ラーメンの「ラ」って?最強うんちく6つ

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■ラーメンの「ラ」って何?

“自称日本一ラーメンを食べた男”ラーメン評論家 大崎裕史氏によると「中国語で『ラー(拉)』は“のばす”という意味」らしい。中国にはさまざまなタイプの麺(中国語では面)がある。棒状の生地をちぎる“面片”、生地の塊を刀で削る“刀削面”、そして生地をねかす→のばすを繰り返すタイプが「拉面」、すなわち「ラーメン」というわけ。ただし、こんな説もある。札幌ラーメンの祖、竹家食堂の中国人店員による一丁上がりという意味の掛け声「好了(ハオラー)!」の「ラー」からきたという説。その他、中国語で「そば」を示す“老麺(ラオミェン)”が変化した説、大正時代、浅草にあった中華料理店の屋号“柳麺(ラオミン)”がなまった説……これらが最終的に一つの「ラーメン」としてまとまったというのがラーメンの持っている奥深さかも。

■現存する最古のラーメン屋は?

ラーメン界のスペシャルヴィンテージ。1912年、神戸外国人居留地で創業した「大貫」が「おそらく日本で最初かと」と大崎氏。伝統的な足踏み製法でつくられるたまご麺と約100年間注ぎ足された熟成醤油ダレで、今も素朴なラーメンを生み出す。ちなみにこのタレは名物の“やきめし”にも使用。まさに歴史を食べる感。

■なるとが定番の具なのはなぜ?

落語『時そば』にあるように、江戸の昔から蕎麦の具に練り物は定番。歴史を繙くと、蕎麦屋からラーメン屋に転じた店が多く、蕎麦のかまぼこがラーメンのなるとに、という説。また文明開化期、豚肉(叉焼)を食べ慣れない日本人のため丼に雷文、具材になるとと、Wのグルグル模様で邪気を封印したというオカルト説も。

■ラーメン激戦区ってどこ?

そもそも激戦区とは競合店がひしめくエリアのこと。そして今も昔も激戦区たるは「高田馬場です」と大崎氏は断言する。4年で住人が入れ替わるという学生街の特性上、その時代その時代の若者の好みに敏感な店しか生き残らない。時代に遅れた店は撤退し、新しい店がどんどんできる、高田馬場とは過酷なラーメンサバイ場〜。その特質を考慮した上で『麺屋武蔵 鷹虎』などはあえて武蔵の味にこだわらず、若者にウケる味を常に追求している」と大崎氏。とにかくラーメンの「今」を知りたきゃ、高田馬場へ!

■ラーメン好きな県はどこだ?

「それはもう山形県ですよ」と大崎氏。山形県は、人口あたりのラーメン屋の数が全国1位。さらに、日常的に“来客があれば出前のラーメンを頼む”という麗しき文化があるという。また山形の蕎麦屋には必ずラーメンがあり、大人がかけ蕎麦、子供たちはラーメン……なんて光景も日常だ。ちなみに第2位は新潟県、3位は栃木県、4位は秋田県、5位に北海道と続く。寒さはラーメンをおいしくするらしい。一方ワーストには奈良県、兵庫県、大阪府、滋賀県が並ぶ。絶対王者うどんが君臨する関西圏では苦戦を強いられるラーメン。粉もん圏内にはまだまだラーメンのブルーオーシャンがありそう。

■「二郎」ってどんなラーメン?

ラーメン好きに特別な感慨を抱かせる「ラーメン二郎」。太麺、こってり、野菜たっぷり、ここまでボリュームがありながら、安い。「ラーメンは食べないが、二郎は年間250杯食べる、なんて言う人もいますから」と大崎氏。「三田に移転するとき、看板屋さんが間違えて“次郎”を“二郎”と書いてしまったが、おおらかな店主はそのまま営業した」なんていうほのぼのエピソードも。一方、ほのぼのしていられないのは“コール(呪文)”と呼ばれる独特の注文方法。「野菜、にんにく、アブラ(背脂)、カラメ(味を濃く)」が基本で、量を多くしたいときは「マシ(多め)、マシマシ(通常の2倍)」などアレンジを。こちらのコール、伝説や噂が独り歩きしているが、実際は「普通でお願いします」でも十分伝わるそう。ホッ。

<参考文献>小菅桂子『にっぽんラーメン物語』/石上秀幸『ラーメン最強うんちく』/ジョージ・ソルト『ラーメンの語られざる歴史』
*ラーメン好きな県民についてはタウンページ調べ。「2015年の都道府県別 人口10万人に対するラーメン店の登録件数」の順位。

(西澤 千央 文・西澤千央 教える人:ラーメン評論家 大崎裕史)