森の恵みと職人技が紡ぎ出す、アイヌの伝統織物「アットゥㇱ」

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アイヌに伝承される織物「アットゥㇱ」。私がアイヌ文化に関心を抱き、北海道を巡って出会った伝統工芸品のひとつです。アットゥㇱの手触りの良さと自然素材の優しい風合いに一目惚れ。この織物がどのようにして作られているのか、強い興味に駆られました。
樹皮から作られる反物、アットゥㇱ
アットゥㇱは、オヒョウ(ニレ科の樹木)等の内皮を糸にして織られた反物です。その昔、アイヌの各家庭では、この反物から民族伝統の着物や日用雑貨を日常的に手作りしたのだとか。しかし現在では、家庭でアットゥシを織る風習は途絶えつつあり、アットゥシの伝承者も数少ないそうです。
アットゥㇱの反物と糸。アイヌの人々と本州との重要な交易品でもあった。アットゥㇱは丈夫で水に強く、通気性が良い。
アットゥㇱの伝統を支える女性の匠
希少な織物となったアットゥㇱですが、その伝統を絶やさんと、半世紀以上にわたってアットゥㇱを織り続ける女性がいます。アットゥㇱの伝承者・貝澤雪子さんです。雪子さんはアイヌ文化が色濃く残る平取町二風谷地区(北海道沙流郡)で、日夜アットゥㇱと向き合っています。
アットゥㇱの伝承者・貝澤雪子さん。北海道アイヌ協会から優秀工芸士として認定され、アットゥㇱの次世代への伝承や育成などにも取り組んでいる。
雪子さんのお話を伺ってまず驚いたことは、雪子さんは機織りだけでなく、アットゥㇱの糸づくりも担っていること。そしてすべてが手作業で行われているということです。
アットゥㇱの糸ができるまでには、いくつもの工程が存在します。最初にオヒョウの木の樹皮・荒皮を剥ぎ、内皮を取り出します。次に、取り出した内皮をやわらかくするために釜で煮てから、沢で洗って内皮のぬめりを落とします。ぬめりを落とした内皮は乾燥させ、何層にも重なった内皮を一枚ずつ丁寧に剥がした後、さらに完全に水気を飛ばします。完全に内皮が乾燥したら、内皮を細く裂き、捻じりを加え、それらを結んで繋ぎ合わせていくことで、糸ができあがります。
オヒョウの内皮。幾層もの内皮を、一枚ずつ剥がしていく様子。
ときに、内皮を剥がしてから、草木などで染色をほどこすこともあるそうで、なんと手間暇のかかること! 1年間の仕事のうち、8割近くもの時間がこの糸作りに費やされるそうです。
染色したオヒョウの内皮。雪子さんは身の回りにある草木で染色するという。
細く裂いた内皮に捻りを加え、ついに糸の完成。糸玉にするのも手作業。

「自然の恵みを材料としているから、その樹木の個性によって加工にかかる手間暇が違ってくるの。長年やっていれば、仕事の勘が養われて、良い糸や織物ができる塩梅が分かってくる。手引き(マニュアル)はないからね、自分の経験と知識が頼りよ。いつも、一生勉強って思っているの」(貝澤雪子さん)

最近では、和装用の帯の依頼なども増えており、帯のデザインを自分で考え、織っていくことが多くなったと言う雪子さん。「アットゥㇱの仕事はね、長年やっていても全然飽きないの。やればやるほど面白いの」と話しを続けながら、複数の糸を巧みに使い、ひと織りひと織り丁寧にアットゥㇱを織っていきます。
機織りの様子。見ているだけでも気が遠くなりそうな、緻密で細やかな手仕事。熟練の技と知恵が所々散りばめられているであろうことは、傍で見ているだけでも感じ取れる。
匠の言葉に学ぶ、仕事との上手な付き合い方
そんな雪子さんに、半世紀以上もアットゥㇱを織るなかで仕事に限界を感じたり、仕事を辞めたいと思ったりしたことはないのか? と質問をぶつけてみました。