永井秀樹「ヴェルディ再建」への道(3)
〜あの夜、彼が伝えたかったこと(前編)

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豪華なメンバーが顔をそろえた永井秀樹の引退試合

わずか1カ月の準備期間で
豪華メンバーが次々と参加

『奇跡』という言葉は、簡単に使うべきではない。しかし、8月14日に開催された永井秀樹(現東京ヴェルディユース監督兼GM補佐)の引退試合、『OBRIGADO NAGAI』は、まさに”奇跡”のような出来事が積み重なって実現した――。

「現役引退を発表した昨年まで遡(さかのぼ)ると、当初は今年2月に引退試合を開催していただける予定で、『ヴェルディのプレシーズンマッチと合わせて』という話になっていた。結局、その話はまとまらず、夏が近づいてようやく、羽生(英之)社長(東京V)のご尽力のおかげで『8月に開催』と正式に決まった。

 ただ、正式な日程が決まってからの準備期間は1カ月ちょっとしかなかった。会場は自分のこだわりを尊重していただき、思い入れのある西が丘サッカー場を押さえていただいたものの、スポンサーも、参加メンバーも未定。親しい友人、関係者も含めて、周りからは『今からでは絶対、間に合わない。延期すべき』と言われた(笑)」

 引退試合開催までの顛末を振り返って、永井は苦笑した。

 筆者自身、永井からその話を最初に聞いたとき、正直「Jリーグの日程的にも、8月開催は難しいのでは……」と思った。中身は何も決まっておらず、告知期間も短い。仮に引退試合は実現しても、花道にふさわしい面々がそろうのかという不安も感じた。

 しかし蓋(ふた)を開けてみれば、『J LEGENDS』の監督は釜本邦茂氏、『VERDY LEGENDS』の監督は松木安太郎氏が快く引き受けてくれた。

 選手も『J LEGENDS』は、永島昭浩氏、福田正博氏、山口素弘氏、澤登正朗氏といった各クラブのレジェンド、往年の名選手が勢ぞろい。リーグ戦の合間を縫って駆けつけたFC東京の大久保嘉人や横浜F・マリノスの齋藤学ら、日本代表クラスの現役プレーヤーが袖に追いやられるほどの、豪華メンバーが集結した。

 一方、『VERDY LEGENDS』のメンバーも、脳梗塞で倒れてリハビリをしていたラモス瑠偉氏をはじめ、北澤豪氏、武田修宏氏、そしてシーズン中にもかかわらず、『キング・カズ』こと三浦知良(横浜FC)が参加を表明。Jリーグ開幕時に爆発的な人気を誇った、ヴェルディ黄金時代の面々がほぼ顔をそろえたのだ。永井が言う。

「当初の予定どおり2月に開催していたら、残念ながらラモスさんはピッチに立てなかった。でも、リハビリで驚異的な回復を見せて、自分が引退試合参加のお願いをすると、現役時代さながらの熱い気持ちを持って、本番に備えてくださった。カズさんもシーズン中なのに来場を快諾していただき、横浜FCも気持ちよく送り出してくださった。

 カズさんがヴェルディのユニフォームに袖を通したのは、1998年以来19年ぶり。『10番』をつけたラモスさんと『11番』をつけたカズさんが、同じピッチの上で、同じヴェルディのユニフォームを着て並ぶ日が再び来るとは、自分も含めて誰も想像していなかったと思う」

 告知や宣伝活動がままならない中、西が丘サッカー場のスタンドはメイン、バックを問わず大勢のファンで埋まった。齋藤の他、当日の参加は叶わなかった清武弘嗣(セレッソ大阪)や西川周作(浦和レッズ)など、永井を慕う現役のトッププレーヤーたちが自身のTwitterで、この引退試合について呟き、SNSで拡散してくれたことも大いに影響を及ぼしたと思われる。

 また、試合の模様はインターネットテレビ局の『AbemaTV』で生中継された。永井がその経緯を説明する。

「2006年に自分がヴェルディに復帰したとき、サイバーエージェント(『AbemaTV』の運営会社)さんが胸スポンサーについてくれ、48%の株主になってくださった。それに対する感謝の気持ちや、経営者として同社の藤田(晋)社長を尊敬する気持ち。あとは、昔のJリーグを知らない若い世代にも伝えたい、なるべく多くの人に楽しんでもらいたい、という思いから、最先端のインフラを活用して中継してほしいと思い、『Abema TV』に相談しました。

 ただ、準備期間があまりにもなさすぎた。藤田社長とお会いできることになっていたアポイントの日は、8月3日。そのとき初めて、中継の直談判をさせていただいた。藤田社長と一緒に編成局の方がいて、藤田社長が『じゃあ、やりましょう』と言った瞬間、その編成局の方は『えッ!?』という顔になった(笑)。『とても準備が間に合わない』と。

 確かに普通に考えれば、『10日後にサッカーの試合を生中継してください』なんて無理な話だよね。でも自分は、一度決めたことは曲げない性格で、『絶対に実現できる!』という根拠のない自信があった。そうしたら、最終的には『Abema TV』編集局の方々のご尽力によって、見事(試合の中継を)実現していただいた。ご迷惑をおかけした分、必ずいい試合、いい一日にしてお返ししよう、と思いましたね」

20代でサッカーをやめていたら
今の自分はない

 引退試合の当日、東京都内の各地は豪雨に見舞われた。だが、西が丘サッカー場周辺は、引退試合が開催されている間、雨が降ることはなかった。”奇跡”の連鎖なのか。永井もこれには驚きを隠せなかった。

「サッカーの神様、そして天国で見守ってくれた祖母と父、さらにF・マリノスで一緒に戦った同志、(松田)直樹が助けてくれたのだ、と思った。そうでなきゃ、西が丘だけ雨が降らないなんて、どう考えても信じられない」

 ヴェルディに始まって、福岡ブルックス(現アビスパ福岡)、清水エスパルス、横浜フリューゲルス、F・マリノス、大分トリニータ、FC琉球と、実に7つのクラブでプレーした永井。西が丘のスタンドには色とりどりのクラブの横断幕が掲げられ、かつて、それぞれのクラブの優勝や昇格に貢献した功労者をねぎらった。

 永井が自らの現役時代を改めて回想する。

「『スター軍団』と呼ばれた読売クラブ、ヴェルディでプロ生活を始めて、エスパルス、フリューゲルス、F・マリノスと、20代の頃は本当に恵まれた環境で、多くのタイトルも手にして、充実したサッカー人生を過ごすことができた。そんな20代、(当時は)そのピークの状態で引退しようと考えていた。

 でも、もし幼稚な考えしかできなかった20代の頃に引退していたら、ほんと、薄っぺらい人間になっていたと思う。さまざまなクラブ、いろいろな環境で過ごしたことで、サッカーに限らず、さまざまな人たちと出会い、いろいろな経験を通して、たくさんの”学び”を得ることができた。

(40代になると)『まだ現役を続けるの!?』とか、周囲からはいろいろと言われたけど、(現役を)長く続けて得た経験は、今の自分にとって、ものすごく役に立っている。かけがえのない”財産”だね」

 四半世紀に及ぶプロサッカー人生で得た、このうえない”財産”。永井はそれを、ヴェルディの未来を託された若い世代に伝えたいと考えていた。

 8月14日、時刻はまもなく18時30分――。

 日本を代表する往年の名選手たちと、「最強軍団」と呼ばれたヴェルディの主軸メンバーが、Jリーグ公式テーマソング、『J’S THEME』のBGMに導かれてピッチに入場し始めた。

 緑のユニフォームを着たラモス、カズ、武田、北澤、そして永井……。ヴェルディサポーターが身震いするような超豪華メンバーである。

 そんなレジェンドたちの最後列には、澤井直人(22歳)、井上潮音(20歳)という若き緑の戦士の姿もあった。

(後編につづく)

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