『ダンケルク』(ジョシュア レヴィーン:著、武藤陽生:訳/ハーパーコリンズ・ ジャパン)

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 この7月、アメリカで大ヒットした戦争映画『ダンケルク』がいよいよ日本でも9月9日より公開される。『ダークナイト』『インセプション』などの大ヒット映画を手がけたクリストファー・ノーラン監督の最新作とあって、期待は高まる一方。

 ダンケルクとはフランス第三の港湾都市であり、この地で第二次世界大戦時に起きた「ダンケルクの戦い」は、フランスに侵攻したナチスドイツ軍に40 万人規模のイギリス・フランス・ベルギーの連合軍兵が追い込まれて繰り広げた決死の脱出作戦のことであり、映画はその闘いの日々を克明に描き出す。

 1940年5月24日から6月4日のわずかな期間に、ドイツ軍の執拗な攻撃に耐え、輸送船の他に小型艇、駆逐艦、民間船など動員されたあらゆる船舶でドーバー海峡を越えイギリスに到達した兵士は延べ36万人。「これは戦争映画ではない。サバイバルの物語だ」とノーラン監督が語るように、必死に生きのびようとする兵士たちの姿に引き込まれ、まるで自分が現場に放り込まれたようなリアルさに戦慄する。

 あえて映画では語られないが、実はこの戦いは世界史的に見ても大きな意味を持っており、おそらくそうした面を理解することで映画はより面白くなるだろう。とはいえあまり知らない人が多いのも実情で、そんな中でおすすめしたいのが映画公開にあわせて発刊される歴史ドキュメンタリー『ダンケルク』(ジョシュア レヴィーン:著、武藤陽生:訳/ハーパーコリンズ・ ジャパン)だ。退役軍人や生還者へのインタビューを織り交ぜながら当時の状況を検証し、そこでは何が起こっていたのか、兵士たちは何を感じていたのかを追ったこの本は、この戦いの「意味」についてもあらためて示唆してくれる。

 いってみれば巨大な「背水の陣」だったわけだが、イギリス本国ではチャーチルの演説が契機となって国民は帰還兵を熱狂的な興奮で出迎え、来るべきナチスのイギリス襲撃に向けて国民意識が高揚。脅威に誇り高く立ち向かう「ダンケルク・スピリット」がイギリス人の心に深く根ざすこととなった。

 実際、この史上最大規模の撤退を成功させていなければ、イギリスはそのまま兵力を失いナチスに降伏したかもしれない。そうなっていれば、いくら米ソが参戦してもナチスを破ることは叶わず、そのまま巨大な世界帝国が出来上がってしまったかも…そんな大きな歴史的転換が、無謀ともいえる撤退の決断であり、兵士たち個人個人の必死の「サバイバル」に基づいていたのだと知ると、その心許なさに愕然。だがそれこそが、歴史の真実というものかもしれない。

 その他、本ではクリストファー・ノーラン監督へのロングインタビューのほか、プロデューサーや各現場スタッフの証言によって、実写映画がどのように作られたのかについても詳しく迫る。なんとCG嫌いのノーラン監督は極力実物を使って撮影したとのことで、本物の軍艦や現存するリトルシップ(救出に使われた民間船)、アンティークの戦闘機などを使ったほか、もちろんロケもダンケルクで敢行し当時の状況を細かく再現。そのリアリティの追求姿勢には驚かされるだろう。なお、ネタバレ系の本ではないので、読むのは映画を見る前でも見た後でも大丈夫。映画をより楽しむための副読本的な一冊だ。

文=荒井理恵