プノンペンにあるカンボジア・デイリー紙のオフィス。9月4日付で発刊できなくなってしまった(写真:AP/アフロ)

北朝鮮の核・ミサイル開発に目を奪われがちだが、中長期的に見ると、今のカンボジア情勢が暗示するものもそれに匹敵するくらい重要かもしれない。

9月4日付の英字紙カンボジア・デイリーの一面大見出しは「あからさまな独裁への転落」だった。同国最大野党の党首が夜中に拘束されようとしている写真を掲げ、続く記事には、なんと「脅迫の中、カンボジア・デイリーが緊急閉鎖」というタイトルが躍った。

そして、これが24年間カンボジアで政府に対して批判的姿勢を貫いたデイリーの最後の紙面となった。デイリーにいったい何が起きたのだろうか。

「630万ドル支払えなければ荷物をまとめて去れ」

ことの初めは8月上旬にさかのぼる。8月4日にカンボジアの税務当局がデイリーの過去10年にわたる脱税を指摘し、合計630万ドルを支払うよう書面で要求した。その請求書がまもなくして政府系メディアのFresh Newsにリークされ、さらに、8月22日にはフン・セン首相がスピーチの中でデイリーを「一番の泥棒」と表現し、もし支払いができないのであれば、「荷物をまとめて去れ」と罵倒した。政府側は30日の猶予を与え、支払えない場合は新聞社を閉鎖し、資産を没収する姿勢を見せていた。

副発行人デボラ・クリッシャー=スティーレ氏は、昭和天皇に単独インタビューを行ったことで知られる著名なジャーナリストで、デイリーの創始者でもあるバーナード・クリッシャー氏の娘に当たる。デボラ氏は筆者の取材に対して、デイリーに支払いの義務はないと考えていると述べた。630万ドルという数字は「ばからしくて、ありえない」と話す。「デイリーはまったく利益がなく、毎月損失を出していて、2008年からは私の個人資金で補っていたくらいだから」。

しかも、不服を申し立てる機会は与えられていないのだという。「これらの政府による行動はデイリーに対する政治的動機に基づいたものだと、私の税理士は確信していると言っている。14年の経歴の中で、これだけ法律や正常なプロセスを逸脱したケースは見たことがないと。通常ある拒絶の機会なく、30日の期間だけが与えられた」(デボラ氏)。

デボラ氏は今春、実質的な経営権を父から受け継いだばかりだった。デボラ氏自身は東京在住だが、デボラ氏の夫は現在カンボジアの首都プノンペンにいて、税金の問題が解決するまで国外に出ることができない状況にある、とのことだ。同じく東京に住むバーナード・クリッシャー氏は今回の政府の対応に憤っており、彼が長年デイリー紙の責任者であったことから、「カンボジア政府が誰かを起訴しないといけないのであれば、私がカンボジアに戻る」と言っている。

カンボジアのジャーナリストを育ててきた

カンボジアに詳しいジェトロ・アジア経済研究所の初鹿野直美氏は今回の政府側の行為について「一線を越えている気がする」と述べた。


9月4日付の英字紙カンボジア・デイリーの一面大見出しは「あからさまな独裁への転落」だった(写真:ロイター/アフロ)

カンボジア和平成立後の1993年に誕生した初の英語・クメール語併記の日刊紙デイリーは確かに、単なるアジアの片隅の英字紙と呼ぶには不釣り合いなほどの重要性を持っていた。初鹿野氏の解説によると、国内の知識人の間で読まれ、政府の役人も読むようなメディアとのことだ。

デイリーの元エディターで今は上海に拠点を置くデニス・フルービー氏は、この新聞社でジャーナリストとしての基礎を学んだ。会社の資金不足から、木製のいすに座り、10年以上の年季の入ったパソコンで記事を編集する日々だった。

外国人スタッフの中には、デイリーで働いた後に世界で最も尊敬される媒体――ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストやAP通信などへ進んだ人もいて、中にはピューリッツァー賞受賞者もいる、とフルービー氏は話す。

実際に、デイリーは多くの調査報道で知られる。カンボジア特別法廷、土地収用の問題、警察や司法の腐敗などを粘り強く取り上げ、中でも違法伐採についての報道が、今年のアジア出版社協会・調査報道賞に輝いたばかりだった。「でも、もっと重要なことは、カンボジアの若いジャーナリストにとっての訓練の場だったことです。勇敢な彼ら彼女らはカンボジアの揺籃期にある民主主義をあまりに気にかけたので、仕事の中で巨大なリスクにをとったんです」(フルービー氏)。

最近のカンボジアにおける反対派弾圧の流れは、これだけにとどまらない。8月には、米・民主党系のNGO、全米民主研究所(NDI)が閉鎖に追い込まれ、在プノンペン・米国大使館がカンボジア政府の民主主義へのコミットメントに疑問を呈した。また、政府の指示によって、15ものラジオ局が閉鎖か運営を停止した。

これらのラジオ局はラジオフリーアジア(RFA)や、ボイスオブアメリカ(VOA)などに放送時間を販売していたと報道された。それに輪をかけるようにして、9月3日の未明には、最大野党・救国党のケム・ソカ党首が国家を傷つけようと、外国人とともに秘密裏に計画を立てていたとして、国家叛逆の容疑で逮捕された。

政府による締め付けの動きが強まっている理由

数年前までより民主的な道を歩んでいるように見えたカンボジア。なぜここにきて、政府による締め付けが目立ってきているのか。その理由については国内的な要因と国外的な要因に分ける見方がある。

まず、国内的な理由として、2018年7月に予定される総選挙で与党と野党の拮抗が予想されていることが挙げられる。2013年の前回の議会選挙では、野党・救国党が大きく躍進し、今年6月に行われた地方議会選挙でも、野党側が勢いづき、与党・人民党は多くの行政区で第1党の座を明け渡した。「この結果は人民党の地方での政治的優位の終わりを象徴している」(カンボジア政治に詳しいチアン・バンナリット氏のリポート)との分析もある。

このほかにも最近の国際関係の変化がフン・セン首相を「勇気づけた」可能性がある。多くの人が一致して指摘するのが、ここのところ中国からの投資や援助が大幅に増えたことで、カンボジアが欧米的価値観を無視しても構わない状況が生まれているという点だ。同時に、バラク・オバマ前政権がアジア重視の「再均衡」戦略をとったのとは対照的に、就任から半年以上経つトランプ大統領の東南アジア政策はほぼ白紙にとどまっていることが指摘されている。


来日し日本の安倍晋三首相と会談したカンボジアのフン・セン首相(右)、8月7日撮影(写真:ロイター/アフロ)

近年来、カンボジアはASEAN外相会談で南シナ海問題が浮上するにあたって、あたかも中国の代理人のような役割を果たしてきた。その最たる例として、2012年、カンボジアが議長国を務める中で開かれたASEAN外相会談では、ASEANの歴史で初めて共同声明が採択できない事態に陥った。

予測どおり、中国側はケム・ソカ党首の逮捕というカンボジア政府の判断にポジティブな感想を述べた。外交部スポークスマン耿爽氏は次のように発言している。「カンボジアのよい隣人、よい友達、よいパートナー、そしてよい兄弟として、カンボジアが本国の国情に合った発展の道を歩むことを中国側は一貫して支持する」。

カンボジアのエリートは中国に依存

カンボジアを統治するエリートたちは、「アラブの春」の背後にアメリカがいると考えており、米国が国内で政権交代を企んでいるとの大きな疑念をもっている、とチアン・バンナリット氏は話す。また、「カンボジアの外交は経済利益と政権存続に基づいており、中国がまさにその両方を満たしてくれると信じている」と分析する。タイとベトナムという大きな隣国に対抗するためにも、中国は手を貸してくれると、カンボジアは信じている、という見立てだ。

前出のフルービー氏は言う。カンボジア・デイリーはニューヨーク・タイムズからモットーを借りて「すべてのニュ-スを恐れず、おもねることなく」を標榜していた。「でも、今はワシントン・ポストのモットーがもっと適しているみたい。つまり、『民主主義は暗闇の中で死ぬ』」。

東南アジアにおける米国のリーダーシップが薄れる中、在職32年のフン・セン首相は中国の統治者たちのルールブックを参照しているのかもしれない。