『おいしいものには理由がある』(樋口直哉/KADOKAWA)

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 便利な世の中になった。コンビニで、スーパーで24時間食料品が手に入る。惣菜類はもちろんのこと、卵や醤油、牛乳といったちょっとした食材、基本的な調味料も買える。忙しい現代人にとっては本当にありがたいことだ。

 こうした便利さを陰で支えているのが食料品の工業的な大量生産、そして効率重視の近代的農業だ。「安くていいものを」という消費者のニーズに応えるようにどんどん作ってどんどん売る。その一方、薄利多売となりがちなため、材料費などのコストはどうしても切り詰めることになる。

 『おいしいものには理由がある』(樋口直哉/KADOKAWA)はそんな近代的な大量生産・大量消費の世界に背を向け、こだわりの食を追求する生産者たちに迫った本である。それは完全放牧にこだわる畜産農家・酪農家発の乳製品や肉であったり、厳選された材料を使い手づくりさながらの製造にこだわるマヨネーズだったりする。

 醤油や豆腐、納豆といった大豆製品。かつおぶしや昆布。私たちが普段何気なく使っている「ありふれた」食品が、それを手がける生産者によってはとびっきりの逸品に変貌することに気づく。古き良き伝統を守りつつ、ときには現代の技術も積極的に取り入れる。材料や作業工程に工夫を凝らし、手間を惜しまない。こうした生産者側の地道な努力はときとして採算度外視で行われる。

 ここに登場する生産者の多くは、地方の中小企業や個人経営の農家・水産業者である。彼らがこだわりのモノづくりに目覚めるきっかけはさまざまだ。自然農法や伝統的なモノづくりに興味を持ち自らその実践者になるケースもあれば、日本の大手食品メーカーの猛攻にさらされるなか生き残りをかけて質重視の商品づくりに舵を切る製造者のケースもある。

 最初から彼らの試みがうまくいくとは限らない。「価格が高すぎて売れない」と周囲から猛反発を受けることもあるし、天変地異やその他トラブルの影響を受けて廃業の危機に陥ってしまうことだってある。そんな彼らの困難な仕事を支えているのは「おいしいものを作りたい」「日本の食文化を守りたい」という情熱だ。

 読者として著者の食の担い手をめぐる旅に付き合ううちに気づいたことがある。それは戦後、食の生産現場で価格や効率の追求を徹底した結果、日本の農業や食品製造の世界にとんでもないゆがみが生じているのではないかということだ。

 輸入飼料や原料の導入を積極的に進めたために食料自給率が下がってしまう。品種改良によって在来品種が絶滅の危機にさらされる。工業化を進める業者が増えたために、伝統的な製法で味噌や醤油を造るのに必要な木桶の製造技術が消滅しそうetc.。さらに食文化の欧米化に伴う大豆製品や海藻といった伝統的な食品の衰退危機もある。消費者が気づいていないだけで、現在日本の食の現場にはシリアスな問題が山積みだ。

 志を持ち、真においしいものを追求する生産者たちはいわば時代の主流に反発し、抵抗を続けるアウトサイダーである。彼らの姿勢は「安い、大量生産、便利」という工業化時代のポリシーに真っ向から反するからだ。しかし幸い「量より質を重視」という消費者意識の変化を受けて、良心的な作り手である彼らの仕事は少しずつ報われつつある。

 つまるところ、おいしいものは高価で当たり前なのである。生産方法にこだわりぬいた結果、醤油や卵といった普段使いの食品にとんでもない値段がつくのは不思議なことでもなんでもない。生産者が真っ当に製品を作ろうとすると結局これくらいの小売価格になってしまうというだけのことだからだ。

 確かに消費者として、製品が安く気軽に手に入る状況は嬉しいことである。しかし食料自給率や望ましくない添加物などの問題を考えると、度を過ぎた安さ、手軽さの追求は結局自分で自分の首を絞めるような事態につながってしまうのではないだろうか。おいしいものにはきちんとした理由があるように、安すぎるものにもまた望ましくない理由があるのだ。

文=遠野莉子