日本企業の競争力とは何か?

 ファンドマネージャー時代、私は何度もこの問いを自らに発し、考え続けた。ヒト・モノ・カネの回転が経済であるとするなら、その三要素を集め、活用し、極限まで利益を追求する存在が企業である。とするならば、企業の競争力は「ヒト・モノ・カネ」の三要素の総合ということになる。

 ここではまず、「ヒト」のという要素について考えていきたい。

 戦後から現在に至るまで日本企業の大半は終身雇用と年功序列賃金を実質的に採用してきた。「実質的」と書いたのは、明文化されていないが客観的現実はそのようになっているからだ。バブル崩壊以降、デフレによってベースアップがなくなり年俸制など新たな給与形態が採用されてきたが、年功序列の実態は変わっていない。

36歳で外資系金融機関に転職、役員に昇格してわかったこと

 私は日本企業、外資系企業に勤務し、自分自身が経営者となる経験もしている。大学を卒業後、日本の大手金融機関に就職したが、研修の時に幹部に言われた言葉が忘れられない。

「これで君たちは一生安泰だ。給与・ボーナス・年金と恵まれた生活が約束されているのだから」

 1980年代、日本が右肩上がりの成長を続けると誰もが信じて疑わなかった時代のことではあるが、今でも日本企業の大半は「恵まれた」という言葉を除いてはこの通り存在している。

 その裏返しとして、実力主義というものは日本企業には存在しない。確かにボーナスや本俸で差はつくが、生涯賃金(含む年金)を見れば、同期で平社員で終わる者と社長になる者とで倍の差にはならない。


日本人の本質は古来より変わっていない ©iStock.com

 私はかつてファンド・マネージャーとして5000億円を動かしてきた。36歳で外資系金融機関に転職し40歳の時にMD(マネージング・ディレクター)、日本企業でいう役員に昇格した。年俸は日本の上場企業の社長並みだった。収益への貢献に準じた処遇の結果だ。

 外資系企業において、ヒトが組織の競争力の源泉であることは明白なのだと良く分かったのは、全世界のMDが一堂に会してのミーティングの場だった。

 集まったMDの大半が同世代だったのだ。つまり40歳前後の知力体力共に最高のパフォーマンスを出せる年齢の人間たちが経営の中核を構成しているという事実だ。外資系企業の競争力とは何かが明確であることの証左である。

外資系企業のあのしんどさは経験した者でないとわからない

 翻って日本企業の競争力、組織の中でのヒトの力を考えてみる。歴史を紐解いていくとこの国のあり方が分かる。

 平安時代、日本は中国の官僚制度を真似て国造りを行ったが、ある重要な制度を取り入れようとしなかった。科挙である。人材登用を試験による実力主義としなかったのだ。“競争を嫌う”という日本人の本質は平安時代に既にはっきりと現れている。

 私自身、厚遇の外資系を辞したのは日本企業からの破格の条件での招聘があったこともあるが、「外資系での毎日がしんどい」ことがあったのも事実だ。毎日が競争であり、仕事の結果が常に求められるだけではなく、組織内の競争で一瞬たりとも気が抜けない。カネで割り切ることの出来ないあの“しんどさ”は経験したものでないと分からない。

日本人は「伝書鳩民族」

「たしかに日本人というのは、この国がイヤになったから外国へいってやるというふうにはいかん民族ですね。たとえば戦後ずいぶん向こうへ留学生がいったけれども、ほとんどが帰ってきてますよ、まるで伝書鳩みたいにね(笑)」(高坂)

「室町末期の倭寇を考えてみても、せっかく激しい戦闘をやって中国や台湾沿岸を占領しても、そこに住みつかずに日本に帰っちゃう。民族性ですな」(司馬)

「伝書鳩民族ですよ(笑)。いずれはちゃんと帰ってくる」(高坂)

これは今から五十年近く前、昭和四十五年四月に行われた司馬遼太郎と高坂正堯との対談(『司馬遼太郎対談集 日本人を考える』文春文庫)だが、ここでもその本質が語られている。

 日本人は競争が嫌いなのだ。

 では今、そんな日本人を企業はどのように「競争力」にして世界と戦っていけばよいのか? 競争が嫌いな日本人を競争力として活用できたとき、真の日本企業の強みが発揮できる。欧米型の雇用形態、企業形態をゴリ押しで日本人に適用する方法もあるが、それではさびしい。そこに解はあるだろうか?

 新興企業の中に、新たな一つの解を出している企業がある。次回はその「新しい解」について論じる。

※「日本人の「競争嫌い」を逆手にとった『ZOZOTOWN』の異色さ」に続く

(藤原 敬之)