【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】ハダースフィールドの物語(2)

 イングランド北部のハダースフィールド。この平凡な町のフットボールクラブが今シーズン、2部リーグに相当するチャンピオンシップ5位からプレミアリーグ初昇格を果たした。未知の世界での戦いに、クラブ関係者やファンは何を思っているのか。シリーズ第2回は、クラブの会長と選手にスポットを当てる。

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ハダースフィールドの人気者、ドイツ人DFミヒャエル・ヘフェレ photo by Getty Images

[会長]

 ディーン・ホイルは「絶滅危惧種」に近い存在だ。地元のプレミアリーグクラブを運営しながら、そのクラブのファンなのだから。

 ホイルはハダースフィールドに近いヘックモンドワイクに生まれた。母親はシングルマザーだった。

「ハダースフィールドを応援しはじめたのは1979年だと思う」と、ホイルは言う。「労働者層の住む地域の風景を、よく覚えている。ハダースフィールドは古い工場町で、クラブはその象徴だったのだろう。栄光の日々は過去のものになっていた」

 やがて彼は妻のジャネットとともに、グリーティングカードを扱うカード・ファクトリー社を設立。2010年、ホイルが42歳のとき、この会社を4億ポンド(現在のレートで約560億円)で売却した。サンデー・タイムズ紙の長者番付によれば、現在の夫妻の資産額は2億8000万ポンド(約390億円)だ。

 会社を売却する前から、ホイルはすでにクラブを動かす立場にあった。「試合は見に行っていた。(2007〜08年シーズンに)クラブはアンディ・リッチーという監督のもとでプレーしていた。あのころはたぶん──こんなことは口にしたこともないが──クラブを見に行くのはあまり意味のないことだった。いいパフォーマンスをしていなくても、選手が頑張っている姿を目にすれば、ついサポートしてしまう」
 
 ホイルは2008年にクラブを買収すると、すぐに当時の会長のやり方に我慢できなくなり、さらに金を出して全権を手に入れた。「『ディーン、あんたの肩書は何だ?』と聞かれたら、私はこう答える──『ファンの夢の管理人』」

 ハダースフィールドの大半のファンにとって、プレミアリーグ昇格は夢ですらなかった。まったく考えもしないレベルの話だった。プレミアリーグ昇格を「現実的に考えたことはなかった」と、ホイルも認める。

 しかし5月にウェンブリーで行なわれたレディングとの昇格プレーオフ決勝で、気がつけばハダースフィールドはプレミアリーグ昇格までPK1本というところまで来た。ディフェンダーのクリストファー・シンドラーが助走に入ったとき、ホイルはこんなチャンスは二度とないかもしれないと感じた。

「今のチャンピオンシップを見てみろ。金を無駄遣いして、オーナーも外国人ばかりだ。ブライトンの昨シーズンの年俸総額は2600万ポンド(約36億4000万円)を超え、ニューカッスルは6000万ポンド(約84億円)以上。うちは1100万ポンド(約15億4000万円)だった。ここまでやれるシーズンはもうないだろうと思ったから、まさに運命の瞬間だった」

 シンドラーのシュートがゴールに突き刺さった後、ウェンブリーの巨大なスクリーンには、通路に突っ伏して、歓喜の涙を流しているホイルの姿が映し出された。彼は今でも、普通のファンのように振る舞う。

「昨シーズンは、クラブの歴史のなかで最も大きな年だったと思う」と、ホイルは言う。彼はボーンマスやスウォンジーなど、同じような規模のクラブがプレミアリーグに定着していることに注目しているが、プレミアのあるクラブの会長が彼に言った言葉を忘れない。

「最初の2シーズンは問題ない。クラブは収益をあげ、そこそこやれるだろう。問題はその後だ。3年から4年居座ったら、もっと金をつぎ込むようになる。プレミアリーグにいるだけでは、ファンが満足しなくなるからだ。彼らはさらに上を求める」

「そうなると、いろんなことが狂いはじめる。経営陣が代わる。監督が代わる。あるいは、中心選手を手放すことになる。気がつけば金が底をつき、選手の大放出が始まる。(プレミアリーグに)残留するために大金を投じても、結果がついてこないかもしれない。だから、私たちは謙虚にやっていかなくてはいけないんだ」

 ホイルは「自分より資金力があって、クラブのことを真剣に考える人物」がいれば、クラブを売ってもいいと認める。しかし「これから最高のシーズンを迎えるっていうのに、クラブを売りたがるバカがどこにいる?」と、ホイルは言う。「ハダースフィールドの青と白のストライプをプレミアリーグで見るのは、夢のようなことだし、忘れられない思い出になる。今シーズンは降格候補の一番手という評価だろうが、昨シーズンも(チャンピオンシップで)そう言われていた」

[選手]

 2月5日、ミヒャエル・ヘフェレはハダースフィールドの人気者になった。まず彼は、リーズ・ユナイテッド戦で試合終了直前に決勝ゴールをあげた。2つめは、おそらくもっと重要なことだ。このドイツ人センターバックは試合後の生放送のテレビインタビューに答えて、「なんともファッキングな夢だ」と言ってしまったのだ。

 インタビュアーは「インタビューでそういう言葉を使ってはいけないんですよ」と言ってヘフェレをさえぎり、視聴者に謝罪した。

 ヘフェレは恥ずかしかった。「ダービーの終了間際に決勝ゴールを決めたんだ。イングランドに来たときからの目標だったマン・オブ・ザ・マッチにも選ばれた。だからドイツ語でいう “verdammter Traum”(クソみたいな夢、転じて最高の夢というニュアンス)だと言いたかった。ファッキングという言葉を使ってはいけないなんて知らなかった。インタビュアーに冷たくされたときは、泣きそうだった」

 しかし、この禁断のフレーズは、ハダースフィールドのファンの心を見事につかんだ。すばらしいシーズンが、すばらしいキャッチフレーズを生んだ。数日たってクラブのメガストア(「メガ=巨大な」と名づけたのが皮肉に思えるショップだ)は、ヘフェレの愛称を使った「ヘフの夢」Tシャツを売り出した。

 美しく描かれたヘフェレの顔の下に、「ヘフの夢」というフレーズが書かれている。いくつかのクラブを渡り歩き、ワグナー監督がドイツの下部リーグから引っ張ってきた多くの選手のひとりであるヘフェレは、まさに彼自身の夢を実際に経験していた。

 ヘフェレがディナモ・ドレスデンでドイツ3部リーグ優勝を果たしたばかりのころ、ハダースフィールドから連絡が来た。「ハダースフィールド・タウンがどこにあって、どんなクラブなのか知っていたと言ったら、嘘になる」と、彼は言う。

 しかしヘフェレは、練習場があるカナルサイドでのファンとの交流を楽しみ、彼らがクラブに過大な期待を寄せているわけではないと感じた。「クラブのグッズを身に着けているような人は、町にはそれほど多くない。選手は静かに練習に励む。週末になれば、ファンはスタジアムにやって来る」

 チャンピオンシップでヘフェレは、これまで対戦したことがないようなレベルの選手たちに数多く出会った。「チャンピオンシップには、プレミアリーグでやっていてもおかしくない選手がたくさんいる。ポルト(ポルトガル)からウルブス(ウォルバーハンプトン)に来たルーベン・ネベスだとか。ドイツの2部リーグには、そんな選手は移籍してこない」

 イングランドでのデビューはアストン・ビラ戦。ヘフェレは交代要員としてピッチに入ると、26秒後にゴールを決めた。

「いつかビラ・パークでプレーしたいと思っていた。アストン・ビラは僕にとって大きな存在だったから。ボールを追いかけ、ジャンプして、何とか触ろうとしたら、ボールがちょうど僕の尻に当たって、運よく決められた」。ゴールを決めたときの彼のお得意のパフォーマンスは、手をライオンのかぎつめのようにして掲げてみせるポーズだ。

 ウェンブリーでの昇格プレーオフ決勝には「家族はみんな来たし、友人たちも来た。40人くらいが僕のために来てくれたと思う」と、ヘフェレは言う。

「前の晩はスタジアムのすぐ近くに泊まった。スタジアムを何度も見て、明日勝てばプレミアリーグに、世界最高のリーグに行けるんだと、ワクワクした。次の日、ホテルからスタジアムに入った。ファンが僕らを歓声で迎えてくれる。中に入ると、ロッカールームが信じられないほどすばらしい。ピッチに出れば、4万人のハダースフィールドのファンがいる。試合前に流れた『ゴッド・セイブ・ザ・クイーン』(イギリス国歌)には、ドイツ人の僕でも鳥肌が立った」

 ヘフェレはPK戦でシュートを決められなかったが、それでもこう語る。「トロフィーを掲げたら、4万人ものファンが僕の歌を歌ってくれた。『デア、デア、デア、ミヒャエル・ヘフェレ』ってやつ。僕は最高の選手ではないけれど、あんな経験をさせてもらったら……」。彼の言葉が途切れる。「……いや、今でも興奮が冷めないんだ」

 これまでヘフェレがプレミアリーグに最も近づいたのは、多くのドイツ人がやるように、年末のボクシング・デイ(12月26日)に行なわれる試合を見に行ったときだ。「ボクシング・デイにチェルシーの試合を見た。あのチームと戦えるとは。それからリバプールとも。(リバプールの伝統ある応援歌の)『ユール・ネバー・ウォーク・アローン』が響くなかでね。でも、見てろよって思う。誰も僕のことを知らないし、そっちはスター軍団だろうけど、これから90分は僕が痛めつけてやるから覚悟しろって思う」
(つづく)

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