[写真]東京から南へ2500キロ。小さなリゾート地が北朝鮮のミサイル発射計画に揺れている(ロイター/アフロ)

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 太平洋に浮かぶアメリカ領の小さな島が、北朝鮮のミサイル発射計画をめぐって緊迫しています。グアムは島の面積の3分の1を占める米軍基地を抱える一方で、正式な州ではない「準州」という位置づけです。アメリカ政治に詳しい上智大学の前嶋和弘教授が解説します。

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 米領グアム周辺を狙った北朝鮮のミサイル発射実験計画が明らかになった8月上旬以降、グアムという名前が日本の報道でも連日のように登場するようになった。北ミサイルに揺れるリゾート地・グアムとはどんなところなのか、なぜ「米領」となったのかなどを確認してみたい。

日本に近いリゾート地

 グアムといえば、青く澄んだ海。リゾート地として日本にはなじみがある。先住民族であるチャモロ人がほぼ半数。アジアの顔立ちは親しみやすい。

 面積は541平方キロメートルで、日本の淡路島よりはやや小さい。人口は16万人強しかなく、同じく「南海の楽園」であるハワイ州の142万人(総面積は2万8300平方キロメートル)とは規模的には比べ物にならないほど小さい。

 東京からは2500キロ。飛行機で4時間弱と日本にとっては最も近い「アメリカ」がグアムである。グアムには2016年には年間153万人以上の人々が世界から訪れている。だいぶ減ったとはいえ、その中のほぼ半分の約75万人が日本からの旅行者だった。

 北朝鮮の平壌からは3400キロ。日本だけではなく、北朝鮮にとっても最も近い「アメリカ」がグアムである。逆にロサンゼルスからは9800キロ、ワシントンからは1万2700キロ、逆にアメリカ本土からの方が遠い。

スペイン領から米領へ

 ではなぜそんなところが、「米領」となったのか。

 高校の世界史に詳しい読者なら、この辺りはすぐに説明できるかもしれない。「大航海時代の1521年、グアムはこの時代を代表する航海者のマゼランによって「発見」され、1561年にスペイン領となった。その後、スペインの所有が続き、カトリック教徒が大多数を占めるなど、現在まで文化的にはスペインの影響が大きい。

 1898年の米西戦争で、アメリカがスペインを破り、スペイン領のプエルトリコ、フィリピン(1945年にアメリカから独立)とともにグアムは米国領となった。アメリカ史としては、グアムはハワイ(1898年アメリカ併合)などとともに19世紀後半の太平洋への拡大政策の象徴的な存在となった。

 途中、第二次大戦では1941年12月に日本軍が占領したが、約2年半後の44年8月米軍が上陸して奪還した。この時の戦いを生き延び、ジャングルで潜伏を続けていた元日本兵の横井庄一さんが1972年に住民に発見され、日本に帰還した。「恥ずかしながら帰って参りました」と朴訥だがしっかりと語った横井さんの記者会見は、当時子供だった筆者にも極めて印象的だった。大変なご苦労をなさったものの、一種のおとぎ話のような横井さんのサバイバルの話を通じて、グアムに対するエキゾチックなイメージは日本にも広がった。

 やや脱線したが、その後、グアムはその後、米領として現在に至っている。アメリカにとっては、グアムを自国の領土にとどめておくことは極めて重要な意味がある。というのも、アメリカにとって、朝鮮半島や台湾海峡に近いため、軍事的拠点として重要であるためだ。

軍事拠点としてのグアム

 第二次大戦後、グアムは米軍の軍事拠点としての重要性を次第に大きくしてきた。ベトナム戦争の際、グアムはB52爆撃機の発進拠点だった。軍事拠点化が進み3000メートル以上の滑走路があるアンダーセン空軍基地や、潜水艦の基地となっているほか、空母の接岸も可能である。さらに米軍はここ20年近く、再編に世界的規模で取り組んでおり、アジア・太平洋地域で発生する有事やテロ対策、自然災害に速やかに展開する上で、グアムの位置は戦略的にますます重要になっている。

 グアムの軍事拠点化は、米軍基地が領土の何と3分の1を占めているという事実をみれば明らかであろう。ハワイの面積の中の米軍基地は6%程度、在日米軍が面積の約10%である沖縄と比較しても、グアムの数字が際立っている。

 同盟国であったとしても外国の軍が駐留する沖縄の場合、地元の人々の様々な負担の上に基地運営が成り立っている。グアムにも基地反対運動があるが、沖縄に比べると自国である分だけ摩擦は目立ってはいない(自国である分、抑え込まざるを得ないといえるのかもしれない)。

 アジア太平洋地域に展開する米軍は約10万人であり、その4分の1に当たる約2万5000人が沖縄に集中している。沖縄の中で最大の兵力が海兵隊だが、日米両政府は2005、06年に合意した米軍再編で、沖縄の海兵隊を半減させ、グアムへ移すことを決めている(グアムにも移転についての反対運動があることも記しておきたい)。

州になれない「準州」

 では、そんなに重要なグアムがなぜ、州(state)でなく、米領(US territory、準州)でしかないのか。一言で言えば、あまりにも小さいほか、アメリカ合衆国の一員としての歴史も長くないということが理由であろう。

 アメリカの準州には、グアムのほか、プエルトリコ、米領バージン諸島、北マリアナ諸島、アメリカ領サモアがある。グアムの人口は前述のように16万で、50州の中で最も人口が少ないワイオミング州が約58万人、その次に少ないバーモント州が62万人であることからも、その差は大きい。他の準州の米領バージン諸島は12万、北マリアナ諸島は8万、アメリカ領サモアは7万とグアムよりも小さい。

 準州の中で人口が多いのはプエルトルコで、人口は350万人を超えており、50州と準州を合わせた中で29番目に位置する。しかし、アメリカ領となったのは、グアムと同じ年19世紀末であるため、やはり歴史的な経緯も大きいとみられる。

 そもそも1790年に作られた首都ワシントン(ワシントン特別区)は人口68万人でワイオミング州やバーモント州よりも大きいが、準州と同じ扱いとなっている。ワシントンでは州昇格運動が盛んだが、なかなか実現しない。

 州昇格には連邦議会での承認が必要である。アラスカ(1868年アメリカ編入、人口約71万人)とハワイは長く激しい州昇格運動の後、1959年に準州から州に昇格した。ハワイの場合、ホノルル国際空港(ダニエル・イノウエ・ホノルル国際空港)にその名前が記されている故ダニエル・イノウエ氏(後の上院議員)らが熱心に州昇格運動の闘士として活動したことで知られている。

 これ以後、51番目の州が登場していない。

大統領選の投票権がない

 州と準州の違いは一言でいえば、準州は州より自治権が弱いという点に尽きる。

 建国の理念上、連邦政府(中央政府)と州政府がかなりの役割分担をするのがアメリカの政治であり、州に与えられている権限が大きい。日本の場合、州と日本の県を同格に見なしがちだが、明らかに異なっている。州と訳されている「ステート(state)」は一般には「国家」を意味しており、各州は独自に憲法を制定し、刑法、民放、商法をはじめとして法律は各州によって異なっている。連邦政府が手を出せるのは、原則的には国防、外交、貨幣の鋳造といったアメリカ合衆国憲法に列挙されている分野か、複数の州にまたがることだけである。

 州ではないために、準州は連邦政府から大きな制約を受けることになる。例えば、グアムの場合、自治が認められたのは1950年であり、それ以前は連邦政府(米軍)が統治していた。米軍統治時代は、グアム住民の権限などははっきり定義づけられてはおらず、アメリカの市民としての地位はなかった。当時は知事が公選ではなく、米軍による任命でもあった。先住民族であるチャモロ人の土地が米軍の利用のために、かなり不当に接収されるのも一般的だった。

 自治権が認められてからは他の州と同様、自前の立法府と裁判所を有しており、「グアム法」も存在している。ただ、それでも他の準州と同じように住民には、大統領選挙の投票権がないほか、連邦議会に議員を送ることもできない。

 現在は大統領選挙の投票権はないが、その前段階の政党の候補者を選ぶ予備選の方には投票権がある。連邦議会に議員を送ることはできない代わりに下院に代議員を送ることができる。代議員には投票権はないものの、議会の各種委員会の構成メンバーとして法案についての様々な議論はできる。自治権獲得後は、知事は準州内での公選となっている。

米政府が「守ってくれる」

 準州のいずれも、それぞれが独立しようとも国家としては成り立たない人口である。また、「困ったら連邦政府が助けてくれる」という見方もあり、実際に振興策の恩恵にあずかってきた。例えば、プエルトリコは、長い間、連邦法人税の優遇措置の恩恵を受けられたため、多くの多国籍企業が進出していた。合衆国からの離脱運動もほとんどないのも、うなずける。

 ただ、連邦政府に依存するのは、諸刃の剣でもある。プエルトリコの場合、連邦政府の財政悪化の中で優遇措置が段階的に縮小・廃止されたため、企業の撤退が続き、人口減が続いている。プエルトリコ政府の赤字が拡大し、赤字地方債への依存度が高まったため、財政破綻に至っている。

 今回のグアムへのミサイル危機も「危機的になったらトランプ政権が守ってくれるはず」という声が現地では圧倒的だ。そもそも米軍があるから狙われるわけであり、話は単純ではないかもしれない。グアムでは米軍によって接収された土地の補償・返還を求める運動もあるが、なかなか進んでいない。

 そう考えると、準州であること自身が悲哀なのかもしれない。

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■前嶋和弘(まえしま・かずひろ) 上智大学総合グローバル学部教授。専門はアメリカ現代政治。上智大学外国語学部英語学科卒業後,ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA),メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(単著,北樹出版,2011年)、『オバマ後のアメリカ政治:2012年大統領選挙と分断された政治の行方』(共編著,東信堂,2014年)、『ネット選挙が変える政治と社会:日米韓における新たな「公共圏」の姿』(共編著,慶応義塾大学出版会,2013年)