NTTドコモから米シリコンバレーのベンチャーキャピタル幹部に転身した秋元信行氏(撮影:尾形文繁)

近未来アニメ『攻殻機動隊』の世界観を引き合いに出すなど、そのとがった発言で注目されていた異色・異能の日本人がこの夏、NTTドコモを去った。

「ドコモ在籍17年間のうち14年間は米シリコンバレー勤務。ベンチャー投資ばかりやってきた亜流中の亜流」と自嘲、本サイトでたびたび取り上げてきたNTTドコモ・ベンチャーズの秋元信行・元副社長のことだ。

同社はドコモの100%子会社。持ち株会社のNTTが2008年に設立したNTTインベストメント・パートナーズ(以下IP)が、2013年にコーポレート・ベンチャーキャピタル(以下CVC)に衣替えしドコモ傘下に入った。CVCとは事業会社による自己資金でのベンチャー投資会社を指す。

ドコモが秋元氏抜擢で目指したものとは

持ち株会社のNTT(日本電信電話)傘下からドコモ傘下となったのは、事業会社であるドコモとのシナジー創出が狙いだった。思うように成果が出せていなかったIPをCVCに衣替えし、シリコンバレーでの投資経験が豊富な秋元氏に陣頭指揮を執らせることで事態打開を図るーー秋元氏の副社長就任には2013年当時、そんな狙いがあった。

ドコモの無線通信の高い技術力や資金力(ドコモ・ベンチャーズは350億円のファンドを運営)、7511万契約(6月末)に上る巨大な顧客基盤はベンチャー企業にとってたまらなく魅力的に映るに違いない。一方のドコモにとっては、大企業の中からは出てきそうにないベンチャー企業ならではの斬新な発想がのどから手が出るほど欲しい。

ドコモに限らず、大企業とベンチャー企業とには一見すると相互に補完する関係があるように映る。そのためCVCを手掛ける大企業は少なくない。ところが、である。秋元氏によれば、「CVCは失敗例ばかりでモデルケースとなる成功例はまだない」のだそうだ。

「CVC関係者が集まると『CVCあるある』話で盛り上がる。(芸能人やスポーツ選手が失敗談を自ら語るテレビ番組)『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系列)のような内容ばかりだ。失敗事例を共有することで成功に近づこうという動きも出てきつつある。それほど、CVCには失敗例が多い」(秋元氏)。その中にあって、ドコモ・ベンチャーズはドローンの機体やサービス開発で有望な中東イスラエルのベンチャー企業に投資するなど、順調な立ち上がりを見せていた。

秋元氏は約1年前の2016年7月にベンチャーズを離れ、ドコモのスマートライフビジネス本部グローバルサービス推進室に室長として異動。「定期的な人事異動」(ドコモ広報部)だった。くすぶりかけていた秋元氏に声をかけたのが、シリコンバレーのベンチャーキャピタル(以下VC)、トランスリンク・キャピタルの大谷俊哉・共同創業者兼マネージング・ディレクターだ。

転職先は「職人気質で気持ちのいい連中」


秋元信行(あきもと のぶゆき)/1964年生まれ。1987年NTT入社。1999年ドコモに出向。2000年ドコモ米国研究所COO。2005年米ドコモ・キャピタル プレジデント&CEO。2013年NTTドコモ・ベンチャーズ副社長。2016年7月NTTドコモスマートライフビジネス本部グローバルサービス推進室長。2017年7月から米トランスリンク・キャピタル マネージング・パートナー(現職)(撮影:尾形文繁)

「大谷氏とは2006年のトランスリンク設立以来からの付き合いで、人となりもよく知っている。トランスリンクの人間は皆、ベンチャー発掘などVCの社会的使命に忠実な職人気質ばかり。侃侃諤諤の議論をするが後腐れのない気持ちのいい連中だ。所帯は小さいが互いにきちっと信頼できて、仲間としてやっていける。これは重要なポイントだった」(秋元氏)

9月20日で53歳になる秋元氏は「年齢的にいってキャリアチェンジの最後のチャンスだと思った。ドコモ時代にさまざまなパターンの投資を経験したが、トランスリンクが得意とする『事業会社のオープンイノベーションを外から手助けすること』はしたことがなかったし、事業会社のドコモではできようもないこと。それができるベストな場が見つかった」と転職理由を語る。

トランスリンクは韓国サムスン電子、ソフトバンク、台湾鴻海(ホンハイ)精密工業、同UMCなどアジアの名だたる企業の出身者が運営するVCだ。日本人のほか、韓国系米国人、中国系米国人で構成される多国籍チームでもある。

トランスリンクの得意技は、投資したシリコンバレーのベンチャーと日韓中台の大手企業をつなぎオープンイノベーションを促すことだ。過去10年間で126の事業会社にベンチャーを紹介。64のベンチャーが事業会社と契約を締結、32のベンチャーが事業会社から出資を受けた。

同社の最大の特徴は、「事業会社の戦略的リターンと、ファンドとしてのリターンを両軸としてどちらも同じように重視している点。そんなVCは世界中を探してもまず見当たらないが、トランスリンクは設立時から、その2つの軸を同様に重視してきた。今もその姿勢を貫いている」(秋元氏)。

トランスリンクの1号ファンドは2006年に5000万ドルを集め、15社に投資。うち8社がイグジット(他社への売却や株式公開での株放出)を迎えている。2010年の2号は7200万ドルで18社、イグジットは7社。2014年の3号ファンドは1億2700万ドルを集めて19社に出資。すでに2社がイグジットを迎えている。

「『攻殻機動隊』実現の夢はあきらめない!」


「攻殻機動隊リアライズプロジェクト」への熱い思いを語る秋元氏(撮影:尾形文繁)

秋元氏は「攻殻機動隊リアライズプロジェクト」に賛同し、「(近未来アニメ)『攻殻機動隊』の世界観(感情を持ったロボットや自動運転など)を実現するようなベンチャーを応援する取り組みがあってもいい」と明言。

「ウェアラブル端末よりもインプランタブル(体内に埋め込む形)が実現しないかなと個人的には思っている」「リストバンド型よりも電子タトゥー(米国ではすでに特許化)が実用化されると健康増進のみならず医療系にも応用が利く」などのとがった発言で注目を集めてきた。

今後も『攻殻機動隊』の世界観を実現するベンチャーへの支援を目指すのか。秋元氏は「トランスリンクのネタ(投資先)としては難しい」とする一方、「個人としては手伝っていきたい。リアライズプロジェクトとはつながっている」と決して夢をあきらめるつもりはないとしている。

ドコモを離れた秋元氏だが、「入社したNTTの時代からドコモ時代までの計約30年間、たいへんお世話になった。 NTTやドコモは本当にいい会社。いまだに大好きだし、キャリア(通信会社)としての愛着もある。何らかの形でドコモなどNTTグループに今後貢献できる場面があったらうれしい」と、今回の転職がけんか別れではないことを強調していたのが印象的だった。