「うちの社員は無能だ」は、天に唾するようなものだ(写真:buri327 / PIXTA)

どのような場合でも、「うちの社員は無能だ」といったことを経営者が口にすることは、愚かなことです。その採用過程はともかくとして経営者が最終的に選んで採用しているのです。にもかかわらず、「うちの社員は出来が悪い」などと公言するのは、天に唾(つば)するようなものでしょう。

つい最近、このようなことがありました。某IT企業の社長が「うちの社員の出来が悪い。実力がいま一つ。どうしようもないんです。だから、業績がなかなか伸びないので悩んでいます」と言う。「お宅の社員の採用の最終決定者は誰なんですか」と尋ねると、「いや、実際の採用は人事担当役員です。私のところには書類が回ってくるだけ。それをぱらぱらと見て、まあ決定ということです」とのこと。そこで次のように伝えました。

「ならば、最終決定は社長ご自身ということになりますね。それなのに、ウチの社員はダメだというのは、社員がダメではなくて、社長であるあなたがダメだということになりますよ。人材を見抜く力が、役員の方にも、社長であるあなたにも、なかったということになりますからね」

社員をダメにしているのは社長


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「うちの営業マンは能力が低い」「うちの研究開発陣は無能」などと平気で口にする経営者が多いのは、なぜなのでしょうか。謙(へりくだ)ってというか、謙遜というか、そのような思いから言っている場合もあります。さほど本気で言っているわけではないのかもしれません。しかし、もし社長がそのようなことを言っていることを就活をしようとしている優秀な学生が耳にしていたら、彼は、その会社に応募しようとは思わないでしょう。

業績が上がらないのは従業員の能力不足と言いたくなる気持ちはわかります。しかし、客観的に見て、社員をダメにしているのは、ほとんど社長です。社員は、この会社で一生懸命働いてやろうと思って入社してきているのです。もちろん、すべてではないにしても、ほとんどの社員は、入社時点ではそのように思っているものです。そういう社員が入ってきているのに、そのやる気をなくさせているのは誰か。結局は、上司、幹部、社長なのです。

では、どうすれば、社員に一層の実力をつけさせることができるのか。

社員が実力をつけるための方法はいくつかあります。しかし、その中で最も重要なことは、「方針を出す」ということです。

こう言いますと、「当然のこと。方針をきちんと出している」と言われるかもしれません。しかし、方針を当面の目標と理解しているとすれば、社員も部下も育っていくことはありません。

「基本理念」「具体的目標」「最終目標」

方針とは何でしょうか。月内の売り上げ目標を示すことでしょうか。あるいは5年先の事業目標を掲げることでしょうか。当然、それだけでは不足であるということは賢明な読者諸氏はおわかりになっているでしょう。そうです。「基本理念」と「具体的目標」と「最終目標」の3つが明確になければ、方針と言いません。

経営者は、この3要素を含んだ方針を打ち出すこと。このことによって、ほとんどの社員が、満足できる社員、実力ある社員となり、「ウチの社員は優秀でね、助かりますよ」ということになると思います。

なぜ、方針を明確にすると社員が実力をつけてくるかというと、「努力する方向と期待される成果」を明確に知ることができるからです。前述のように社員は、とりわけ若い社員は、やる気は十分なのですから、あとは、その気持ちを、どのような方向に向ければいいかを示すだけでいいのです。それが「方針」というものなのです。

その方針におおよそ沿っていれば、もうあとは個々の自主判断に任せればいい。そうすることによって、社員や部下は「受動的人材」ではなく、「能動的人材」に変わっていく。今はやりの将棋でいえば、「駒人間」ではなく、「差し手人間」に変身していく。これは何も社員、部下だけのことではなく、上司自身、経営者自身にも力強く経営を進めていくうえで、絶対に必要なものだといえるでしょう。

方針のうち、最も重要なのは「基本理念」です。何のためにこの事業をするのか、何のためにこの仕事をするのか。加えて、その事業を進めていくためには、どのような心構えで取り組むのか、その仕事にどんな心掛けで取り組んでいかなければならないのか。ここはしっかりと押さえておく必要があります。

そして「最終目標」。何を目指すのか、どのような成果を最終的に出すべきか、この仕事の最終着地点はどこなのかを定める必要があります。それが決まれば、その最終目標に向けた具体的目標で事を進めていけばいいわけです。いわば「具体的目標」がわかってきます。この3つの方針によって、正しい経営、着実な発展、大きな成果を達成できるのです。

私の若い友人に、60人ほどの社員を要した建設会社の社長がいます。彼は、もう12年前から毎年、社員に、方針、すなわち「基本理念と具体的目標と最終目標」をまとめ、『経営の羅針盤』という冊子にして配布しています。

もちろん、基本理念は「貫く棒の如く」変わっていませんし、最終目標も30年後には「地域に最も喜ばれる会社・日本で最も喜ばれる会社」を掲げています。冊子を見ると、経営理念、経営方針、経営目的、達成手段、行動指針などがコンパクトに書かれていますが、社員はこの社長の方針を基に仕事をしているのですから発展しないわけがありません。事実、この12年間で、売り上げも利益も大幅に伸びています。なにより、社員がきびきびと仕事に取り組み、工事現場の近隣からも非常に評判がいいということです。

そういうことで、市の土木局から優秀工事表彰を受けました。そのときの彼の話は、「社員への感謝の言葉」「近隣の住民の方々への理解あればこそ」などを語っていました。とりわけ「ウチの社員は優秀ですから」という言葉が印象深く、私の脳裏に残っています。とはいえ、彼が方針を出すことによって、優秀な社員が、より優秀になったということでしょう。ですから、方針(経営理念、具体的目標、最終目標)を提示した、その若き社長が優れていたと私は思うと同時に、「方針」を明確に社員に提示することの重要性、それを実行することの大切さをあらためて痛感したものです。

方針を示すと社員の意識が変わる

方針を明確にして、誠実に取り組み、成長路線に乗った会社をもう一つ、ご紹介しましょう。東京の四谷にある、デザインとソフトウエア開発を行っている会社です。この会社は100年以上続いていますが、私の若い友人が社長になるまでは、まったく方針がなかった。いわば、「その日その日」の経営をしていたようです。

しかし、それでは、これからの経営は難しいのではないかと考えて、数年前に社長自身が社是、企業理念、そして「30年ビジョン」を考え、社員に提示しました。その後数年で社員の意識が変わり、力強く仕事に取り組むようになったのです。すると業績にも表れて大いに発展、職場も狭くなり、別の大きなビルに移転し、そのビルのワンフロアで新たに活動を展開しています。幹部の人たちの表情もずいぶん明るいと感じました。

方針を明確にすることがいかに大切か、経営者は深く認識しておく必要があると思います。