日本代表を率いるヴァイッド・ハリルホジッチ監督【写真:Getty Images】

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マーク攪乱され失点。攻撃のオプションは見いだせず

 9月5日、日本代表は2018年ロシアW杯アジア最終予選最終戦のサウジアラビア戦に臨み0-1で敗れた。本大会出場の切符を手中に収めたうえで臨んだ一戦には柴崎岳や本田圭佑らが先発出場。テストの意味合いもあったが、成果はほとんど得られず、攻守に課題を露呈する一戦となった。(文:西部謙司)

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【サウジアラビア 1-0 日本】

 今予選の日本の戦い方は堅守速攻型だ。予選からこれになるとは当初予想していなかったが、本大会での戦い方と齟齬がないぶん強化としてはスムーズといえる。

 ただし、堅守速攻というのはそもそも戦術として不完全なのだ。いくら堅守といっても相手に先制されることは想定すべきで、分析されて引かれてしまうこともある。攻撃のオプションは用意しなければならない。

 サウジアラビア戦はオーストラリア戦から3トップを入れ替え、MFにも柴崎岳を起用した。すでに予選通過が決まっていたので、攻撃のオプションをテストしたのだと思う。

 本田圭佑は右を起点に攻撃にどれだけ変化をつけられるか、柴崎は中盤の守備の強度をなるべく落とさずに攻撃力を上げられるかどうか。岡崎慎司は単純に大迫勇也とのポジション争い、乾貴士に代わった原口元気はもともとレギュラーなので、この2人に関しては戦術的なテストの意味はないと思う。

 結果はほぼ収穫ゼロといっていいだろう。柴崎は遅攻と速攻の両面で良いプレーをしていて個人としては及第点だと思うが、彼1人で劇的な効果を生んだわけではない。戦術ベースが守備的なので1人代えたぐらいでは大きな変化にはならなかった。

 本田に関しては、この試合に勝つためなら後半にリードされた段階で投入したほうが良かっただろう。何らインパクトのあるプレーもできないままハーフタイムに浅野と交代となった。堅守速攻なら速くて運動量のあるFWのほうがマッチするのは明白なので、本田先発はテストだったのだろうが成果は見いだせなかった。

 オーストラリア戦同様、5人を2列目に配置してマンマーク気味に守っていた。当初、ハリルホジッチ監督の守備戦術は4-4-2のゾーンだった。しかし、4人で横幅を守ることができなかった。

 担当ゾーンに相手が2人入ってくるのはゾーンディフェンスでは普通に起こることだが、そのときに1人で前進を食い止める守備があまり上手にできない。そこで5人を配置して人をつかまえる守り方に変えている。

絶好のテストとなったはずが…課題を露呈しただけの一戦に

 とくにサウジアラビアの攻撃のスイッチになる両サイドハーフに対してはほぼマンマークで対処し、他の選手もリトリートしたら人をつかまえる方式。まるでマルセロ・ビエルサ監督のチームのようだった。

 ポジションを動かさないオーストラリアに対して奏功した守り方だったが、サウジアラビアはポジションを流動化させて日本のマークを攪乱した。

 サイドハーフが中へ、ときには反対サイドまで移動し、1トップも中盤へ引く、ボランチがサイドへ出る。日本はある程度は人についていくが、途中で離してしまうためボール周辺で数的不利が発生していた。

 失点は約3分間もサウジアラビアにパスを回された後に喫している。ポジション流動性に対処できずに奪えず、最後は足が止まったところで玉突き的にマークを外されてフリーな選手につながれている。堅守速攻型とはいえ、さほど堅守でもないことを露呈したといえる。

 先制されたときに何ができるか、日本にとっては絶好のテストとなったはずだ。ところが成果は全くといっていいほどなく攻撃にならなかった。

 先発した岡崎は大迫のようにボールを収めることができず。大迫を欠くと攻撃に支障が出ることが明らかになった。後半から本田に代わった浅野も引かれてしまえばスピードを生かすスペースがない。

 機能していなかった岡崎を杉本健勇に交代、最後の1枚は柴崎→久保裕也。実質FW4人の4-2-4としたが、個人技と縦勝負の4人ではスペースのない状態で連係は望めず、個で勝負できる機会もほとんどなし。井手口と山口では中盤のスペースを埋められないのでむしろサウジアラビアのカウンターで2失点目を食らうリスクのほうが大きくなっていた。最後は吉田麻也を上げてのハイクロスも及ばず。

 前半を抑えて後半に勝負をかけてきたサウジアラビアは、さすがにホームなので戦い方を知っていた。

 6万人のアウェイ、暑さの影響も大きかったと思う。采配のチグハグさは予選突破後のテストを兼ねているので仕方ないとしても、攻守に課題を露呈しただけの一戦となったのは残念。本大会までの時間は限られているが、つきつけられた課題を少しでもクリアしておきたい。

(文:西部謙司)

text by 西部謙司