「短パンはいて髪はショートカット、すごいスピードで走り回るので、私は男の子だと勘違いしたんです。彼女の高校の監督に『小柄だけど、足がピカイチの男子が入りましたね。将来、有望ですよ』と言ったら、『いや、あれは伊達公子という女の子ですよ』って(笑)」
 
高校1年生の伊達公子(46)と初めて会ったときのことを懐かしそうに振り返るのは、彼女の恩師・小浦猛志さん(74)だ。8月28日にブログでプロテニス選手引退を表明した伊達。小浦さんは彼女がジュニア時代に出会い、後にコーチを就任。長年、彼女をサポートしてきた。高校2年生で初出場した全日本選手権でのエピソードも、とても印象深いという。
 
「予選から出たのに、あっというまにベスト4まで勝ち上がりました。でも、いよいよ明日は準決勝というのに、やる気を失っていた。彼女に『もう、お前はベスト4でお腹いっぱいなんやろ?』と言うと、頷きながらぽろっと涙を流したんです。まだ高2でいきなりの全日本ベスト4ですからーー。そのときは負けましたが、4年後にきっちり優勝しました」
 
高校卒業後、プロデビューを果たした伊達は、またたくまに世界的なテニス選手へと駆け上がっていく。日本女子テニス史上最高の世界ランク4位を記録し、四大大会中の3大会でベスト4という快挙も成し遂げた。しかし、伊達は絶頂期の26歳で突然引退を選ぶ。日本中、いや世界のテニスファンが耳を疑った。小浦さんは言う。
 
「あのとき、実は肩を怪我していたんです。そんな状況なのに、ルールが変わってノルマの試合数が増えてしまった。怪我を押してまで、たくさんの試合をこなすリスクを背負うのは無理。彼女は限界に来ていると、私も思いました。『やり残したことはないか』と確認すると、伊達も『もうやめても後悔はない』と」
 
引退した伊達は、子供たちにテニスを教える活動などに忙しい日々を送っていた。だが、`08年に突然の“現役復帰宣言”。11年のブランクを経て、37歳になっていた。
 
「本人も『やれて1年ぐらいかな』と言っていましたけど、結局、9年半も続いたことになりますね。すごいことです。復帰して数年間が人生でいちばんテニスが楽しかったはずです。最初の現役のときとは別人で、コートで笑顔にあふれ、本当に楽しそうでした」
 
復帰3年目には世界ランク40位台にまで上昇した。伊達は“アラフォーの星”と称賛され、その世代で活躍する女性の象徴となる。だが年々ケガが増えていき、満身創痍。ついに引退を選んだ。今後はコーチ業などが噂されているが……。
 
「50歳になったときに伊達が『また復帰します』と言い出しても、私は驚きません。伊達公子は、そういうコなんです。そんなことの連続でしたから(笑)」
 
常に新しいことに挑戦し、周囲を驚かしてきた伊達。今度はどんな驚きを我々に与えてくれるだろうか。