「第一印象は色が真っ黒、頭も丸刈りだったので、ボクシングのマイク・タイソンみたいでした。すごくパンチ力がありそうだな、と(笑)」

 そう振り返るのは井手口陽介(21)を小学校時代に指導した現・ストリートFC(福岡)の小松陽一監督である。そのパンチ力は13年後、拳ではなく脚に宿って日本をロシアW杯に導いた。

 井手口がストリートFCの前身である中央FCに入部したのは小学3年時。それまでもサッカースクールに通っていたこともあり、基礎は出来ていた。

「止める、蹴る、運ぶとイメージをちゃんと持ってサッカーをしていたので、5年生でただ一人、6年生のチームに入れました。シュート力と得点力があったので、当時はFW一本。県大会のベスト8ぐらいの試合で、FKの場面があった。それで彼に蹴らせてみたんですが、センターサークル付近から剛速球といいますか(笑)、ゴールネットが破れるんじゃないかと思うぐらいのシュート。鳥肌が立つようなキックを見せてくれました」

 井手口は、なによりも勝ちにこだわる選手として、現在も有名だ。

「ふだんはふざけるコです(笑)。やんちゃ坊主という感じで、いつもゲラゲラ笑っていましたね。ただ、サッカーに関しては試合に勝つ、何がなんでも勝つといった気持ちは、当時からありました。今だから言いますが、『あんたの指導で俺たちが勝てるのかよ』というぐらいの強い気持ちをすでに持っていたかな、と思うほどです」

 その後、井手口は大阪・追手門学院高に通いながらG大阪ユースで活躍。だが、高校では喧嘩をしたり、遅刻常習犯で謹慎処分を受けるなど荒れた時期もあった。

 しかし、高2時に大病を患った母・亜紀子さんの、「サッカーだけは頑張って」という言葉から一念発起。高3時には飛び級でトップチームに昇格し、ボランチに抜擢、リオ五輪には最年少の19歳で選出された。

 豪州戦の得点は、その強さを証明する一撃だった。左サイドで鋭い切り返しから中に入ると、腕を摑みにくる189センチの豪選手を左手一本でハンドオフ。バランスを崩したのは、身長が18センチも高い相手のほうだった。

 ロシアW杯最終予選を前に、手倉森誠代表コーチ(49)は「本番での好成績を考えると、より若いリオ五輪世代が何人代表に入ってくるかにかかっている」と語っていた。
 本田圭佑(31)ら上の世代に強烈な一撃になったはずだ。

(週刊FLASH 2017年9月19日号)