経済産業省(「Wikipedia」より)

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 またしても暗礁に乗り上げた――。

 経営再建中の東芝は半導体メモリ子会社「東芝メモリ」の売却について8月31日の取締役会で、米ウエスタンデジタル(WD)、産業革新機構、日本政策投資銀行、米ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)の陣営に独占交渉権を与える協議をしたがWDとの溝は埋まらず、見送ることとなった。

 当初の優先交渉先は革新機構、政投銀、米ベインキャピタル、韓国SKハイニックスの日米韓連合だったが、その後、台湾・鴻海精密工業(ホンハイ)やWDの名前が急浮上。そこで浮上したのが革新機構、政投銀、KKRが計1兆円を出資、銀行団も7000億円を融資し、他陣営への東芝メモリ売却に反対していたWDが1500億円を出資するという案だったが、結局WDは将来の出資比率などをめぐって対立、納得しなかった。その間隙を突くかたちで再びベインキャピタル、SKハイニックスがアップルを加えて巻き返しに動き出し、革新機構などに接近したともいわれるが、今後の落としどころは見えてきていない。

 しかし東芝メモリの買収劇の中心にいるのは革新機構だ。

●革新機構とは

 この革新機構とは何者なのか。設立は2009年7月27日。旧産業再生法、現在の産業競争力強化法に基づき、政府と民間の出資により設立された官民合同ファンド。機構の設置期間は15年間である。政府から2860億円(その後13年度補正予算で健康医療分野への投資のため200億円追加)、民間26社から140億円、個人2人から1000万円ずつ出資を受けている。出資金の95%は財政投融資からだ。さらに金融機関から資金の借り入れを行う場合は1兆8000億円の政府保証枠を持っており、計2兆円の投資能力を持つ。

 こうした資金をもとに、先端技術や特許の事業化を支援することなどを目的として、大学や研究機関に分散する特許や先端技術による新事業、ベンチャー企業の有望な技術、国際競争力の強化につながる大企業の事業再編などに投資を行う。投資に当たっては、機構内に設置する産業革新委員会が評価を行い、最終的な投資対象を決定する。しかし「物事を決めるときには経済産業大臣のご意見をいただく」(同関係者)ことなどから、経産省の思惑が少なからず影響することは否めない。

 主な業務はベンチャー投資と業界再編にかかわる投資。ベンチャー投資では8割超の損失を出していると大手紙は指摘している。事実、純損失が累計で17年3月期までに370億円まで膨らんでいるが、一方で「革新機構の役割は、民間が投資できないリスクはあるが将来有望な投資を行うこと。ベンチャー投資は千三つともいわれ、ある程度は仕方がない。ただエグジットを前にした含み益のある株式もかなり保有している」(革新機構関係者)という。

 革新機構が8月31日までにまとめた投資実績によると、投資先は119件(エグジットを開始したものや完了したものは37件)で、投資額は累計で1兆343億円にも上っている。

 革新機構の仕事はベンチャー投資だけではない。業界再編や企業の再編などの支援も担う。大手電機メーカーから切り離された日の丸半導体企業のルネサスエレクトロニクスの増資引き受けや、同じく日の丸液晶会社のジャパンディスプレイに出資し上場させ、日立建機や日産のフォークリフト子会社の再編に力を入れ、業界再編の台風の目となっている。

 しかし革新機構は企業再生そのものはやらない。だから債務超過になった東芝に対して直接資金提供することなどはできない。結局、メモリ事業の再編に関連して東芝メモリの買収にかかわるようになったというわけだ。

●日米韓連合

 東芝は17年3月期に債務超過に陥り、2年続けて債務超過となると上場廃止になる。そこで東芝は2月14日に東芝メモリの売却先を募り、米国の投資ファンドや中国、韓国の半導体メーカーがこぞって手を挙げた。

 日本の技術流出を憂慮した経産省は革新機構や政投銀を通して東芝救済に動き出した。経産省は当初、東芝メモリの買収をオールジャパンで行おうとしていた。ところが東芝以外の日本の大手電機メーカーは、ことごとく半導体事業に失敗して撤退した苦い思い出がある。

 そこで革新機構と政投銀が特別目的会社(SPC)を設立し、外資も含めて出資を求めた。当初はKKRとの日米連合が検討されたが、課題が山積している東芝メモリの買収には消極的であった。そのようななかで手を挙げたのが、SKハイニックスと米投資ファンドのベインキャピタル。この2社を取り込み、日米韓連合が結成された。

 コンソーシアムを組んだのには、大きな理由がある。16年末現在で1兆円近い出資を決定していた革新機構が新たに出資できる上限は1兆円。2兆円規模の資金を調達するために政投銀と組んでいるが、こちらも連結総資産は16兆4225億円(17年3月末)に対し、すでに貸し出しに回しているのが13兆2101億円、連結純資産(いわゆる自己資本に当たる部分)は2兆9393億円だから、外部から資金調達しないで貸し出しに回せるのは2731億円。自己資本を取り崩したとしても手元にある現金は9897億円だから、それほど資金に余裕があるわけではない。

 両社ができる限りの資金を集めても、2兆円には届かない。そこで外部の企業とコンソーシアムを組むことになったというわけだ。

●WDが買収に名乗り出る

 ところがライバル企業のSKハイニックスが買収先のコンソーシアムに参加したことに腹を立てたのが、WDだった。WDは子会社サンディスクを通して半導体メモリで東芝と合弁事業を展開している。5月14日には、WDは子会社を通してパリに本部のある国際商業会議所の国際仲裁裁判所に仲裁申立書を提出した。仲裁に持ち込まれれば1〜2年はかかる。すでにこの年に債務超過に転落した東芝は、来年3月末までに債務超過を解消できなければ上場廃止になる。

 そうしたなかで、当初は融資だけの予定だったSKハイニックスが、3分の1超の議決権付き株式の取得を要求し、協議が紛糾した。さらに大型のM&A(合併・買収)は独占禁止法に違反していないか各国の関係当局が審査する。国によっては半年かかるところもある。つまり、8月末までに東芝は東芝メモリの売却先を決定し、独禁法の審査が開始されなければ、3月末までに買収が間に合わない。

 そして8月、大手のメディアは一斉にWDが革新機構などとともに東芝メモリの買収に動き出すことを報じたがこれもまた頓挫、交渉は混乱を極めている。しかしその一方で安易な公的資金による東芝救済には疑問の声も上がっている。革新機構がやろうとしているのは東芝メモリの買収を通した東芝救済のための“迂回資金提供”だ。これは本来の業務とは違う。むしろ東芝本体はきちんと法的に整理し、再生の道を歩ませるべきではないか。そういう意味では革新機構の在り方が改めて問われることにもなりかねない。
(文=松崎隆司/経済ジャーナリスト)