名古屋鉄道高浜港駅前にある、子どもの背丈ほどある巨大な鬼瓦。高浜市を中心とするエリアは、全国の屋根瓦の7割を生産する一大産地だ(記者撮影)

「昔、この辺りには瓦の窯元がたくさんあったよ。今じゃだいぶ減ったけどな」。タクシー運転手は記者にそう話した。

名古屋駅から電車で1時間。愛知県高浜市を中心とする一帯は、屋根瓦の名産地だ。良質な粘土が採取できる土地と、河川や港にも近く船便で全国に出荷できる地の利を武器に発展を続け、現在でも全国の屋根に用いられる瓦の7割はここから出荷される。

産地だけあって、車窓から見える戸建ての多くが瓦屋根だ。「屋根のことなら誰にも負けない自信がある!――瓦リフォーム工事」とうたう看板まで立っていた。

日本では1400年前から屋根材として親しまれてきた瓦。その伝統が今、岐路に立たされている。

「屋根瓦におカネはかけられない」


屋根瓦工場内部の様子。オートメーション化が進み、全国の瓦の20%を製造する(提供:鶴弥)

『日本書紀』によれば、日本に百済から瓦が伝わったのは西暦588年、飛鳥時代の直前だ。

当初は寺院や城郭の屋根材として用いられていたが、18世紀ごろには一般にも普及し始めた。

大火が頻発する江戸市中にあって、8代将軍徳川吉宗が瓦の耐火性に着目し、武家屋敷などにも用いられた。

明治時代に入ると庶民の住宅にも広がりを見せ、1950年前後からは本格的な工業生産も始まった。瓦は断熱性に優れるほか、経年劣化にも強く、現在の国の評価基準によれば耐用年数は60年にも上る。風雨にさらされる屋根材にはうってつけだった。

大手メーカーも製造ラインを増設して量産体制に入り、供給量が爆発的に増加。その後、住宅着工戸数が高水準で推移したこともあり、今や日本家屋の代表的な特徴の1つになった。

ところが、1990年代から潮目が変わった。屋根瓦の住宅の着工件数が減少に転じ始めたほか、「家を購入する人の所得が下がり、屋根にまでカネがかけられなくなった」(業界団体である全国陶器瓦工業組合連合会の小林秋穂専務理事)。

加えて、どんな家にするかを工務店と相談しながら建てる注文住宅に代わって、メーカーがすでに建てたものを買う建て売り(分譲)住宅を選ぶ人が増加。

最終的にかかった建築費を施主が支払う注文住宅と異なり、あらかじめ設定された売り出し価格の範囲内で建築費を捻出する建て売り住宅にとって、屋根にまでコストはかけられない。

屋根瓦は初期費用こそかかれど、その後の維持費がほとんどかからないため、長い目で見れば高い買い物ではない。だが、ある大手建て売り住宅メーカーの場合、すでに「当社が建てる住宅の屋根材は安価なセメント製」なっているのが現状だ。

瓦屋根を豊富に取りそろえる大手ハウスメーカーも、「屋根瓦の施工には熟練した技術が必要。セメント製に比べて施工時間もかかるため、コストがかさみがち」と打ち明ける。

屋根面積も小さくなり、1戸当たりに使用する屋根瓦の枚数も減少した。かつては2階建てであっても1階に屋根がある戸建て住宅も多かったが、現在は2階にしか屋根がない戸建ても増え、乗せる瓦の枚数も3割ほど減ったという。

地震に弱いイメージが定着


新東は太陽光パネル付設可能な瓦を開発、需要の取り込みを進めている(記者撮影)

そこへ追い打ちをかけたのが、1995年に発生した阪神・淡路大震災だ。倒壊した瓦屋根の住宅の写真や映像が全国に流れた。

「瓦は地震に弱い、というイメージが瞬く間に定着してしまった」(兵庫県の淡路瓦工業組合)。実際のところ、「倒壊の原因は瓦ではなく、建物に耐震補強工事が施されていなかったこと」(大手瓦メーカー幹部)だという。

こうした風評もあり、瓦業界は一丸となって、風評の払拭に努めている。全国陶器瓦工業組合連合会がパソコン上で耐震シミュレーション実験を行ったところ、地震による倒壊は屋根材ではなく耐震工事の有無が原因という結果が出た。

「現在の屋根瓦は軽量化が進んでいるうえ、土で塗り固めるのではなく釘やビスで固定する。瓦は重いから危ない、という懸念は当たらない」(屋根瓦業界で売上高首位の鶴弥)。

大手ハウスメーカーの住友林業も、「十分な耐震実験を行い、安全性を確認している」(資材物流部部材開発グループの高嶋宏副部長)と説明。実際にパンフレットなどで、安全性をアピールしている。

しかし、一度定着したイメージの払拭は難しかった。昨年10月には群馬県高崎市が、瓦を下ろしてセメント製や金属製の屋根材へ葺き替える工事に補助金を支給するという"事件”が発生。業界の反発を受け、この6月からは新しい瓦への葺き替えも対象となったものの、地震に弱いというイメージが根強く残っていることは明白だ。

一般的な屋根瓦である陶器瓦の出荷総額は、1980年をピークに、2014年時点で369億円と4分の1まで縮小。神社仏閣や日本家屋向けのいぶし瓦に至っては、1993年をピークに、2014年には97億円と6分の1まで落ち込んだ。


壁材、太陽光向けなど多角化を模索するが・・・

こうした逆風の中、瓦メーカー各社は生き残りを模索している。業界首位で東証2部と名証2部に上場する鶴弥(愛知・半田市)は、屋根瓦で培った技術を用いて壁材の開発に着手。現在はテスト販売中だが、軌道に乗れば「戸建てだけでなく、マンションや商業施設にも営業がかけられる。土特有の風合いを建築に生かしたい」(満田勝己取締役営業部長)。

業界2位でジャスダック上場の新東(愛知・高浜市)も、太陽光パネルとの一体型の瓦を開発。「瓦はセメント製や金属製の屋根材と異なり手入れが不要なため、パネルと相性がいい」(新美昌彦取締役営業部長)。シャープの代理店としてパネル販売に取り組むなど、瓦以外の事業も展開する。


栄四郎瓦の樅山(もみやま)朋久社長。記者会見では、創業200年を超える名門企業として、日本の伝統を担う自負を語った(記者撮影)

「日本国民のため、これからも瓦はできるだけ安価で提供していく」「同業他社が廃業する中、自分たちは何とか続けていきたい」――

1801年創業の名門で、屋根瓦メーカーとして売上高3位の丸栄陶業(愛知・碧南市)は、9月1日から社名を「栄四郎瓦」に変更すると発表した。

新社名に掲げた「栄四郎」は、同社が製造する瓦のブランド名だ。創業家出身で8代目の樅山(もみやま)朋久社長が強調したのは、「伝統を継承する責任」だ。

「日本で最も古い瓦メーカーとして、瓦産業を支えたいという理念から社名変更を行った」(樅山社長)という。目下の事業環境として「サプライチェーンの毀損リスク」を挙げ、2013年には屋根瓦の原料である粘土のメーカーを買収したことを明かした。

栄四郎瓦を含めた屋根瓦メーカーは、瓦を一から製造しているのではなく、粘土を加工・成形・焼成し、全国に出荷するのが役目だ。原料の粘土や焼成前に塗る釉薬(ゆうやく)は、周辺に位置する外部の業者から調達している。

さらなる新築住宅減で打撃は必須


栄四郎瓦はHPに四コマ漫画を掲載するなど、瓦のイメージ向上に取り組んでいる(画像:栄四郎瓦)

こうした原料業者は零細企業が多く、「仮に大手が瓦製造以外に舵を切れば、原料業者は立ちゆかなくなる。淘汰といえばそれまでなのかもしれないが、すると今度はわれわれが瓦製造に必要な原料を調達できなくなってしまう」(大手瓦メーカー幹部)。

愛知県の三河地方という限られた地域で全国の屋根瓦製造を引き受けるには、他社との連携が欠かせない。「全国に出荷しているといっても、しょせんは地場産業だ。持ちつ持たれつの関係を大切にしないとやっていけない」(同)。

ただ、残された時間は多くはないかもしれない。野村総合研究所の推計では、2030年の新規住宅着工戸数は、現在の6割未満である55万戸にまで減少する。手探りの各社を尻目に、市場は容赦なく縮小し続ける。

「燃料電池の素材であるファインセラミックスは、高温で焼き上げる点で瓦と同じ。既存の設備が活用できるのでは」(全陶連の小林氏)というアイデアも挙がるが、現状では開発に取り組んでいる企業はないという。

大手ハウスメーカーは「日本の住宅の屋根には瓦が一番しっくりくる。本当は屋根瓦をもっと顧客に選んでもらいたい」と胸の内を明かす。

日本の屋根瓦を守ることができるのか。業界の試行錯誤は続きそうだ。