チケットの2次流通市場は、盛況を呈しているが、今後に向けた課題も鮮明化している(写真:Graphs / PIXTA)

チケット転売禁止など法整備検討へ――。東京オリンピック・パラリンピックに向け、チケットの高値転売や転売を仲介する行為を規制するための法整備を、政府や超党派の国会議員によるスポーツ議員連盟が検討に入ったことを、8月31日付の読売新聞朝刊が報じ、ほかのいくつかのメディアも追随した。

チケットの高値転売市場は昔からさまざまな形で存在するが、近年の急速な拡大は、チケット2次流通市場の7割を占めるともいわれる、チケット売買のネットサービス「チケットキャンプ(チケキャン)」の存在抜きには語れない。

「チケキャン」人気に火が付いた理由

チケキャンにおけるチケットと代金のやり取りは、次のように行われる。売り手と買い手の間に立ち、チケキャン側が売り手に代わって買い手から代金を預かる一方、買い手が売り手からチケットを受け取るまで売り手に代金を渡さない。この「エスクロー機能」があるからこそ、チケキャンを利用する買い手が一気に増えたことは間違いない。そして、チケキャン側は、取引成立時に一定の手数料を出品者から、決済システム料を購入者からそれぞれ得るビジネスモデルだ。

怪しげなSNSサイトには買いに行かない慎重な人を取り込んだこと、そしてチケキャンの運営会社であるフンザが2015年にネット大手のミクシィに買収され、その子会社となったこともプラットフォームとしての信用を厚くしたはずだ。

だが、買い手の増加は転売目的のチケットゲッターを呼び寄せる。プロ野球のチケットの出品状況を見ると、その暗躍ぶりがよくわかる。


ゲッターが狙うのは、高値でも買う買い手が現れる人気カードだけ。たとえば5月23日(火)にマツダスタジアムで開催された広島・ヤクルト戦。マツダスタジアム開催の広島の主催ゲームのチケットは、開幕前の3月1日にシーズン全試合の指定席が完売したが、ビジター応援席と内野自由席はそこそこの数が残った。

ヤクルトの応援スタイルを逆手にとった赤いミニ傘が、5月23日のヤクルト戦で来場者全員に無料配布されることが告知されたのは4月24日のこと。すると、直前まで残っていたビジター応援席や内野自由席は瞬く間に完売。同時にチケキャンへのおびただしい数のチケット出品が始まった。

出品一覧を見ると、ゲッターだと思しき出品者が全体の9割。100件以上の「良い」評価が得られると、「評価99+」と表示されるので、この表示がある出品者はゲッターであろう。「仕事の都合などで観戦に行けなくなったから」と出品している程度では、この件数にはならないからだ。

ビジター応援席のチケットを大量に出品していたある出品者は、2016年5月から2017年5月までの評価が合計1300件超。1年単位で考えると1日当たり3.5件超の取引を成立させている計算になる。取引と同時並行で仕入れをし、チケットの発送もしながらである。

今年7月からは、直近の評価を重視するという目的で、過去の評価表示を直近100件に変更したが、それでも「評価99+」の出品者は大半が3週間〜5週間程度で100件の取引を成立させており、1日当たりの取引成立件数は3〜5件である。

7月31日に東京ドームで開催された、福岡ソフトバンクホークスのイベント付きゲーム「鷹の祭典」のチケットの出品者にも「評価99+」が大量に出没した。1年で1000件以上の取引を成立させていた出品者はここにもいた。「鷹の祭典」は、ヤフオク!ドームでは5回開催されるが、東京開催は毎年1回。無料のユニホームや応援グッズの配布があるので、チケットはプラチナ化する。

ファンクラブで優先購入し、転売する流れ

ファンクラブ優先受け付け中にほぼ完売、一般受付開始時点では立ち見とユニホーム配布がないビジター応援席しか残っていない超人気カードだ。チケキャンはチケットの購入ルートの明示も義務づけているため、出品者がどこから購入したかもわかるのだが、「評価99+」の出品者の大半が「ファンクラブ」だった。ファンクラブ優先受け付け開始とほぼ同時にチケキャンへの出品が始まっているのは、ゲッターは会費を負担してファンクラブ会員となり、優先受付枠で大量のチケットを仕入れているからだろう。

それでもファンクラブ優先枠で買えるチケットは最大6枚でしかない。しかも福岡ソフトバンクホークスは複数口での入会を禁止している。それでも大量に仕入れることができるのは、偽名を使って複数口入会しているから、という可能性も考えられる。

プロ野球12球団でファンクラブ入会の際に、何らかの身分証明書(ID)の提示を求めている球団はない。クレジットカード決済でなら本人確認も可能だが、公式ショップや本拠地球場の窓口でも入会を受け付けており、その場合、会費は現金払いになる。偽名での複数口入会は技術的に可能だ。

それなら球団はゲッター撲滅のためにファンクラブ入会の際にIDの提示を義務づけるべきなのかというと、それは本末転倒だと筆者は思う。ファンクラブはファンの裾野を広げる使命を負っているのに、ハードルの引き上げはその阻害要因になる。

そもそもファンクラブの会費収入は球団収益への貢献度は低く、球団にとって会費収入のためにゲッターの入会を容認するインセンティブはない。要はチケキャンがゲッターの跋扈(ばっこ)を放置しなければ済む話であって、出口をふさげばゲッターは複数口の会費を負担するメリットがなくなる。

「評価99+」の出品者の多くは「本人確認済み」、すなわちチケキャンがIDを確認している出品者である。筆者はチケキャンに会員登録をしているが、自宅では受け取りが遅れるので、仕事場を登録住所にしているのだが、そのためにIDと住所が一致せず、本人確認登録はできなかった。つまり、チケキャンは売買目的の可能性が極めて高い、おびただしい件数の出品者の住所も名前も、そして手にした金額も把握している。のみならず、ゲッターの中には「プレミアム会員」として、販売手数料の割引という形で優遇を受けているユーザーがいる可能性を疑う声もある。

プレミアム会員とは、「本人確認済み」であることが絶対条件で、チケキャン側で選んだ対象者に招待状を送る形をとっており、なりたくてなれるものではない。チケキャンはプレミアム会員の選定基準として「ほかの売り手の模範となるような丁寧で親切な取引を提供している」こと、具体的には「トラブルが少ない、買い手に対して親切、規約を守っていること」などを挙げている。

筆者の経験では、ゲッターは基本的にいい席を出品しているし、対応も迅速で丁寧で親切だ。朝7時に落札しても、夜中の2時に落札しても、5分以内にリアクションがあった。チケットの送付も素早い。連絡も密で、まさにプレミアム会員の資格と合致する。

プレミアム会員は売り手が負担する通常8.64%の手数料が1%程度割引になる。チケキャン側は「手数料を安くする分、買い手がより安く買えるようにと考えての判断」だというが、その期待どおりに行動するかどうかは売り手次第。さらに、チケットの郵送手段はレターパックプラスを基本としているので、送料を買い手負担で取引する場合は510円かかる。だが、追跡が可能だからという理由で392円の簡易書留も容認しており、差額の118円は買い手は請求できないことになっている。1年間に1000件以上の取引をしていれば、郵便料金の差額だけで年間約12万円の利益になる。

チケキャンはあくまで「買い手が安心して取引できるプラットフォーム」を目指した仕組みであり、転売屋への優遇を意図しているわけではない、というスタンスだ。目指した目的が達成されているのは間違いないが、そこに出品されているチケットの多くは、本来の目的で買おうとした人からゲッターが買う機会を奪ったものだ。

チケット転売市場の環境変化が進んでいる

だからこそと言うべきか、転売市場を取り巻く環境は急速に厳しさを増している。1つは捜査当局の動きだ。今年6月、人気ロックバンド「サカナクション」のライブチケットを転売目的で不正入手したとして、43歳の無職男性が詐欺容疑で逮捕された。販売者は転売を禁じているのに、転売目的であることを隠して購入したことが詐欺にあたる、という解釈だ。この男性の場合、ファンクラブに48口分加入し、98枚のチケットを購入したという。

従来、高値転売の違法性を問う根拠は、都道府県の迷惑防止条例違反か、古物営業法違反に限られていた。前者はダフ屋行為を取り締まるもので、「不特定の人に転売する目的で(目的要件)」「公共の場所もしくは乗り物で(場所要件)」「うろついたり人につきまとうなどして(行為要件)」買う、もしくは売る行為を指す。3要件そろわないと取り締まれない。

現状、ネット上は公共の場ではないので場所要件を満たさないが、コンビニは公共の場だから場所要件を満たすという解釈が定着している。今年5月に「EXILE」のコンサートチケットをファンクラブ先行予約で大量に購入、高値転売した23歳の男性が逮捕されているが、その容疑は東京都迷惑防止条例違反だった。代金を支払った場所がコンビニ、つまり公共の場だったため、「ダフ屋行為」で網をかけたわけだ。

後者の古物営業法は、古物の売買を業として行うには古物営業許可を取得せよと定めており、違反した場合の刑罰規定(3年以下の懲役または100万円以下の罰金)もある。古物営業法上の古物にはチケットも含まれる。チケキャンには古物営業許可を取得している業者も出品しているが、そのことを表明している業者は少ない。

捜査当局がその気になれば、大量摘発の可能性も

詐欺容疑では立証ハードルが高いし、ダフ屋行為でも場所要件を満たさないケースが多そうだ。だが、古物営業法違反であれば、捜査当局がその気になれば、大量摘発は可能だろう。もしも大量出品者の属性情報提供など、捜査協力を求められたらチケキャンはどう対処するのか。

「チケットの転売市場が巨大化したのはここ数年。まだ捜査当局も取り締まりをどの程度強めるべきなのか、手探り状態だと考えられる。東京オリンピックを控え、今後は法整備による対応を含めて、取り締まりが強化される可能性はある」(チケット転売問題に詳しい松原正和弁護士)

もう1つは新たなサービスの出現である。9月1日、LINEは大手芸能事務所アミューズなどと共同で電子チケットサービスを提供する新会社の設立を表明。高額転売を防ぐ対策を講じることを前面に押し出している。「SNSプラットフォームで独占的なシェアを誇るLINEが電子チケットに参入するだけでもかなりのインパクトだが、エンタメ業界の大手企業と組むことで、自社の利益追求だけでなくエンタメ業界の利益も守れる意義は大きい」(前出の松原弁護士)。

チケキャンが買い手の安全を確保したプラットフォームを作り上げたこと自体は評価されていい。批判を真摯に受け止めて、実効性を伴う対策を期待したい。