番組のMCを務める河本準一、名倉潤、牧野結美(左から)/(C)テレビ東京

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9月7日深夜放送の「じっくり聞いタロウ〜スター近況(秘)報告〜」(テレビ東京系)では、「有名人のヤバい話大暴露SP」を放送。ジャニーズのアイドルグループ「忍者」の元リーダー柳沢超(すすむ)が「僕らの(デビューの)前が社会現象が起きた『光GENJI』、僕らの(デビューの)後が『SMAP』なんです」と語り、ジャニーズでの超不遇な出来事や、「忍者」が解散せずに自然消滅した真相を大暴露した。

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1990年ジャニーズ事務所からアイドルグループ「忍者」としてデビュー。「『光GENJI』、『SMAP』って言う名前なのに『忍者』って?」と河本準一(次長課長)「当時、先輩方が『シブがき隊』、『少年隊』、『光GENJI』って感じだったじゃないですか。そしたら次『SMAP』って。そこからずっと横文字になっちゃって。ほんと僕ら不遇ですよね」と柳沢が嘆く。圧倒的人気を誇る2つのグループに挟まれ、まさに影の道を歩いてきたという「忍者」。さらに「『光GENJI』って光とGENJIに分かれていて、GENJIの5人は僕らより後輩なんですよ、光はだいたい同期です」と柳沢。「僕、光でしょうみたいなことは言わなかった?」と名倉潤(ネプチューン)も聞くが「だって光の2人、背が高いですもん。僕そんな背高くないし」と柳沢。背の高さが原因だったと話す。「5人グループ(GENJI)にも入れなかった?」と河本が聞くと「だって若いですもん。諸星とか」と柳沢。「GENJIは(当時)みんなかわいい感じやった。(柳沢は)光の年齢やねんな」と名倉も納得する。

「『光GENJI』はすごかったですよ。僕らがまだデビューする前「ザ・ベストテン」で『光GENJI』が1位になって、仙台かどこかのスペシャルだったんですよ。で、『忍者』が応援に行くぞっていう企画があって。一緒に新幹線に乗って仙台の駅についた瞬間に、駅全部『光GENJI』のファンで埋まってましたもん。全部ですよ。端から端まで。僕らのファンどれだろうって」と嘆く柳沢に名倉は「(ファンも)忍者やから分からへんねん」、河本は「隠れてますねん」と言い大爆笑に。

その後、1990年に念願のデビューを果たす。それも誰もが知る美空ひばりさんの名曲のリメイク版。しかしまたしても不遇の時代がやってくる。「美空ひばりさんが亡くなられて1周忌が過ぎたぐらいにデビューだった。さすがにひばりさんのファンから相当叩かれました。なんでそんなジャニタレが歌うんだ!!って」と柳沢が話すと思わず河本が「不遇」とつぶやく。

世間からは叩かれたもののデビュー曲は大ヒット。しかし「光GENJI」との差は明らかだった。「(忍者は)移動車はバンだったんですが、『光GENII』は(移動車)は2台あった。僕らは1台でミッション」と話すと「細かい愚痴やな」と河本は苦笑。「で、『光GENII』はオートマチックで?(忍者)は(マニュアルだから)ガッコンガッコンガッコンって」と名倉と河本でマニュアル車ならではの激しい動きの真似をしてスタジオは大爆笑に。

さらに「歌番組がなくなってくる時代で。これも不遇なんですよ。まず『サ・ベストテン』がなくなっているんですよ。で、『トップテン』もなくなってて、僕らはデビューした時に『夜のヒットスタジオ』に1回だけ出て、その2週目に『夜ヒット』も終わってますから」と嘆く。

音楽番組は無くなり徐々に活躍の場を無くしていった忍者だが「ジャニーズ事務所を辞めるという形になっていくんですか?」と河本が聞くと「仕事が減っていっていつの間にか、解散するとも言わずに……」と柳沢。「え?自然に?自然消滅?」と驚く河本に「自然でしたね。(解散コンサート)もないですね」と答えるとスタジオが「えー」と驚く。「解散とも言ってないです」という柳沢に「ファンが本当に忍者消えよったってなったよな(きっと)」と名倉が話すと「僕だってどこまで忍者の期間って聞かれても答えられないですもん」と柳沢がつぶやき、不遇連続の話を締めくくった。

次回は9月14日(木)。深夜0時12分から放送予定。