嫉妬心は相手の〇〇を破壊する?「二人だけの世界」に潜む危険性を解説!

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束縛男の恐怖を描いた、ジュリア・ロバーツ主演の映画『愛がこわれるとき』をご存知でしょうか。

ローラとマーティンは結婚して3年半。裕福な暮らしを送るこの夫婦を、誰もが幸せなカップルだと思っていました。

でも実際には、マーティンはタオルの端が揃っていないだけで暴力をふるい、ローラは他人はおろか、実の母にすら会わせてもらえない日々を過ごしていたのです。

■嫉妬心が持つ破壊性


ローラはある日、事故をよそおって逃げ出します。
遺体がないまま葬儀を行ったマーティンですが、家のトイレに流し損ねたローラの結婚指輪を見つけ、彼女がまだ生きていることを知ります。

名前を変え、第二の人生を歩むローラ。
マーティンは探偵を雇ってローラの母親を探し、母親を通して遂にローラを見つけ出し…。

映画の中でマーティンは、ローラが神経科医と世間話をしているだけで嫉妬し、彼女を殴ります。
このようなマーティンの行動は、愛情から生まれたものだといえるのでしょうか。

少なくともローラは「愛されて幸せ」とは思いませんでした。それどころか身の危険を感じて、必死で逃げ出そうとしたのです。

行き過ぎた嫉妬心は、関係を歪んだものに変えます。それはDVやモラハラへと発展し、相手の人生や精神を破壊してしまうのです。

■閉じた関係に「安心」はない


彼の携帯をチェックしないと気がすまない、メールやLINEで常に相手の動向を把握できてないと不安になる、そんな女性っていますよね。

そういう女性は恋愛感情=独占欲、とばかりに、相手を管理することで安心を得ようとします。
でも、相手の一分一秒すべてを独占することはできません。つまり、どんなに束縛しても安心は訪れないのです。

さらにいえば、恋人といえども人付き合いに口出しする権利はありません。
愛情=義務ではないので、自分が不安を感じないでいるために相手に不自由を強いるのは単なる「わがまま」です。

束縛は結局のところ、相手を自分の思い通りにしようとしているにすぎず、それはローラを殴って言うことをきかせようとしたマーティンの「暴力」と、本質的には同じなのだと理解すべきでしょう。

■オープンな関係と奔放は異なる


では、恋人はいつ誰と何をしてもいいのか、というとそんなことはありません。
カップルの間に、一定のルールや規範は存在します。

例えば、誠実であること。
相手の気持ちを思いやり、良心にのっとった行動を心がける、など。
大切なのは、いつ誰に対しても「モラルある行動を心がける」ということです。

モラルがあれば、浮気や不倫をすることはありません。線引きするべきときに、きちんとケジメをつけられるでしょう。
そういった意味で、オープンな関係と奔放とは異なります。

例えば、異性と会う機会を徹底的に無くそうとしても、それは土台無理な話です。
到底できそうもないことを押し付けるから、相手は関係を続けるごとに息苦しくなってしまい、愛情が冷めるといった事態を招くんですね。

そうではなく、異性と会う機会があっても、さらにいえば相手からモーションをかけられるような事態にも、「恋人がいるから不誠実なことはできない」とケジメをつけてくれると信じられるかどうか。
そこが、重要なのです。

相手の誠実さを信じられれば、誰と交流しようが問題ないと思えるでしょう。
本当に不安になりたくないなら、彼は確実に自分を選んでくれると信じられるように、二人の絆を強くする方向に努力するべきです。

■終わりに


閉じた関係の危険性、ご理解いただけましたでしょうか。

今のあなたは、相手にとって唯一無二の存在といえるでしょうか。
目を凝らして見るべきは、恋人の交流関係ではありません。あなたが相手にとって「本当に大事にしたい女性」になれているのかどうか、なのです。

ライタープロフィール


黒木蜜
一般企業に勤めながら執筆した作品が日本文学館のオムニバス本に掲載され作家デビュー。古事記への造詣が深く、全国300ヶ所以上の神社紹介記事を執筆。現在、古事記の観点から紹介する神社コラム/恋愛コラムなども手がけている。
黒木 蜜〜中今の詩〜