日本に一番近いヨーロッパ「ウラジオストク」の意外な素顔

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安倍首相とプーチン大統領による日露首脳会談の開催地、ウラジオストクの意外な姿をご存知だろうか。

「日本にいちばん近いヨーロッパ」と呼ばれる街並みでありながら、日本に親しみを感じている人たちが多いことはあまり知られていないかもしれない。

たとえば、こんな日本食レストランがある。2014年4月にオープンした『東京かわいい』だ。ロマン・エヴゲーネビチさん率いるレストランチェーン『トキオ(Токио)』のグループ店のひとつで、店内には日本的な”かわいい”を強く意識したコスプレ店員が勢ぞろい。店内の内装も、いかにもなアイテムが並べられている。

エヴゲーネビチさんによると、グループ1号店を開業した2008年当時、「ウラジオストクにまともな日本料理店が少なかったので、本物の伝統日本料理を提供したい」という思いで始めたそうだが、実際のメニューは色艶やかなロール寿司やアジア風焼きそばなど、なんちゃって感が否めないところはご愛嬌。

客層はおしゃれ好きでお金に余裕のある20代〜50代の女性だそうで、男性のみの客は見当たらない。日本のメイド喫茶とは別物なのだ。

2014年にオープンした『ウベージシェ14(Убежище14)』は、ロシア語コミックを販売する書店。アメリカン・コミックスの扱いが多いが、一部日本のマンガも置かれている。

店主のアレクサンドル・ユリエーヴィチさんによると「ウラジオストクは、ロシア国内でも特に日本の影響が大きく、マンガのファンやコスプレ人口が多い」という。ロシアでは、欧米の作品を「コミック」といい、日本の作品を「マンガ」と呼び分けている。

なぜ極東ロシアの町にコスプレ日本食レストランがあり、マンガファンがいるのだろうか。

ウラジオストクにあるロシア系旅行会社のアルファイオメガ社に所属し、日本人旅行者の現地手配を行っている宮本智さんによると、以下の4つの理由が考えられるという。

1. 歴史的な日本との関係
2. ソ連崩壊後の混乱を支えた中古車ビジネスと日本車信仰
3. 洗練された日本文化を愛好する市民の志向
4. 日本語人口がロシアで最も多いこと

実は、戦前のある時期までウラジオストクには日本人が約5000人住んでいた過去がある。 幕末から移住が始まり、当初はからゆきさんも多かった。過去160年の日露関係史を振り返ると、戦争で領土を取ったり取られたりの関係であるのも事実だが、戦後彼らは戦勝国であり、逆に日本の側にあったとしても、彼らの側には遺恨はない。現在、この地に住むロシア人の多くは戦後に移住してきた人たちである。

これはロシア全土にいえることだが、ソ連崩壊の衝撃は計り知れないものがあった。ウラジオストクでも社会的な無秩序が蔓延した。その頃始まったのが、日本からの中古車輸入だった。当時、成人だったウラジオストク市民のほとんどが中古車ビジネスに手を染めていたとされる。医師や教師もである。


1993年当時のウラジオストク港には中古車輸入業者が群がっていた(中村撮影)

その後、ウラジオストクは日本の中古車のロシア全土の供給拠点として機能し、市民の生活は大いに潤ったという。ソ連崩壊後、市民が悲惨な目に遭わなくてすんだのは、日本とのビジネスのおかげだと語る50代以上の市民は多い。それが日本車信仰の背景で、現在市内を走る車の90%以上は日本の中古車だ。

ウラジオストクはシベリア鉄道の終着点であり、19世紀末、帝政ロシアが東方の拠点として築いた西洋近代都市だ。市内には当時建てられた壮麗な劇場やコンサート施設が残っており、市民の文化に対する意識は高いといわれる。

現在のウラジオストク市民からすると、日本は近くて遠い国。それだけに、日本で欧米文化の洗練された部分が入ってくるように、日本文化の優れたものだけが入る傾向がある。その最新版としてマンガやコスプレも入っており、かなりのファン層を形成しているという。コスプレイベントも、市内最大のコンサートホールで毎年行われている。

日本語学習者や日本語スピーカーがロシアの他の都市よりも多いことも広く知られている。ウラジオストクはロシアにおける東アジア研究の中心地であり、多くの研究者が育成されたためだ。冷戦時代のインテリジェンス養成の必要もあっただろう。


『リボンの騎士』や『不老姉弟』以外に、台湾の『DIVINE MELODY』や韓国の『IZLOM』も含めて「マンガ」とされる(宮本智撮影)

今年に入って、ウラジオストクを訪れる日本人渡航者が急増中だ。例年ビジネス関係者らなど年間5000人程度だったものが、今年上半期(1月〜6月)すでに7000人を超え、年間で2万人を超えそうな勢いだ。

背景には、今年8月にロシアが実施したビザ緩和がある。ネット申請による空港でのアライバルビザ取得(8日間滞在)が可能となったのだが、それを踏まえ、4月末から成田─ウラジオストク便は毎日、関空からも週2便の定期運航が始まった。新潟や福岡などの地方空港からのチャーター便も増えている。

「日本にいちばん近いヨーロッパ」というのがこの町のキャッチフレーズであるように、成田からのフライト時間わずか90分。近隣のアジア諸国とはまったく異なるヨーロッパの町並みが広がるという驚きは、世界中をもう行き尽くしたという旅慣れた日本人にとっても、海外旅行先として大いに魅かれるものがあるようだ。 

今日のウラジオストクは、中国や韓国、北朝鮮、モンゴルなどの周辺国から来た人々のみならず、中央アジアなど旧ソ連圏から来た労働者も多く、北東アジアの混沌とした現在を象徴する国際都市となっている。この地域の多様性を理解するうえで欠かせない重要な町といえるだろう。