すばしっこく猿のようにとび回るから「とびざる」

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 相撲ブームが沸騰している。「謎のスー女」こと相撲女子の尾崎しのぶ氏が、現在相撲コラムを週刊ポストで執筆中。今回は、7月場所で十両昇進を果たした翔猿について尾崎氏が綴る。

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 岩崎が十両昇進を機に「翔猿」と改名した。師匠追手風親方の現役時代の四股名大翔山から一字と、すばしっこく動き回る相撲ぶりが猿のようで、申年でもあることから「翔猿」とし、読みは「とびざる」。

 いい名前だ、と思った。追手風部屋の力士の四股名を覚えるのは、とっくの昔にあきらめていた。大翔城、大翔鵬、大翔海、大翔龍……ああ、眠くなってくる。だから大翔山は「西野」、大翔丸は「川端」と、本名で呼ぶことにしていた。遠藤には安心している。三役昇進の時には改名するとされているが「清水川」と決まっている。そこにきて「翔猿」だ。まず「翔」を「しょう」と読まなくていいことだけでもとても助かる。

 二〇一五年一月場所。日本大学の二年先輩の遠藤関を追って追手風部屋に入門することにした、と語る新弟子の岩崎正也は、木瀬部屋の十両・英乃海の弟だった。兄を頼らず他の部屋を選んだ彼を「変わり者」なのか、それとも「自立心がある」のか、半々に見ていたのだが、おかげで楽しみが出来た。

 木瀬部屋には一場所後に宇良が入門している。若手親方が解説で「引退したことが悔やまれる。あと何年か現役でいられたら宇良と対戦できたのに」と口をそろえる(私は琴欧洲対宇良が見たかった)。岩崎が宇良の木瀬部屋入りを意識していたかはわからないが、同部屋だったなら優勝決定戦でない限り対戦は組まれないのだ。

 二〇一五年九月場所、三段目で二人の対戦があり岩崎が勝っているのだが私は見ていない。いつか幕内で組まれるだろう二人の取組を想像してみると、低い宇良と猿のように跳ね回る翔猿、相撲ではないなにかのレジャー……とにかく見てみたい。わくわくしすぎて、今から悶絶している。

 六月二十二日、母校の埼玉栄高校で化粧まわしの贈呈式が行われた。そこで翔猿は恩師の山田道紀相撲部監督から「十両に上がったら後輩たちに米を差し入れることになっている。豪栄道は今も米を差し入れている」と言われ、五百キロの米の差し入れを約束した。山田監督によると、部員二十名の相撲部ではひと月に四百五十キロの米が必要なのだという。

 埼玉栄高校出身の現役関取は、間違っているかもしれないが私が数えてみるに大関・豪栄道をトップに妙義龍や貴景勝、英乃海など七名。翔猿を加えれば八名。その卒業生たちが、番付によって贈る量に多い・少ないがあるのか、それとも等分で米を贈っているのか。

 とりあえず七十キロずつとしたら七名で四百九十キロ。米の相場は五キロで二千円程度。それを数十キロとなれば、月に百万円以上の給与がある関取でも少々負担であるように思う。

 一人身ならまだしも、子供の習い事の月謝よりも高額になる(関取であったものの陥落している場合には免除されるのかも気になるところだ)。翔猿は九月場所十両から落ちるが、矢後が新十両になる。矢後も五百キロの米を贈り、山田監督を笑顔にさせるのだろう。

 OBからの恩返しの米によって育まれた有望な少年が、また角界入りする。大鵬の孫であり貴闘力の三男の納谷幸之介だ。卒業を待たず、十一月場所にも初土俵を踏む予定。スクールカラーのオレンジの化粧まわしをしめる時、彼は二代目大鵬なのか、それとも二代目貴闘力か。祖父に横綱琴櫻、父に琴ノ若を持つ琴鎌谷も同校の出身。納谷より二年先輩の彼のオレンジ化粧まわし姿はいつ見られるか。

 幕下より仕切り直しとなった翔猿。一字ずつはライトだが、二つ続くと「飛んで驚かせてくれるのよね」と観る者からの重い期待を背負う。関取は、なにか絶対的な「これ」を持っていなければ務まらない。すばしっこさを誰も真似できない域まで磨き、十両・幕内をかき回す存在になればいい。御嶽海、北勝富士ら同学年達が、幕内上位で待っている。

※週刊ポスト2017年9月15日号