9月16日、「文庫Xの歌」を歌う「歌手X」の正体が明らかになる(写真はイメージ)


「文庫X」を読んで書いた曲です。

 そう書かれた手紙と共にCDが送られてきたのは、2017年4月のことだった。

 さわや書店は彼女を説得し、そのCDを「文庫Xの歌」として売り出すことにした。

 全国でも例がないだろう、この書店発のオリジナルCDが予想以上の売れ行きを見せ、思いもしなかった展開に進みつつある。

 今回の記事では、僕たちさわや書店が、どのような経緯で、そして、どのような思いを込めて「文庫Xの歌」を売り出すことになったのかをお伝えしたい。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

なぜ本の表紙を隠して売ったのか

「文庫X」という企画については以下のコラムに詳しく書かせていただいたが、ざっとおさらいしておこう。

◎「大ヒット『文庫X』の仕掛人が語るアイデアの源泉」
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48294

◎「この書店だからできた『文庫X』仕掛人の挑戦」
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48295

 2016年7月21日、その本はさわや書店フェザン店の店頭に並んだ。とある文庫本の表紙をオリジナルのカバーで覆い、タイトルも著者名も見えない状態で販売した。買う前に分かるのは、「税込810円であること」「500ページ以上であること」「小説ではないこと」の3つだけ。この謎の本は、さわや書店フェザン店の店頭に並ぶやいなやすぐに売れ始め、やがて全国650以上の書店に波及、タイトルを明かした現在も売れ続け、30万部を超えるベストセラーとなっている。

「文庫X」の正体は『殺人犯はそこにいる』(清水潔著、新潮社)。北関東で起こったとある未解決事件を扱ったノンフィクションだ。

 半径10キロの狭い範囲内で幼女誘拐殺人事件が5件も起きている。それらの事件は、別々の事件として捉えられていたが、清水氏は疑問を抱く。同一犯ではないのか? と。しかしその推測には致命的な欠陥があった。なぜなら、(同一犯だとすれば)4件目に発生した事件は、既に犯人が逮捕、起訴されており、事件としては結着していたからだ。4件目が単独犯と認定されているなら、5件が連続した事件であるという推測は成り立たない。

 しかし著者は自分の違和感を捨てなかった。もしかして4件目の事件(「足利事件」と呼ばれている)は冤罪なのではないだろうか──。1人の記者が抱いたこの壮大な疑問を解消すべく壮絶な取材が展開され、著者が想像したような事実が明るみになっていく。しかしそこには日本社会が抱える恐るべき闇があり、連続殺人犯と思しき人物が野放しにされているという現実が浮き彫りになっていくのだ。

 僕はこの本を、あらゆる人に読んでもらうべきだと感じた。読んでくれた方には、その想いはきちんと伝わっていると思う。読めば必ず、誰もが読むべき本だと感じてもらえる。そういう自信があった。しかし同時に、この『殺人犯はそこにいる』という作品は、簡単には手に取られないだろう、とも思った。「自分が読む本ではない」と思われてしまうだろう、と考えた。そこでその先入観を乗り越えてもらうために、表紙を隠すという禁じ手のようなやり方をしたのだ。

あまりの衝撃から曲を作った

 さわや書店がそんな風に売り出した『殺人犯はそこにいる』を読み、そのあまりの衝撃から曲を作った女性がいる。「文庫Xの歌」の歌い手のその女性(以後「歌手X」と呼ぶ)も、僕の強い想いを込めた「文庫X」を店頭で見つけて手に取ってくれたのだろう、と思っていたが、実はそうではなかったようだ。

「歌手X」は、「文庫X」を知る前に、『殺人犯はそこにいる』という本を手にして読んでいたという。事件のことをあらかじめ知っていたわけではないが、母親が群馬出身だったことが、手を伸ばすきっかけになった。

 一読した彼女は、そのあまりの現実に打ちのめされた。幼い命が奪われていること、間違った人物が逮捕され収監されていたこと、著者が真犯人を突き止めるまでの過程、その人物が様々な捻れた事情により逮捕されないでいること、そしてそれらすべてを自分が知らなかったこと。そういう一つひとつのことに、彼女は心を動かされ、絶望し、ぐるぐるとした思考と感情に囚われていった。

 読み終えた彼女は、自分の内側で、どうにもしようがないやりきれない想いがくすぶっていることを自覚する。そうした消化しきれない想いをなんとか吐き出すようにして、いくつも曲を生み出していった。

 彼女にとってそれは、自分の中の何かを整えるような行為であり、誰かに聞いてもらいたいと思って曲を作ったのではなかった。本来であればその曲たちは、誰にも聞かれることなくしまい込まれていたはずだった。

「文庫X」の存在を知るまでは。

 正確に言えば、「文庫X」の存在は割と早い時期に知っていたという。読書家である母親から、その存在は耳にしていた。東北で話題になっている本があるみたいよ、と。そしてある日、書店でその現物を見かける。自分が心をかき乱された本を「文庫X」として広めようとしている「さわや書店」という本屋がある。初めてそのことを認識した彼女は、さわや書店の人たちに自分が作った曲を聴いてほしいと思ったのだ。

 当店に送られてきたのは、そんな経緯を持つ歌だった。

大観衆の前で「歌手X」の正体が明らかに

 冒頭で僕は、「さわや書店は彼女を説得し」と書いた。そう、彼女はこの曲をさわや書店が売り出すことを、すんなりとOKしてくれたわけではなかった。元々聴いてもらうつもりで作ったものであるならそんな抵抗はしなかっただろう。しかし彼女はこの歌を、自分の感情を整理するために作った。そして、「文庫X」として「殺人犯はそこにいる」を広めてくれた「さわや書店」の方だからこそ聴いてもらいたいと思った。だから、より多くの人に聴いてもらうことに抵抗があった。

 また、事件そのものも未解決であり、亡くなった方やご遺族の方のことも気にかかった。誰かの哀しみに寄り添いたい──そんな想いで作った曲であり、誰かを傷つけるような歌ではないという気持ちはもちろん持っていた。それでも、思ってもみなかった形で誰かを傷つけることがあるかもしれない、という怖さもあった。

 けれども僕たちさわや書店は、この曲を広く聴いてもらいたいと思った。思ってしまったのだ。

 初めて聴いた時は、本当に驚いた。歌声や歌詞などそのすべてから、溢れるような想いと力強さを感じた。辛い経験や記憶を忘れたり捨ててしまったりするのではなく、それらを抱えたまま共に生きる意志を得るまでの葛藤と苦悩を描き出しているのだと思った。「文庫X」を読んでいてもいなくても、前に進むための勇気をもらえる、そんな歌だと思った。

 もちろん聴いていて、「文庫X」の世界観を強く感じた。「文庫X」が歌になって戻ってきたのだと、そう感じることができた。「文庫X」を始めた書店として、「文庫X」を一番に支えてくれた当店の読者にこの歌を聴いてもらいたいと思ったし、そういう方々の人生を支えてくれる歌として受け入れてもらえるのではないか、と思った。

 同封されていた彼女の資料(これまでにインディーズで販売したCDなど)を見て、僕たちは再度驚かされることになった。歌と見た目のイメージがあまりにも違うのだ。その瞬間、僕の中では決まっていた。この歌を、「文庫X」のようなパッケージで売らせてもらおう、と。彼女のことを先に知った状態では、先入観が邪魔をして歌を聴いてもらえないかもしれない、と思ったのだ。

 聴いてもらうつもりのなかった歌が広まることに怖さを感じていた彼女と、彼女の名前を伏せて売り出そうとしていたさわや書店の考えは、奇しくも似たような方向を向いていた。ためらう彼女にさわや書店側の想いを伝え、「文庫Xの歌」として販売することを何とか了承してもらった。「文庫X」の時のようなジャケットを、同じアルバイトの子に書いてもらい、5月26日から店頭での展開を始めた。現在もこのCDは、さわや書店フェザン店でしか販売していない。展開開始後からずっと売れ続け、300枚を超える売り上げとなっている。

「文庫Xの歌」のパッケージ


 彼女の想いは、多くの人の心を動かし、今、大きなうねりになろうとしている。9月16日、彼女はIBC岩手放送が主催する「IBCまつり2017 in アピオ」でその歌声を披露することになった。3万人を超える来場者の集うイベントで、「歌手X」の正体が明らかにされる。

 彼女の歌を聴いてほしくて、僕たちは名前を伏せて「文庫Xの歌」を売り出した。でも僕たちは確信を持っている。「歌手X」その人にも、多くの人にきっと興味を持ってもらえるはずだ、と。「歌手X」がその正体を明かす瞬間を見に来られる方は、ぜひ来てほしい。そしてそうではない方にも、その後の彼女の努力や奮闘を、見守ってほしいと思う。

「文庫X」と「文庫Xの歌」を並べて販売しているさわや書店の店頭


筆者:長江 貴士(さわや書店)