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メルケルとシュルツの一騎打ち

ドイツの連邦議会の総選挙があと2週間あまりに迫った。ドイツの法律では、議会は簡単には解散されない仕組みとなっているので、国政選挙は、よほどのことがない限り4年に一度しか巡ってこない。連邦参議院のほうは各州の代表の集まりなので、全国一斉選挙はなしだ。

今回の投票日は9月24日。CDU(キリスト教民主同盟)のアンゲラ・メルケル現首相と、SPD(ドイツ社民党)のマーティン・シュルツ党首の戦いだが、何と言っても4選を目指すメルケル氏が強すぎる。かつての二大国民政党であったCDUとSPDは、昨今、共に支持率が低下しているが、とくにSPDの没落が激しく、選挙戦は盛り上がりに欠ける。

そのメルケル氏とシュルツ氏が一騎打ちをするテレビ討論が、9月3日、日曜日の夜に行われた。4つのテレビ局が同時中継し、視聴率45%、視聴者1611万人(ドイツの人口は8000万人弱)。選挙戦のハイライトだ。計97分のその全編は、ネットでいつでも見ることができる。

連立二党による闘い

さて、テレビ討論の中身を書く前に、日本の読者のために少し復習。

・ドイツは戦後、CDUとSPDが交互に政権を担ってきた ⇒ CDUは保守で、SPDは革新
・1982年〜1998年 4期16年間のコール政権(CDU)
・1998年〜2005年 シュレーダー政権(SPD)
・2005年〜2017年 メルケル政権(CDU)⇒ 現在3期目でSPDとの大連立 ⇒ つまり、目下の選挙戦では、連立二党が、次期政権を巡って戦っている

シュルツ氏は1955年生まれ。今年の1月末、SPDの党大会で党首に選ばれた。それまでは20年以上ずっとEUで活動してきた政治家で、ドイツの国政に携わった経験はない。だから、つい最近まで、シュルツ氏のことを知るドイツ人はそれほど多くはいなかった。

そのシュルツ氏が党首になった途端、貧富の格差解消を目玉に選挙モードに突入。激しいCDU攻撃が奏して、SPDは突然、息を吹き替えした。

シュルツ候補の特徴は攻撃的なスピーチだ。拳を振り上げ、怒鳴り続ける演説は、私にとっては違和感があり過ぎだが、ドイツ人は結構これが好きらしい。

そのせいか2月初旬には、SPDは早くも支持率でCDUを越え、「メルケルとシュルツ、どちらを首相にしたいか?」というアンケートでは、なんと、シュルツ氏がメルケル氏を追い抜いた。「シュルツ効果」という言葉まで飛び交った。

ところが不可解なことに、シュルツ効果は1ヵ月で弾けて、それ以後はすべてが元に戻った。そして、SPDはその不人気を回復できないまま夏を越し、今回のテレビ討論に臨んだのだった。

SPDの不調の原因は複合的だが、その一つはCDUの左傾化だろう。

メルケル首相主導のこの12年間、CDUは急速に保守のスタンスを弱めている。SPDの社会主義的な政策をことごとく横取りし、独自のものとして実行し続けたせいで、SPDは主張することがなくなり、完璧にアイデンティティ喪失の危機に陥ってしまった。当然のことながら、本来のドイツの保守勢力は行き場を失って逡巡している。

ちなみに、AfD(ドイツのための選択肢)という右派の政党が育ったのも、CDUの左傾化によりドイツの政治スペクトルの右側に隙間が空いてしまったからだ。

AfDは、2013年に誕生して以来、現在まで、他党、メディアからの総攻撃を受け続けているが、それにめげず支持率10%前後を保ち続けている。ひょっとすると、今度の選挙では、ドイツ第3の勢力になる可能性さえある。

いずれにしても、こういう状況下、目標を定められないまま、SPDは復活を期して戦っているのである。

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日曜の夜に国民を退屈させた罪

さて、9月3日のテレビ討論はどのように展開したか?

ドイツ語で一騎打ちは“Duell(ドゥエル)”というので、この番組は「TVドゥエル」と呼ばれているが、終わった後、ほとんどのメディアが「ドゥエルではなく、デュエットだった」と指摘した。和を尊ぶ文化のないドイツでは、これはシュルツ氏の不甲斐なさに対する叱責である。

ドイツ人は激しい討論が大好きで、普段の政治トークショーでも、日本人としては見ているのが苦痛なほどの血みどろの舌戦が、とくに好まれる。「感情的」「戦闘的」というのは、ドイツでは褒め言葉だ。政治家は普通、攻撃的な人物ほど評価が高い。しかも、理路整然と、相手に話す隙を与えないように攻め立てるのがよい。

今回の討論では、シュルツ氏には、メルケル氏を窮地に追い込むチャンスがあると見られ、国民の多くが死闘を期待していた。ところがシュルツ氏はそれを棒に振り、せっかくの日曜日にテレビの前で待ち構えていた国民を退屈させた。この罪は大きいらしい。

「敵同士が正面からぶつかるはずのテレビ討論で、メルケルとシュルツほど意見が一致したケースは稀だ」(フランクフルター・アルゲマイネ紙)

「唯一の討論なのにメルケルとシュルツは意見の相違なし。だったら、なぜ始めから大連立と言わないのか?」(シュピーゲル・オンライン)

「メルケルの安定した登壇、シュルツは有効打なし。挑戦者はお行儀が良いが、お行儀の良さだけでは首相にはなれない」(南ドイツ新聞)

たしかに、この夜の議論は白熱したとは言い難かった。腹を立てた国民は、やむなく軍配をメルケル首相に上げた。

しかし、シュルツ氏は少し気の毒だ。CDUとSPDは大連立しているわけだから、過去4年間に行われた政策は、すべて両党同意の上のものだ。挑戦者シュルツ氏がいくらメルケルをボコボコにしたくても、やり過ぎれば、すべては自党に降りかかってくる。現政権では、副首相も外相も法相も労働相も家庭相も環境相も、皆、SPDが握っている。

そのうえ、現在のドイツの景気は絶好調で、税収は増加、失業率は低い。こんな状況では、シュルツ氏が再び貧富の格差問題を持ち出しても説得力に欠ける。メルケル首相にうまくいなされるのがオチだろう。挑戦者にとって、これほどやりにくい土俵はない。一方、当然のことながら、メルケル首相は終始一貫、余裕綽綽だった。

エネルギー問題はどうした?

難民問題だけは、97分のうちのほぼ1時間が割かれた。

難民をめぐる問題は甚大で、治安も絡むため国民の関心は大きい。そんなわけで、この夜も活発に討議されたように見えたのだが、しかし、実はこれも怪しい。本当は、現在ドイツにいる難民をいかに統合するか、あるいは、いかに「民主的な方法で」祖国に戻すかということを、議論しつつ、共同で模索していただけかもしれない。

そもそも2015年、大量の難民にドイツ国境を開いたメルケル首相の決定を、SPDは全面的に支持していた。現在も、枝葉末節の違いはあっても、両党に根本的な対立はない。この光景を目にすると、確かに「次もまた大連立か」と思えてくる。

では、大連立の可能性はどの程度あるのか?

SPDはおそらく20%強ほどの票しか取れないはずで、次も与党になりたければ、再びCDUの弟分として大連立を組むしか方法はない。緑の党と左派党と三党で連立してSPDが首相の座に座るというオプションは、緑の党の不調で実現不可能と見られる。

一方のCDUも40%前後の得票数だろうから、単独政権は無理だ。ただCDUには、たとえばFDP(自民党)が善戦すれば、FDPと連立して保守中道連立を組める可能性が生じる。そうなれば、SPDは必要ない。しかし、今のところ、すべてが不明なので、まだSPDを邪険にするわけにもいかない。そんな事情から、自ずとテレビ討論でも、手加減、あるいは庇い合いが起こるのだろう。

その他、今回のテレビ討論では、アメリカのトランプ大統領やトルコのエルドアン大統領に対する対応、ドイツの自動車メーカーの将来といったテーマが大急ぎで論じられた。教育問題やデジタル化の問題が取り上げられなかったのは、時間切れなのか?

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しかし、私が一番疑問に思ったのは、エネルギー問題が、温暖化対策も含めて、一切話題に上らなかったことだ。これは時間切れではないだろう。

メルケル首相の強行した急速な脱原発や、それに伴う再エネ発電の増加は、国民の電気料金を高騰させているばかりか、ドイツ産業界をも大いに混乱させている。

しかしよく考えてみれば、脱原発はもともとSPDの長年の悲願であったものを、メルケル首相が横取りして実行したわけだし、温暖化問題に至っては、下手に触ると再エネ増加でドイツのCO2値が上昇していることを国民に思い出させてしまう。つまり、どちらの党の得にもならない。だから意識的に取り上げなかったのだと思う。

ということは、仲良しムードは候補者同士の間だけではなく、質問をした4人のジャーナリストたちも巻き込んでいる可能性が高い。

メルケル勝利は揺るぎない

97分間の討論で一番奇妙だったのは、ARD(第一放送)のキャスターの女性の質問、「今日、教会に行きましたか?」。

この忙しい選挙戦の中、メルケル氏とシュルツ氏がその日、教会に行ったか行かなかったで何を知ろうというのか?

ドイツは一応、政教分離ではあるが、政治家が公式に教会での行事に参加することはしばしばある。それについて違う場で議論するなら、まだわかる。しかし、この二人の政治家がこの日の朝に教会へ行ったかどうかを、1611万人の視聴者の前で質問する意味は、まったく理解できなかった。

いずれにしても、ドイツの総選挙はたけなわであるが、混乱はしていない。投票日までSPDがどんなに頑張っても、これ以上戦いが盛り上がることもないだろう。メルケル勝利は揺るぎない。

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過去12年のメルケル政権のあいだ、ドイツは驚くべきほどの力をつけた。国民はそれを実感しており、これからもさらに発展が続くよう、その願いをメルケル続投に託すつもりだ。変化よりも継続を願っているのだろう。

ただ、世界は今、まるで安定しておらず、ドイツ人の願いが、そう、うまく叶うかどうかはわからない。

ドイツの状況、投票直前に、もう一度レポートするつもりだ。乞う、御期待。

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