野球の競技人口減を食い止める取り組みをスポーツ用品メーカーなどが本格化させている(筆者撮影)

プロ野球のペナントレースもいよいよ佳境に入り、観客動員は2498万人と史上最多だった昨年並みの高水準をキープしている。スタジアムにいれば「野球離れなんて、どこの国の話?」という感じがしてくる。高校野球「夏の甲子園」では今年も熱戦が繰り広げられ、今秋のドラフトでのプロ入りが確実視される広陵の中村奨成など、将来のスター候補も生まれている。


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しかし日本の野球は、衰退しつつある。もちろん、少子化の影響はあるが、それを超えるペースで若年層の競技人口が減少しているのだ。どうにか食い止めたい――。共通する思いを胸に野球用具メーカー、プロ野球を統括する日本野球機構(NPB)という、いわば「野球の本丸」の業界や団体も本気で対応を始めている。

7月、大阪府吹田市のビルの一室に、十数人の男たちが集まっていた。スポーツ用品メーカーの野球、ソフトボール部門の幹部社員たちだ。彼らは今年1月、一般社団法人「野球・ソフトボール活性化委員会」(略称・球活委員会)を立ち上げていた。

ライバル関係を超えて21社が結集

「一昨年の8月に、SSK、ミズノ、ゼット、アシックス、ローリングスの5社の野球担当者が一度集まろうかと言うことになったんです。野球離れが進むことに、各社それぞれ危機感を持っていましたが、やれることを一緒に考えませんか、ということでした」

球活委員会の代表理事で、ミズノのダイアモンドスポーツ事業部長の 久保田憲史は語る。「当初は幹部クラスで『何ができるのか?』を話し合っていたのですが、若い人の意見も聞こうということで、持ち帰って方向性が固まったのが去年の夏でした。全ブランド40社に声をかけて、集まったのが21社でした」。

現在、スポーツ用品メーカー21社が名を連ねる「球活委員会」の目的は、野球・ソフトボールの普及振興およびその関連産業の発展を目的とし、さまざまな事業を展開し、野球の各団体を支援することにある。公式サイト「球活.jp」には、メジャーリーグのニューヨーク・ヤンキースやNPBの巨人などで活躍した松井秀喜氏のインタビューなども掲載されていて、力の入りようが伺える。

「まず、こういう団体ができたということを野球界の各団体に説明に行きました。ちょうどプロ(NPB、一般社団法人日本野球機構)とアマ(一般財団法人全日本野球協会)が一体となって『日本野球協議会』を立ち上げたばかりだったので、そこへも説明に行き、一定の感触を得ました」。常務理事を務めるエスエスケイ・事業推進本部ベースボール事業部長の安井浩二が続ける。

同じく常務理事のゼット・ベースボール事業部事業部長の長谷川正は意気込みを語った。「『球活委員会』では、一度野球を始めた人が、一生野球にかかわっていただけるように、支援をしたい」。常務理事のハイゴールド専務取締役、風呂本隆史も「まだ始めたばかりですから、手探りですが、業界全体でいろんなことをやりたいと考えています」と話す。

「球活」に参加する野球用具メーカーは、もちろん熾烈な競争を続けてきた。会社同士がライバル関係にあるはずの代表理事と4人の常務理事たち。話を聞いていると、同志的ともいえる気持ちのつながりを感じるが、「球活委員会」が始まるまで、彼らは互いに話をすることはほとんどなかったという。

「野球離れ」に手を組み立ち向かう

小売り現場での拡販、学校、実業団、プロ野球チームへの用具やユニホームなどの納入、さらには有名プロ選手のアドバイザリースタッフ契約の争奪戦――。競合関係にある会社が、「野球離れ」に直面して、企業の垣根を超えて手を組んだ。事態がいかに深刻かが、このことからもよくわかる。

ただ、野球・ソフトボール用品の売れ行きは、数字上は落ちていない。球活委員会によると、野球・ソフトボール用品は、出荷ベースでは横ばい、あるいは微増を続けているという。それだけを聞くと、市場は縮小していないように思える。

しかしそこには、消費動向とは別の要因が大きくかかわっている。近年、「スポーツデポ」「スーパースポーツゼビオ」などの大規模スポーツ小売店の出店が相次いでいるのだ。一方で町の「運動用具店」は次々と廃業に追い込まれているが、それを上回るペースで大規模小売店の出店ラッシュが続いた。

「スポーツデポ」を展開するアルペングループの公式サイトによれば、2012年6月期、「スポーツデポ」は102店舗だったが、2016年6月期では148店舗、最新の情報では150店舗になっている。この種の店舗はおおむね「スポーツ用品のワンストップショッピング」をコンセプトにしている。だから、野球・ソフトボール用品の売り場面積も大きい。

競技人口は減少しているが、こうした店舗が主に開店時にひととおり商品をそろえるがために、野球・ソフトボール用品の出荷額は減ってないのだ。前出の球活委員会代表理事の久保田憲史もこのことを認める。「市場に野球・ソフトボール用品がだぶついているんです。出店が続くかぎりは、出荷量は増えますが、そろそろ出店ペースも鈍ってきました。閉店、退店するケースも出てきています。市場の飽和点が見えてきた感じです」。

野球・ソフトボール用品の売り上げで、昨今はウエア関連の売上比率が大きくなっている。今の野球選手はユニホーム、練習ユニホームに加えて、グラウンドコート、トレーニングウエアなどさまざまなウエアを着用するようになった。また、応援用のユニホームも売れている。こういう売り上げのウエートが大きい。

これに対し、グラブの売り上げはじりじりと減少しているという。軟式野球だけの数字は発表されていないが、軟式野球用品の売り上げは特に落ち込みが激しいという。これまで小学校、中学校の軟式野球人口が減少していることを紹介したが、メーカーによると成人の軟式野球、つまり草野球の競技人口も減少しているという。

久保田は言う。「今年、高校野球の競技人口が減少に転じました。このまま手をこまねいていたら、野球・ソフトボールは衰退してしまう。その危機感があるのです」。

球活委員会がいま展開しているのは、「野球場へ行こう」キャンペーンだ。

久保田はこう続ける。「NPBや独立リーグ、社会人野球などのチームに入場券を無償あるいは安価でお分けいただき、サイトで応募した親子に配布しています。当面はまずこのキャンペーンを続けます。先日は埼玉西武ライオンズなど、埼玉県内に拠点を置く野球・ソフトボールの4球団が主催する『PLAY-BALL!埼玉』の視察に行きました。こうした幼児への野球普及活動の必要性も感じています。裾野拡大のために、何ができるか考えていきたいと思います」。

実は今、NPBも野球の裾野を広げる取り組みに乗り出している。8月中旬、雨と強い日差しが交互に降り注ぐ蒸し暑い気候の中、岐阜市立中央中学校の体育館には、53人の教員が集まっていた。岐阜県内の小中学校の先生たちだ。これからNPB、日本ソフトボール協会(JSA)共催の「ベースボール型授業研究会」の講義を受ける。

2011年度より全面実施された学習指導要領において「ベースボール型」ボール運動が全国の小中学校の体育授業で必修化された。学校教員は、「ベースボール型」の授業をしなければならない。しかし、20代、30代の中には野球、ソフトボールの経験がなく、ルールはおろか、投げる、打つの基本動作さえ身に付いていない教員も多い。そこでNPBが中心となって、全国の教員に対し、教員向けの「ベースボール型」授業の研究会を開催しているのだ。

学校の先生に元プロが野球の楽しさを伝える

体育館には、NPBと共催するJSA(日本ソフトボール協会)の関係者のほか、中日ドラゴンズとヤクルトスワローズのユニホームを着た元選手もいる。

中日の背番号「24」は、遠藤政隆。主に救援投手として15年間の現役生活で28勝21敗6セーブの成績を上げている。ヤクルトの「26」は河端龍、こちらも救援投手として10年間で13勝14敗6ホールド。2人とも現在は球団職員だ。プロの第一線で活躍した2人の元選手が、小中学校の先生に野球の「いろは」を手ほどきする。

ボールは軟らかいソフトボール大のもの。これを最初は自分で上に投げて両手でキャッチする。キャッチするときには「ぱくっ」と声に出して言う。筆者は小学校低学年、幼稚園児の野球体験教室をいくつも取材しているが、それとまったく同じスタイルだ。転がしたボールのキャッチ、近い距離でのキャッチボール、少し離れてキャッチボール。

なんでもなくこなす先生もいるが、ぽろぽろ取り落とす先生もいる。その後は、ティーを使ったバッティングに。「打つ」となると、経験値の差が如実に出る。ゴルフスイングよろしく、豪快に飛ばす先生がいる一方で、バットにボールが当たらず、ティーの部分をたたく先生もいる。河端講師が、軽妙なしゃべりでわかりやすく解説する。


教員向けの「ベースボール型」授業の研究会に参加した元プロ野球・中日の遠藤政隆さん。現在は球団職員だ(筆者撮影)

時折水分補給をしながら、講義は、試合形式に移行する。遠藤講師が「盛り上がっていこう!」と声をかける。

最初は、攻撃側がボールを投げて走り、それを守備側が確保するゲーム。ボールを確保した人の周囲に守備側全員が集まればアウト。アウトになるまでに回った塁の数が得点になる。次はティーに乗った球を打ち、それを守備側が確保するゲーム。最後はティーで打った球を各塁に送球すればアウトというゲームを行った。試合がだんだん野球らしくなっていく。

この3種類のゲームで約1時間半。ハッスルしてボールを飛ばしたり、塁を回るときに転倒したり、体育館は歓声に包まれた。

授業の進め方を教える講義だから、ゲームの目的を説明し、「この部分は先生方の判断で決めてください」などとポイントとなる部分の説明も行うが、あくまで「先生方が楽しむこと」に眼目が置かれている。

参加した教員の評判はおおむねよかったようだ。岐阜市内の国立大付属中学の女性教員は「今の生徒、特に女子はボールを投げるという経験をしてこなかったので、ほとんど投げられません。そういう生徒に口で言うだけでなく、こういう動きをすると自然にひじが上がるとか、具体的に教えてもらったのがよかったです」と感想を述べた。

岐阜市内の公立中学の男性教員も「ゲームは運動が苦手な子でも楽しめるようにできていたので、よかったと思う。私自身は野球の経験はまったくないけど、やってみて本当に楽しかった。うちは3年生の野球部員がゼロ、授業できっかけ作りができたら」と話した。

講師を務めた2人は、共にこの仕事をして2年目。元中日選手の遠藤は、「とにかく、終わった後に楽しかったなと思っていただけることを目指しています。学童野球などを見に行きますが、チームが合併したとか、6年生が足りなくて5年、6年が駆り出されたとか、競技人口が減っているのを実感します」と話す。

元ヤクルト選手の河端も「野球離れは痛いほど感じています。先生が子供たちに野球を教えるときに、自分が楽しいと思わなければ、伝わらないと思うんです。終わった後の顔色、汗の量を見てもらったらわかると思いますが、今日は楽しんでいただけたのではないですか」と語った。

NPBの野球振興室・室長補佐の松嵜勝久は、取り組みをこう語る。「『ベースボール型授業研究会』は、2012年から年1回、所沢の西武ドーム(現メットライフドーム)に先生方を集めてやっていました。ですが、その方法では参加できる先生の数、地域が限られているので、2016年から、本格的にこちらから出向くことにしました」。

野球振興のためのさまざまな取り組みを連携できるか

2016年は23回開催して約1000人、今年もすでに22回開催して千数百人の教員が体験。今年はあと数回予定しているという。松嵜は次のように言う。

「NPBもJSAもアマチュア野球界も、みんな危機感は持っています。昨年、プロアマの野球界が『日本野球協議会』を立ち上げましたが、ここでも未来へ向けて何かやらなければならないという話になっています。NPBの球団やアマチュア野球団体なども普及活動をしていますが、NPB、JSAで始めたこの試みの経験、成果をみんなで共有できればと思っています」


中学校では教員たちが休みを潰し、残業代も出ないままで行う部活指導が問題になっている。ただでさえも授業、部活と時間に追われ余裕がない先生たちが、「ベースボール型授業」のために割くことができる時間は多いとはいえない。野球界はそれを乗り越えて、野球の裾野を広げる努力をしなければならない。

これまでの成功体験が大きすぎたから、種のまき直しはなかなか難しい。

しかし、野球用具業界もNPBも、そうした地道な取り組みを開始している。私が強く望んでいるのは、現在、バラバラに行われているこうした動きが、連帯、連携して、野球界全体の動きになることだ。野球にかかわるすべての人のパワーで「野球離れ」を克服してほしい。

(文中一部敬称略)