エリック・カールの絵本『はらぺこあおむし』には、少ないページ数の中にこの世のすべての摂理を学ぶヒントが詰まっています(撮影:尾形文繁)

児童書の魅力は、子ども向けに書かれた本だから単に「わかりやすい」ということではありません。子どもは、大人と比べれば、知識も少ないし経験も少ない。けれど大人は、知識を獲得し経験を積むことによって、むしろ目が曇ってくることがあります。素朴な子どものほうがその場の空気を読まないで本質を言い当てます。
だからこそ、子ども向けに本を作ろうとしたらごまかしが利きません。つまらないとすぐにそっぽを向いてしまいますから。だから、いい児童書は、無駄をすべて削ぎ落としたうえで、丁寧に作ってあるのです。
児童書は、子どもの気持ちにならないと楽しめない本ではなく、優れたものは、子どもが子どもとして楽しめるのと同様に、大人も大人として楽しめます。だから、まずは、大人に読んでもらいたいと思います。そのうえでおもしろければ、ぜひ子どもにも読んであげてください。

エリック・カールがあの「色彩」にたどりついたワケ

この本を初めて見たとき、まずこの表紙にすごく惹(ひ)かれました。非常にシンプルですが、1匹のあおむしが大きく描かれていて、とても印象に残ります。「これはあおむしやな」と、誰でもすぐわかる。

さらに、手に取ってページをめくると、色がすごくきれいだということに気づくでしょう。エリック・カールの本の1番の特徴は、この色彩にあります。単に美しいというのではなく、元気いっぱいです。

なぜ彼がこの色彩にたどり着いたのか。これを説明するために、その生い立ちを紹介しましょう。エリック・カールの両親はドイツ系アメリカ人です。彼はアメリカで生まれましたが、6歳のときに両親とともにドイツに渡ります。第2次世界大戦直前の1935年のことです。

彼は、後にこう語っています。

「戦争中の私の幼年時代は灰色でした。ドイツ全土の町や村の建物は、くすんだグリーン、グレー、ブラウンの色におおわれてかすんでいました。人々は、実用主義者として、地味で冴えない衣服をまとっていました。照明を落とし、いつ終わるともしれない灯火管制が敷かれました。中央ヨーロッパでは、天気さえも、しばしば灰色でした。
戦後に通った美術学校で、私は初めて色の楽しさを学びました。それ以来、私は幼年時代の灰色の世界と暗い影に反発するがごとく、大胆な色を駆使することに情熱とエネルギーを注いできました。私は、色彩を大いに賛美し、色の持つ力をかぎりなく高めたいと願っています」
 (『エリック・カール来日記念講義録絵本づくりのひみつ』偕成社)

『はらぺこあおむし』でも、あおむしも蝶も太陽も、とても大胆な色の使い方をしています。まさに情熱とエネルギーに満ちた色使いです。エリック・カールの色の使い方は、色彩の持つ力を確信している人のものです。

それでは、最初のページを見てみましょう。お月様に照らされた葉っぱが描かれています。よく見るとその上に小さな点があります。「あれ? これはなんやろ」と目に止まります。

「おや、はっぱの うえに
ちっちゃな たまご。」
おつきさまが、そらから
みて いいました。
(『はらぺこあおむし』6ページ)

葉っぱの上にあるのは、あおむしの卵です。この小さな点から、すべてが始まります。これは将来、子どもが宇宙のビッグバンを勉強するとき、最初に特異点(重力の固有の大きさが無限大になってしまう点)があったという話につながるかもしれません。

『アルファ』(イェンス・ハルダー、国書刊行会)というおもしろい本があります。全3巻で、万物創生宇宙、地球、生命の歴史を絵だけで描こうとした本です。138億を描くということで、1巻だと、まだ恐竜の時代ぐらいまでしか描いていません。この本の始まり、最初のページも同じように、点が1個です。この卵よりもっと小さい、その点1個がすべての始まりなのです。そこから、ビッグバンが起きて、宇宙が始まり、生命も始まる。

子どもは最初、大人に読んでもらったとおりに、ただ絵と言葉を覚えているだけかもしれません。でも何かの拍子に、記憶と現実がつながることがあります。あの絵本も点1個から始まったな、というように。それが何年後のことかはわかりません。だけどそれで、世界の理解の仕方が立体的になり、重層的になり、ループ状につながっていきます。目の前の事実と子どものころの記憶がつながるという体験を積み重ねることで、考える力は強くなるはずです。

小さな子どもでも時の流れを感じられる

さて、『はらぺこあおむし』の内容に戻りましょう。その前のページには、小さく太陽が描かれていました。昼があって、夜がある。その次のページをめくると、今度はまさに太陽が大地から昇ってくるところです。その脇に小さいあおむしがいて、小さな子どもでも時の流れを感じることができるでしょう。

人間が時間を意識するようになったのは、太陽があったからです。昔は電気も何もないので太陽が沈んだら真っ暗になってしまいます。人間は、まず太陽が昇って1日が始まると考えました。そして太陽が沈んで1日が終わる、と。そこで1日という概念ができました。太陽の光がだんだん強くなって、夏至にピークを迎え、しだいに弱くなっていきます。そして冬至がきて、それで1年という概念ができました。

したがって、1年や1日という概念は、太陽からきています。これは太陽暦です。でも、1年と1日の間が長すぎるので、どうしようかと考えたら、お月さまがありました。太陽に次いで大きいのは月です。その月の満ち欠けがちょうど30日前後で1周するので、これを1カ月としました。これが太陰暦です。

それを12回繰り返して1年になればちょうどよかったのですが、地球が太陽を1周する日数よりも11日ほど短かった。それで、暦と季節がずれると、「閏月」を加えて調整したのが太陰太陽暦です。これが人間の時間の計り方で、その基準になったのは太陽と月ですが、そのこともこの絵本には出てきます。

しかもこの絵本では、1週間の始まりが日曜日だと書いてあるのです。世の中は日曜日から始まり、次の日は月曜日。自然と時の流れと曜日をつなげながら物語が始まるのです。構成としてはとてもよくできています。

次に何が起きるか。あおむしは、腹ペコですから何かを食べないといけません。小さな子どもも、お腹がすいた、何かを食べたい、という感覚はよくわかっています。動物にとっていちばん大事なことは、ごはんを食べることです。そのことがしっかりと伝わるつくりになっています。これも、筆者の生い立ちと関係しているようです。

「はらぺこ」だった筆者の子ども時代

「食べ物は、私にとって、いつも最大の関心ごとでした。私が子どものころはちょうど戦争中にあたり、食べものが乏しかったので、飢えがいつの間にか、私に、食べものに異常な執着を抱かせるようになりました。とにかく、たらふく食べたい、その事で頭が一杯でした」
(『エリック・カール来日記念講義録絵本づくりのひみつ』偕成社)

とエリック・カールは語っています。戦後の何もない時代に幼少期を過ごした僕にも、その気持ちは痛いほどよくわかります。

絵本に戻りましょう。月曜日にりんごを1個食べて、それでもまだお腹がいっぱいにならない。火曜日にはなしを2つ。まだお腹はぺこぺこ。水曜日にすももを3つ、木曜日にいちごを4つ、金曜日にオレンジを5つ。こうやって1日に1つずつ増えていくことで、数を覚えます。ページの大きさも数に合わせて作ってあるので視覚的にもわかりやすい。

それが曜日とつながっていますから、曜日の感覚も自然と身に付くでしょう。そして土曜日になると、子どもの喜びそうなものがずらっと並んでいます。チョコレートケーキ、アイスクリーム、ピクルス、チーズ、サラミ、ぺろぺろキャンディー、さくらんぼパイ、ソーセージ、カップケーキ、すいか。

子どもはきっとこのページに入ったら、好きな食べものをパッと指さすのではないでしょうか。慎重な子どもはジーッと見比べて考えるかもしれません。大人が一つひとつ指さしながら食べものの名前を読んであげたら、すぐに覚えると思います。

食べすぎてしまったあおむしは、お腹を壊してしまいます。たくさん食べすぎるとおなかが痛くて泣くことになるということまで描いてあるのです。でも次の日曜日になると、葉っぱを食べて元気になります。

つぎのひは また にちようび。
あおむしは みどりの はっぱを
たべました。とても おいしい
はっぱでした。
おなかの ぐあいも
すっかり よくなりました。
(『はらぺこあおむし』23ページ)

葉っぱは、人間にとっては野菜。たいていの子どもは野菜が嫌いです。だけど、野菜も食べないといけないというのがなんとなく伝わります。まったく押しつけがましくないのに、教育的配慮が行き届いているのです。そしてあおむしは、腹ぺこではなくなって丸々と太ります。そこからさなぎになってじっと丸まっているだけ。これはきっと蝶々になるのだなと、なんとなく予想する子もいるはずです。そしてページをめくったら、あおむしはきれいな蝶々になりました。

動物はメタモルフォーゼ(変態)があるということ。これについてもエリック・カールは、

「あおむしが蝶や蛾に変身していくのは、私が考えついたことではなく、自然の摂理にすぎません。また、あおむしが蝶や蛾に変身するのには、時間がかかります。それにならって、私は時間の枠を、この場合は1週間の日々としてもうけました」
(『エリック=カール来日記念講義録絵本づくりのひみつ』偕成社)

と語っています。成長していくあおむしをこのような形でていねいに描いているのは、子どもに、チャールズ・ダーウィンの進化論の初歩を教えているような気がするのです。

ダーウィンの進化論とは、世の中のものは全部変わっていきますよ、それは想像もできない変わり方をするものですよ、というもの。つまり、何が起こるかわからないというのが世の中の真実で、だから人間ができること、生物ができることは、目の前で起きたことに対応するだけだと言っています。運と適応が、ダーウィンの進化論の本質です。『はらぺこあおむし』を読んで育った子どもは、世の中は変わっていくのだということを自然と学ぶでしょう。

ページ数にしてたった25ページの絵本の中で、こんなにもたくさんのことを教えられるようになっているのは、とてもよく考えて作ってある証拠です。

子どもが自分のペースで世界を理解できる

絵本は、何回も繰り返し読むものです。数のことや曜日のこと、食べもののことを最初からすべて理解できるわけではなくても、おもしろくて読み進んでいるうちに、たくさんのことが覚えられます。これだけ少ないページ数の中に森羅万象が詰まっていて、子どもが自分のペースで世界を理解していくことができるという点で、まさに傑作といえるでしょう。

ただし、彼の絵本は製作にすごくコストがかかります。『はらぺこあおむし』では、これまで説明したようにページに穴があいていたり、大きさが違っていたりと、かなり大胆なつくりになっています。

そのためアメリカでは出版を決断する出版社が見つかりませんでした。そこで編集者のアン・ベネデュースが日本に持ち込み、偕成社の当時の社長・今村廣さんに見せたところ、すぐに気に入って印刷製本に協力。世に出ることとなりました。アメリカで発売された初版には「printed in Japan」と記されています。結果的には、『はらぺこあおむし』は世界で大ヒットしました。

最後に、絵本全般についても少し書いておきます。これまでもずっといろんなところで話したり、書いたりしてきたことですが、僕は、本の世界にはいい本と悪い本があるだけだと思っています。純文学と大衆文学とどちらが上かという論争が昔はよく行われていましたが、どの本もすべて同じ土俵の上に立っているのです。だから漫画が劣るとは思いませんし、絵本がつまらないということもないでしょう。大人向けの本が立派で、児童書のレベルが低いということでもありません。


たとえば、ヤマザキマリさんの『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)や『プリニウス』(とり・みきとの共著、新潮社)と塩野七生さんの『ローマ人の物語』(新潮文庫)のどちらを読んだほうがローマのことがよくわかるのか。人によって意見は分かれると思いますが、漫画だからダメということではないのです。

これは子ども向けだから、これは漫画だから、と最初から一段低いところに置いてしまうのは、非常に大きな損失です。

そういう意味でも『はらぺこあおむし』は、すばらしい本だと思います。子どもに向けた全宇宙が本のなかにあるのです。それを1冊に凝縮して伝えています。だから大人も真剣に読んでみてください。そうしたら、この本のすごさがよくわかると思います。