「わかるわかる〜」の感覚で、つながりがちな女子たち

友達と会ってご飯とか食べている時に、彼女の履いている靴がかわいいくて、それかわいいね、どこで買ったの?ネットで。安いし使いやすいんだよねー、なんて会話の末に、同じものを買うことがよくあります。繁華街で観察すると、それどこかの制服ですかっていうくらい似たような格好してる女子集団を見ることもあります。趣味の仲間で全員コスプレとか全員ゴスロリってパターンもありますが、そうでなくても髪型が同じとかバッグが同じとかの集団が多く、丸の内女子OL風とゴスロリが一緒に歩いてるなんて光景は、まず99%見かけません。

これ心理学的に分析すると「共通項を持つことによる共感の醸成」を無意識にやっているってことらしいのですが、特に女子に強い傾向なんだとか。女子は共感――「わかる〜」とか「いいね!」の感覚で結ばれがち、そう思える相手を自分の仲間として肯定するところがあるんですね。つまり「共感」=「同類」=「好意」=「理解」=「味方」です。

そんなことを踏まえつつ、前回に引き続き今回のネタは『エル ELLE』。主人公のアラフィフ女社長ミシェルは、レイプされた後も普通の顔して日常を生き、自分の元夫と親友カップルとの食事会で「実は自宅で襲われ、レイプされちゃったのよね」とさらっと告白する人です。「そういうのってわかる〜!」ワケありません。

怪しい部下に「ペニス見せな」と冷酷にパンツを下げさせ、レイプ犯かどうか確認するイザベル・ユペール様。

「共感はできないけど、そういう考え方もあるのかも」

なにかしら映画を観て「イマイチだった」と答える人に、なんで?と理由を尋ねると「共感できなかった」という答えが返ってくることがあります。それってどういうこと?ともう少し突っ込むと、「主人公が好きになれなかった」とか「何が言いたいのかわからない」みたいなことなのですが、そういう答えを聞くたびに、わたしは「はて?」と思います。共感て、なきゃいかんのかしら。

共感しないと理解ができないし、という人もいるかもしれませんが、私はそれにも「はて?」と思います。だって共感を通じた理解は、「自分と同じだから理解できる」ってことでしかなく、つまりは「自分と違う人間は理解できない」って言ってるのと同じだからです。「共感できないけど、そういう考え方もあるのかも」という理解は、そこには存在しません。

このあたりで私は、やや悶々としてきます。映画の登場人物にすらそんな風に言う人たちが、実際の生活の中で「共感できない」人の存在を、理解し認めることってできるのかしら。自分と似た感じ方、考え方の人間しか肯定できないんじゃないかしら。別にその人と親友になる必要はないけど、だからって別に敵ってわけじゃない、と思えるのかしら。

観客の「わかるわかる〜!」を一切拒絶する『エル ELLE』は、そうした共感の限界に挑んできます。思えば映画にはミシェル以外にも、「普通の女子」が共感できない「普通じゃない女子」が山盛りです。レイプされた女。レイプされても泣かない女。他人の夫と寝る女。仕事優先で子育てをしない女。別の男の子供を「あなたの子」と偽り結婚する女。若い男に入れあげる女。夫の暴力を黙認する女。

「共感できない」と、まるで怪物のように嫌い、恐れ、非難し、攻撃するのは確かに簡単。でも何かの拍子に気づいたら、自分が「普通じゃない女子」になってことも、人生には起こりうる展開なんですよ。

『エル ELLE』

(C)2015 SBS PRODUCTIONS - SBS FILMS- TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION - FRANCE 2 CINEMA - ENTRE CHIEN ET LOUP

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