死別の苦しみと悲しみを経験して…(イラスト:堀江篤史)

37歳で結婚した相手と41歳のときに死に別れ、その後に「再婚活」をして結ばれた女性と穏やかに暮らしている男性がいる。都内で会社員をしている西村幹夫さん(仮名、48歳)だ。

待ち合わせ場所である門前仲町の居酒屋に現れた幹夫さんは、表情はにこやかで若々しい。しかし、50代後半かのような白髪と薄毛だ。死別前後の苦労で急に老けてしまったんです、と幹夫さんは自ら告白する。まずは前妻との「晩婚」から聞いておきたい。

末期がんと判明したのは亡くなる1カ月前


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「僕はとにかく趣味に生きてきたので結婚はしないだろうと思っていました。陶芸、旅行、美術や歌舞伎の鑑賞に時間とおカネを使い、それぞれに先輩や仲間がいます。家事もひととおりはできるので不自由はありません。

気持ちが変わったのは35歳でマンションを買ってからです。趣味のおカネをそれほど減らさなくてもローンの繰り上げ返済ができる見通しが立ち、結婚するのもいいかなと思いました」

軽妙さを感じさせる口調でのんびりと話す幹夫さん。友達の中には女性も多い。そのうちの一人が1歳年上の独身女性を紹介してくれた。看護師の由佳さん(仮名)だ。意気投合した2人は半年後には入籍。由佳さんには包容力があり、幹夫さんの趣味の一つである旅行にもよく付き合ってくれた。

「年に4、5回は行っていたと思います。箱根や京都への1泊旅行ばかりでしたけど、楽しかったな……」

新婚当初から由佳さんは健康に不安を抱えていたのかもしれない、と幹夫さんは振り返る。由佳さんは看護師を辞めて専業主婦になることを希望し、子どもを作ることには消極的だった。由佳さんの体調不良に気づかなかった幹夫さんは「仕事を完全に辞めると復帰しにくくなるので週に1日でも働いたら」と提案。彼女はパートタイムで看護師を続けた。

末期がんであることがわかったのは亡くなる1カ月前のことだった。体中が痛いと訴えた由佳さんは入院してすぐに長時間の手術を受けた。しかし、もはや手遅れだった。

「仕事は16時上がりにさせてもらって、毎日病院に通いました。個室だったので何時までいてもよかったのですが、それでは僕の体が持ちません。22時までと決めて付き添っていました。でも、夫婦はそういう状況になると大した話はできないんですね。元気なうちに仕事を休んでもっと旅行をしておけばよかったね、なんて振り返るような話ばかりでした」

最終的には声を出すことができなくなった由佳さん。筆談に切り替え、ひたすらに幹夫さんの心配ばかりをしていたという。自分が1人であの世に行ってしまったら、残された幹夫さんはどうなるのか。支えとなる家庭がなくなってしまう。

「この状態が終わったらすぐに次の結婚相手を探せ、と彼女に何度も言われたことが忘れられません」

42歳で早世する自らの運命を嘆くのではなく、残される夫の心配をして、その幸せを願う――。愛する人がいることは、最期のときまで人を強く前向きにするのかもしれない。

幹夫さんによれば、結婚4年目での死別はキレイ事では済まなかった。由佳さんの両親は娘の死を受け入れられず、どうしようもない悲しみを幹夫さんにぶつけてしまった。

「ちゃんと支えていたのか、と何度も責められたのがつらかったです。亡くなった後も、彼女が身に着けていた衣服を送るように言われて……」

幹夫さんは悲しんでいる暇がほとんどなかった。「ちゃんと始末をつけてあげなくちゃいけない」との一心で、由佳さんが亡くなる3日前には葬儀会社を探した。

葬式が終わった後は、荷物の整理や相続の手続きが待っている。2人には子どもがいなかったため、由佳さんの遺産は3分の1を両親、3分の2を幹夫さんが受け取ることになった。入院と葬儀の費用は差し引いたうえでの相続となる。幹夫さんはきちんと計算をし、かつての義理の両親に報告。相続争いなどが起こることはなかった。

遺言どおりに婚活を始めるが…

無我夢中での半年間が過ぎ、後片付けがようやく終わった。幹夫さんは、由佳さんの遺言どおりに婚活をすることを決意。大手の結婚相談所に登録をした。

「お見合いに行く日の朝は、必ず仏壇に線香をあげていました。お見合い相手の女性に求めたことは、年齢が僕と近いこと。結果的には2歳年下の人と再婚しましたが、できれば5歳ぐらい年上の女性がよかったのです。女性は強いというけれど、経験者としては女性には死別を経験させたくありません」

当時、幹夫さんは43歳。40代の女性と集中的にお見合いをしたことになる。1年間で40人近くとお見合いをして、そのうち8割は気に入ったと振り返る。常識的で、ちゃんと仕事をしていて、他人任せではない人生を送っていると感じたからだ。しかし、相手のほうから断られることが続いた。苦労によって年齢よりも老けて見えることに加え、死別という重い経歴が足かせになったのかもしれない。

「前妻と住んでいたマンションに関しては、再婚が決まったら売りに出してもいいと思っていました。とても住みやすいので、できれば残したかったけれど……」

そして巡り合ったのは薬剤師の美知子さん(仮名、46歳)。彼女は初婚である。深く考えずに幹夫さんのマンションに引っ越してきてくれたが、前妻との思い出が残る住まいには違和感を覚えたのだろう。結婚当初はぶつかることが多かった。

「僕はいまでもマンションの買い替えを提案しています。でも、最近、妻はその話題に反応しなくなりました」

美知子さんは勤務先で管理職である。仕事が忙しく、引っ越しを具体的に考える余裕がないのかもしれない。2人が結婚した年に美知子さんの父親が他界。母親は要介護のまま自宅で暮らしており、美知子さんは毎週実家に戻って介護をしている。晩婚の新婚さんには住居よりも優先しなければならないことがたくさんあるのだ。

2人の晩婚にはよい面もたくさんある。十分すぎるほどの人生経験を積んでいる幹夫さんは、美知子さんの多忙な状況を理解しつつ、それでも家庭生活を楽しんでいるのだ。

「毎朝、ご飯を炊いて、4等分しています。半分は2人の朝食で、半分はそれぞれのお弁当用です。夜はお互いに21時過ぎに帰ってくるので、まずはどちらが先にシャワーを浴びるのかを決めます。後になったほうが夕食の下ごしらえをしてバトンタッチ。先にシャワーを浴びたほうが料理の仕上げとテーブルセッティングです。だから、僕たち夫婦は3食とも同じものを食べていることになります」

外食は減った代わりに、食品スーパーで少し高価な食材を買い、寝かせておいたワインを一緒に飲むことが増えた。録画しておいたNHKニュースを観ながら、遅い夕食をスタートし、24時には就寝。美知子さんが週末に休みを取れるときは夫婦旅行も楽しんでいる。かつては由佳さんとも一緒に旅行をしていた幹夫さん。比べてしまうことはないのだろうか。 

「真逆の女性なので比べようがありません。前の妻は専業主婦志向だったので、僕が台所に立つことを嫌がりました。今の妻ははっきり言って僕よりも仕事が忙しいので、家事は分担しています。特に役割やルールは決めていませんが、お互いのすき間時間にやれることをやっています」

多趣味で、友達も多く、家事もできて、子どもを作る予定はない幹夫さん。「結婚は自分が利益を得るためにするものではない」と確信している。むしろ、今まで異なる人生を歩んできた大人同士が一緒に暮らすことは「面倒くさい」ことのほうが多い。

「すり合わせるのは手間も時間もかかります。ああでもない、こうでもない、と話し合うことばかりです。人とのコミュニケーションが面倒くさい人は結婚しないほうがいいでしょうね。でも、話し合いの繰り返しが幸せなのかな、と僕は思っています」

彼女には死別の苦しみを味合わせたくない

淡々と語る幹夫さん。一つだけ自分に課していることがある。美知子さんよりも2歳年上だけど、彼女よりも必ず長生きすることだ。美知子さんには死別の苦しみと悲しみを味合わせたくない。

「働きすぎには注意しています。僕が先に死んではいけませんから。倒れたりして相手に心配をかける前に、自分でブレーキを踏むように心掛けています」

由佳さんが亡くなったことで、幹夫さんは身も心も押し潰されそうな体験をした。リラックスができなくなり、いまだに睡眠時間が短い。それでも自分は幸せに生きていくと決めたのだ。それは由佳さんの最後の願いでもあった。何十年か後に美知子さんを看取る日まで、幹夫さんの規則正しい結婚生活は続く。