マルセロがマドリー加入の経緯語る 「これからシベリアかどこかに連れて行かれるんじゃないか」

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▽レアル・マドリーのブラジル代表DFマルセロが、2007年にフルミネンセからエル・ブランコに加入した経緯について語った。イギリス『スカイ・スポーツ』が伝えている。

▽昨シーズンに外国人選手としての歴代最多勝利を記録するなど、今や同胞ロベルト・カルロスを抜いてクラブ史上最高の左サイドバックとも称されるマルセロだが、2007年1月にマドリーに加入した際は無名な若手選手の1人に過ぎなかった。

▽サッカー界屈指の目利きであるモンチ氏がスポーツ・ディレクターを務めるセビージャ加入が濃厚とされた中、土壇場でマドリー行きが決定したマルセロは当時の状況について以下のように説明している。

「ある日、知らない人から着信があったんだ。電話に出ると、“レアル・マドリーでプレーしたいか?”と言ってきたんだ。僕がもちろん、と答えたら、“レアル・マドリーに行くぞ”と言われて電話を切られたんだ」

「その数週間後、ポルトアレグレでの試合後にホテルでマドリーの関係者と会ったけど、名刺とかは渡されず、僕に彼女がいるかとか、今誰と一緒に住んでるのか、とか聞かれたよ。結局、マドリッドでメディカルを受けるために飛行機に乗ったけど、書類手続きとかは一切していなかったし、これは合法なのか、これからシベリアかどこかに連れて行かれるんじゃないかとか考えていたよ」

「僕自身、16歳の頃までチャンピオンズリーグの存在さえ知らなかったんだ。当時、チームメートがサッカーの試合をテレビで観ていた。確か、あれはポルトとモナコの試合だったと思う。だけど、僕はスタジアムの照明が煌びやかで、ピッチがすごく綺麗だったというぐらいの印象だったよ」

「当時、ブラジルでは有料のペイチャンネルでしか見られなかったし、僕のような若者には縁がないものだった」

「18歳の時だったけど、マドリッドに着いたときはこれから交渉するのかと思っていたけど、レアル・マドリーのエンブレムが記された契約書が用意されていた。それにサインすると、スーツを着た男の人たちにスタジアムのピッチに連れていかれた」

「彼らはそのままメディアの前で僕を紹介した。ブラジルにいた僕の家族は、僕がレアル・マドリーに移籍したことを信じていなかったし、『Globo Esporte』のニュースを見て、ようやく信じてくれたよ」

▽また、マルセロは自身の憧れのロベルト・カルロスの存在が、よりマドリー移籍を非現実なものにしていたと語っている。

「すべてが非現実に感じた理由はロベルト・カルロスの存在だったよ。彼は僕のアイドルで神のような存在だった。そんな彼と同じチーム、同じポジションで争うことになったんだから、全く信じられないことだったよ」

「ロッカールームにはロビーニョやシシーニョ、ジュリオ・バチスタ、エメルソン、ロナウド、ロベルト・カルロスにカシージャスやラウール、ベッカム、カンナヴァーロが居たんだ」

「彼らは僕にクラブに関わる多くのことを教えてくれたし、ロベルト・カルロスは初日に僕の近くに来て、“これが僕の電話番号だ。何か困ったことがあれば、何でもいいから連絡してきなさい”と言ってくれたんだ」

▽ちょうど10年前のマドリー加入の経緯を事細かに説明したマルセロだが、今ではFWクリスティアーノ・ロナウドらと共に押しも押されもしないマドリーの重鎮だ。今後は憧れのロベルト・カルロスのように、自身に憧れる多くのブラジル出身プレーヤーの頼れる先輩として大きな支えとなるはずだ。