さくら剛さんによるエンタメ小説『(推定3000歳の)ゾンビの哲学に救われた僕(底辺)は、クソッタレな世界をもう一度、生きることにした。』(ライツ社)は、冴えない青年の「ひろ」と、数千年前にゾンビになってしまった「先生」の物語。

このゾンビ先生は、偉大な哲学者たちと共に世界の真理を探究してきた人物で、身近な例えを用いて、ひろに哲学を教えていきます。小難しいイメージがある哲学を、ユーモア溢れる例えを用いて解説していく本書。生きていく上で大切なことは何か、を知ることができるかも。

今回授業が行われたのは「銭湯」。ここで、かの有名なソクラテスが残した「無知の知」についての講義が行われるようです。

「相対主義」の欠点とは?

先生:露天風呂で哲学授業といくか。

 

ひろ:なかなか優雅で良いですね〜。

 

先生:ところでおまえは哲学の思想である「世の中のあらゆる事柄は相対的である」という相対主義の意味が分かるか?

 

ひろ:うーん。こうやって銭湯で全裸になることが何とも思わない人もいれば、恥ずかしがる人もいるということでしょうか?

 

先生:その通り。すべては相対的で「人間は万物の尺度である」ということじゃ。しかし、世の中の何もかもが「人それぞれ」で良いのだろうか?

 

ひろ:難しいですね。

 

先生:皆が自分だけの価値判断に従って行動していたら、社会の秩序はどうなる? 例えばこの銭湯じゃ。日本には様々な風呂の文化があるな? ゆずを浮かべる者、牛乳やワインを入れる者…。風呂の好みは人それぞれ相対的であるから、何を入れようと自由じゃ。ところが、公共の場である銭湯で各人が好みを持ち込んだらどうなる? 各々が「これが一番健康に良い」と信じて、ゆずや牛乳をぶちこめば、それは最高の風呂になるか?

 

ひろ:いいえ! そんな風呂は最悪です。

 

先生:そうじゃろ。それぞれは良いもののはずなのに、それが秩序なく集まると、混沌としたものになってしまうのじゃ。

ソクラテスが気づいた
「無知の知」

先生:じつは古代ギリシアで相対主義が流行ってしまったせいで「倫理の崩壊」が起こったことがあった。なにしろ、皆が他人のことを考えず、自分の価値観だけで好き勝手に生きるようになってしまったからな。

 

ひろ:それって、今の日本に通じるような気がします。歩きタバコとか違法駐車とか、みんな自分だけの価値観で好きにやっているから周りが迷惑するんですよね。

 

先生:だからこそ、社会の調和のためには、共通の規範が必要になるのじゃ。人間社会にもオーケストラの指揮者のような役割を担う、皆が従うべき「普遍的な善や美徳」があるはずだ、と主張した哲学者がおる。それがソクラテスじゃよ。

 

ひろ:その名前、聞いたことあるかも。

 

先生:ソクラテスは紀元前469年頃の生まれであるから、まさに相対主義が古代ギリシアを席巻し、倫理が崩壊していく様子を見ておった世代じゃな。そこで彼は「このままではいけない。人の営みは決してバラバラで良いはずがなく、我々には共通で普遍的な規範が必要なはずだ」と訴えたのじゃ。ソクラテスは特に倫理的な事柄に対して、相対主義を否定した。人間は好き勝手に生きるのではなく、普遍で共通の「善いもの」を目指して生きるべきだと主張したのじゃ。そして、その共通の「善いもの」を明らかにするためソクラテスは全力を尽くした。

 

ひろ:それは僕も賛成です。みんなに共通するものがあった方が、争い事がなくなりそうですもんね。ではソクラテスがたどり着いた「善いこと」って何だったのですか!?

 

先生:ソクラテスは具体的に「善いこと」とは何なのかを…結局見つけられなかった。

 

ひろ:ズコー!

 

先生:だからこそ哲学はまだ哲学なのではないか。ソクラテスは「善いこと」の代わりに、ひとつ大事なことを発見した。その答えは「結局、自分は何も知らない」ということじゃ。 

 

ひろ:ズコー!

 

先生:ここはズッコケるとこじゃない!

 

ひろ:あら? そうなんですか?

 

先生:ソクラテスは「正義」や「勇気」などについて、それがどういうものか知るためにギリシアの賢人たちの元に質問して回ったのじゃ。ところが賢人たちは「そんなことも知らないのか?」と尊大な態度で応じた。しかし、誰ひとりとしてソクラテスを納得させるような、普遍的な「正義」や「勇気」の基準を示すことができなかったんじゃ。

 

ひろ:威張っておいて答えられないなんてダサいですね。

 

先生:そこでソクラテスは気づいたんじゃ。「自分に知らないことなど何もない」と思い込み、横柄な態度でいるくせに、じつは無知である賢人たちと違い、少なくとも自分は「無知である」ということを知っている。そしてその「無知の知」こそが人間にとって大事なことであるのだと。

 

ひろ:なるほど〜。「無知の知」が、ソクラテスの見つけた答えだったんですね。

 

先生:そうじゃ。すべては「無知の知」から始まる。これこそが我々が肝に銘じるべき言葉じゃ。

 

ひろ:なぜ、その自覚が必要なのですか?

 

先生:ソクラテスが問答をした賢人たちは、自分では「何でも知っている」と思い込んでいたゆえに、新しいことを知りたいという欲求や探究心を求める姿勢を失っていたのじゃ。そのような慢心に溢れた人間は、もはやそれ以上成長することはできん。相手が人であれ自然であれ「自分はまだ知らない」という謙虚さを持っているからこそ「教えてください」と素直に頭を下げることができるのじゃ。

 

ひろ:すごいなぁ。なんか感動します! めちゃくちゃ良いこと言いますね…心から尊敬しますソクラテスさん!

 

先生:いや、わしのことも褒めてよ!

ソクラテス、ニーチェなど、さまざまな偉人が残した哲学を、現代に溢れるモノや現象に例えて分かりやすく解説した哲学入門書。物語は、主人公と先生の会話形式になっているので「小難しい参考書は苦手」という人にもおすすめの、ライトに読める一冊です。