(なんでこんな真っ暗なかひとり、クソ寒い雪道を、酒運んで歩いてんだ!)
 見上げると夜空には、東京で見る星よりも、はるかに大きく煌々とした灯。こちらの行く手を照らしてくれる。
 2月、氷点下の網走、真夜中1時。
 前号から続き、釧網線の列車で白銀をサーフィンし、やっとやっとたどり着いたオホーツク海。その網走の夜には、流氷をとかすほどの、あったかい人肌が潜んでいた…。
 釧網線の旅。網走に日暮れが訪れようとするころ、標茶を発った釧網線の列車にいた。摩周湖と屈斜路湖の間を、カラカラカラカラ…と静かに駆けるキハ54形の中に、ひとり。
 ドドドドドド…という床下からのエンジンのがんばる音がない、ということは、坂道を下っているんだ!
 サミットを越えた列車は、急な下り坂を、ツーッと滑るように駆ける。その軽快なスノーラインを、神秘的な彼女が遮った。出たっ!エ・ゾ・ジ・カ。
 前号の冒頭に登場した彼女。オレらを乗せた単行列車の前に再び立ちはだかり、シレッとこちらに振り向いた。
「釧路であんなに酔いつぶれたのに、網走でまた、吞んだくれんでしょ?」
 北の大地と共存する運転手は、妄想男と鹿のバカげたやりとりなんぞ相手にもせず、ブレーキと力行の見事な手さばきで、淡々とキハを走らせる。
 知床斜里を出たキハは、浜辺と流氷の境界上を、駆ける。赤らんだ人たちを乗せてひたむきに走る。
 なぜだろう。中年男、ワケもなく席を立ち、人肌の温もりに満たされたキハから飛び降りて、北浜駅、下車。
キハはおバカな中年男ひとりを降ろし、冬装備でキメた観光客数人を乗せて、網走を目指して再び走り始めた。
 列車が去ったあと、遠慮なくやってくる、魂を奪うほどの、ド寒風。
 次の列車まで、例の喫茶店で暖をとり、スマホで宿を探す。が、なんと流氷シーズンでどこのホテルも満室!やっと見つけた今晩の寝床は、うれしいかな悲しいかな、網走駅の北側、北見運転所網走詰所の裏手にある、民宿。
 これがまた、ブッ飛んだ宿。
 網走駅、運転所の裏、真っ暗な雪道をひたすら歩き、仕事を終えた特急車両の男気を横目に、さらに路地をすすむと、小さな灯りが、ひとつ…。
 恐る恐る、呼び鈴を鳴らす。しばらく待って聞こえてくる「あ、ハーイ」の声。初老のおじさまと、中年の女性が、不気味な笑顔で迎えてくれる。
(これはヤバイ!)と思ったが、コレまたなぜか、なぜか、なぜか…。
 部屋は昭和の下宿のような6畳。隣の部屋のテレビの音が聞こえちゃう。お風呂は共同で、順番待ち。(まさか、こんな風呂入る女子なんて、いないでしょ)と思っていると、宿主。
「女性の方が2人待ってますから」
 マジか!共同風呂に入る女性客がいるのか。しかも次にオレが入っていいのか!?中年変体男、妙にそわそわ。
 冒頭の嘆きは、ココからだった。
 風呂待ちのために座った談話室で、アジアから来た観光客や、ぶらり旅で来た道内の学生たち、兵庫からやってきた中年ひとり旅男らと、「どこから?」という会話からはじまり、僕たちだけの網走の夜がはじまった…。
 風呂も入った。酒も吞んだ。みんなで笑った、それぞれの事情。たまたまひとつの宿で吞み語らい、笑った。
 お調子者、「じゃ、もう一本いきますか!」ということで、氷点下の網走の街を、ひとり歩いて駅前コンビニまで酒を買いに行ったというワケ。
 コンビニまでの夜道。運転所のほのかな灯りに照らされた特急車両は、あすの上り札幌行きに備え、給油中。
 釧網線の旅で知った、人肌のシアワセ。オレたちの「給油」も、続く。外は氷点下、運転所ではエンジンを暖機、談話室では旅人のあったか談義。

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2013年5月号に掲載された第12回の内容です。

鉄道チャンネルニュースでは【ラン鉄】と題し、毎週 月曜日と木曜日の朝に連載します。

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