□産業技術総合研究所地質情報基盤センター・藤原治次長

 −−1854年の安政東海地震では富士山の南西山麓から駿河湾へ延びる「富士川河口断層帯」沿いに地震山ができたということだが

 「現在の静岡市清水区蒲原で地震が発生した後に土地が盛り上がって山ができていたという話が残されている。明治期に作られた地図に『地震山』という名称がちゃんと残されており、地図記号から東西50メートル、南北600〜700メートル程度の範囲が周りの水田から高まった草地か林になっているのが分かる」

 「もちろん異説もある。安政東海地震で富士川にできた土砂ダムがその後に決壊し、その土石流が堆積して山になったというものだ。しかし、富士川の流路の変化などからは、安政東海地震でその辺りが広く隆起したことも考えられる。断定はできないが、富士川河口断層帯が動いたことで地震山ができた可能性はある」

 ◆先人の知恵生かせ

 −−南海トラフ巨大地震で富士川河口断層帯がずれた場合、どのような被害が想定されるか

 「富士川河口断層帯の直近には工場などが多く立地する工業地帯がある。さらには東海道新幹線や東名高速道路はこの断層帯をまたいで通っている。断層が動くと強い揺れが発生し、断層の上の地面にはずれが生じる。そのことによる被害は相当なものになるだろう。政府の想定では、この断層が動くと2メートルから10メートルの段差ができる可能性がある」

 −−南海トラフ巨大地震によって引き起こされる津波にはどのような対策をとるべきか

 「防潮堤は効果的な対策だが、あまり巨大な防潮堤をつくれば景色も変わり、地域の産業や生活にも影響が大きい。巨大防潮堤は100年とかもっと遠い未来にまで残るものなので、長期的なまちづくり、あるいはその地域の文化的発展との関連も考えるべきだろう。遠州灘には砂丘がよく発達していて、これが自然の防潮堤になってきた。そうした自然をもっと防災に活用することが大事ではないか。過去に実際に起こった津波がどういう大きさだったかを詳しく調査するのが、まずは大事だと思う」

 「住民が緊急避難するためにつくった『命山』と呼ばれる人工高台がある。袋井市には1680年の台風による高潮被害を教訓に当時の横須賀藩が築いた高さ5メートルほどの『塚』が残っていて、これは昭和時代まで使われていた。現在では県指定史跡となっているが、こうした先人の知恵を積極的に活用していくべきだと思う。実際、この命山のそばには平成23(2011)年の東日本大震災の後に、『平成の命山』がつくられている」

 ◆揺れやすい地盤

 −−南海トラフ巨大地震で津波以外に懸念すべきことは

 「平野の下の地層は柔らかいので、その地層が分厚いところでは揺れが大きくなりやすい。太田川や天竜川の付近では川がつくった粘土と砂の地層が30メートル以上堆積しているため昭和19(1944)年に発生した昭和東南海地震のときには住宅倒壊率が高かった。現在でも場所によってはトラックが通ると震動を感じるくらい、揺れやすい土地となっている」

 「昭和東南海地震当時と現在では、家が建っている範囲や密度が大きく違う。江戸時代の絵図や古い地図で土地の変化を見ると、沼や湿地だった場所が干拓されて田んぼになり、その田んぼが埋められて住宅地になったところもある。昔だったら地盤が悪くて家が建てられなかった場所だ。広い土地を必要とする工場や公共施設ほど新たな土地の確保が難しいので、そうした埋め立て地につくられている。これらの安全性を確認することが大事だ」