、どんな答えにたどりつくのか、私も考えながら描いていきたいですね」

取材=瀧 晴巳 文=立花もも

(C)渡辺ペコ/講談社

 

渡辺ペコわたなべ・ぺこ●北海道生まれ。2004年『YOUNG YOU COLOURS』にて「透明少女」でデビュー。主な作品に『ラウンダバウト』『東京膜』『ペコセトラプラス』『にこたま』『ボーダー』『おふろどうぞ』、木皿泉の小説をマンガ化した『昨日のカレー、明日のパン』など。『1122』は2016年より『月刊モーニングtwo』で連載中。